第二十一話 クリスマス事変2
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「これは、小説の方のエピソードですわ。」
カルミア様が近付いてきて、小声で話しかけてきました。
テロリストに占拠された大講堂はだいぶ静かになりました。
この状況でパーティーを続けるわけにもいきません。ダンスミュージックも止まり、歓談していた生徒たちも解散してしまいました。
けれども、全くの無言になったわけではありません。
テロリストの人数は少ないのです。この場にいる学生の人数に比べれば圧倒的に。
凶悪な切り札を握るテロリストが主導権を握っていることは間違いありませんが、全ての学生の細かな挙動にまでいちいち確認するほどの余裕はテロリストたちにもありません。
テロリストは出入口の監視と、生徒全般の監視に留まり、個々の生徒が多少コソコソと動いたり内緒話をする分には何も言われません。
みんな不安なので、仲のよい者同士集まって、テロリストの気を引かないように注意しながらひそひそと話し合っています。
そんな状況なので、私とカルミア様が内緒話をしていてもあまり目立ちません。
通常ならば、前世絡みの内緒話は人前では少々憚られます。聞かれても何の話か分からないでしょうけれど。
ただ、少し気になる話です。
「これ、小説にはある状況なのですか? ゲームの方には無いのですけれど。」
小説を原作にしたゲームなので、小説に登場する出来事はほぼゲームにも組み込まれています。
小説は悪役令嬢視点なので、ヒロイン視点のゲームには出てこないシーンもありますが、これほど大きな事件が影も形も無いのは変です。
何より、シナリオライターさん好みの展開を、あの人がゲームのシナリオに反映させないとは思えません。
「悪役令嬢がシナリオを変えたために起こった、『ゲームには存在しなかった』出来事です。」
ああ、そういうことでしたか。
小説の側で明確にゲームには無かったと書かれていたら、ゲームのイベントに組み込むことはできません。
小説のファン向けに追加したイベントやシナリオはいくつかありますが、それらは小説に書かれていない部分を利用して組み込んだものです。
小説とゲームで矛盾するのは、悪役令嬢が死なない追加エンディングだけ……のはずです。
「この世界はゲームの方の世界で、私は小説の通りに行動できていないので、このエピソードはおこらないものとばかり思って忘れていましたわ。」
「私もその可能性には思い至りませんでした。」
この世界ではカルミア様の代わりに私が色々と動いてシナリオを破壊しようとしています。
小説版での悪役令嬢と同じことをしていても不思議ではありません。
その可能性を失念していました。
ですが、小説に書かれている出来事ならば、この状況を打破する手掛かりもまた書かれているはずです。
「それで、小説ではどうやってこの事件を終わらせたのですか?」
「それは、バジル様が魔法爆弾を無効化しました。」
お義兄様でしたか!
そう言えば邪神教団を捕まえたりしていましたし、今回のような凶悪犯罪への対応として登場する可能性もあるのかも知れません。
「ただ、小説のバジル様は、『義妹が問題を起こしていないか気になって見に来て事件に巻き込まれた』ことになっていたので、この世界ではどうなるか……」
あー、確かにゲームのヒロインでは心配になりますよね。
お花畑なヒロインが生徒会長になってクリスマスパーティーを主催したら、どれほど非常識なパーティーになることか。
心配にもなるでしょう。
ですが、今の私はお義兄様の信頼を得るために頑張ってきたつもりです。
心配して見に来るほどの問題児とは思われていないはずです。
テロリスト――政治結社トリカブトの動向を追ってやって来る可能性はありますが、期待しない方が良いでしょう。
それよりも、テロリストの動向や魔法爆弾の対応方法のヒントを小説の中から探して自分たちで対処することを考えるべきでしょう。
私達は、現状への対応を話し合いました。
魔法爆弾を抱えたテロリスト達は、この場では無敵に思えますが、彼らにも弱点があります。
魔法爆弾は強力ですが、強力過ぎて簡単には使うことができないのです。
もしも彼らの目的が、自らの命と引き換えに王子や貴族の学生をまとめて殺す自爆テロだったら、学園に魔法爆弾を持ち込んだ時点で勝利は確定していました。
学園の占拠などと言わずに問答無用で爆発させればそれで終わりです。
最初にそれをしていないという時点で、テロリスト側にも爆発させるつもりはありません。
学園を占拠した彼らは、政治犯の釈放と金を要求しています。交渉相手は学園ではなく国です。
魔法爆弾を爆発させることは、テロリスト側にとっても作戦失敗になるのです。
最終兵器を手にしたから好き勝手ができるのではなく、その最終兵器を使わないために双方ギリギリの折衝を行うのです。
この魔法爆弾は、兵器としては非常に扱い難いものです。
と、言いますか、この世界では魔法爆弾は兵器扱いされておらず、戦争に使用されたこともありません。
理由はいくつかありますが、一つは威力の調整が難しいことにあります。
魔法爆弾の威力は使用する二重魔法石の量で決まりますが、威力の上がり方は不規則で、二重魔法石を一個追加しただけでいきなり威力が大幅に上がることがあります。
結果として、普通に魔法を放ったり、魔法石や魔道具を使用した方がましな程度の爆発から、いきなり街を丸ごと焼き払う大爆発になりその途中がありません。
程よい威力に調整しようとしても、狙った通りの威力になるかは爆発するまで分かりません。
威力が大き過ぎるか小さ過ぎるか使ってみるまで分からないの三択では、戦闘で使用できる局面が非常に限られてしまうのです。
次に、誘爆しやすいという問題があります。
魔法爆弾は物理的な衝撃や熱で爆発することはありません。
その代り、魔法を受けると簡単に爆発します。
二重魔法石が自壊した時に発生する弱い魔法にすら反応するのが二重魔法石です。
テロリストの持ち込んだ魔法爆弾の大きな甕のような容器は中に魔法を通さないための素材を使っているはずですが、完全に遮断するのは不可能なので魔法を直撃させれば確実に爆発します。
二重魔法石に記録された魔法と同じ系統の魔法でなければ反応しませんが、その縛りは派生系統も容認するかなり緩いものです。
例えばカルミア様の植物魔法は土と水の派生系統ですが、植物魔法をかければ土魔法と水魔法のどちらの系統の魔法を記録した二重魔法石でも自壊します。
逆に植物魔法を記録した二重魔法石ならば、水魔法にも土魔法にも反応して自壊します。
基本六系統のどれかが一致する二重魔法石があれば、自壊の連鎖を開始します。
雑多な魔法を記録された二重魔法石を詰め込んだ魔法爆弾は、ほとんどの魔法に反応して爆発してしまうのです。
だから、魔法爆弾を格納した場所は魔法禁止です。そうしなければ、使用する前に爆発してしまいます。
魔法の飛び交う戦場に魔法爆弾を持ち込むことは無謀なのです。
最後に、一番重要な理由が、魔法爆弾の起動方法にあります。
魔法爆弾を爆発させる方法は二つあります。
一つは魔法を当てること。問答無用で爆発します。
もう一つは、起爆スイッチを入れること。こちらの方が正当な方法でしょう。
テロリストの一人が魔法爆弾から伸びているコードを握っていますが、あれが起爆スイッチです。
あのコードは魔力を伝える性質を持った魔導線で、その先には魔法石が繋がっているはずです。
魔法爆弾の中に一個だけ入っている二重魔法石でない魔法石に魔導線を通して魔力を流すことで魔法を発動し、爆発させます。
どちらの方法でも、ある程度魔法爆弾に近付く必要があります。
この世界の魔道具全般に言えるのですが、魔道具を動かすには人が直接操作する必要があります。
無人で動き続けるタイプの魔道具でも、起動時には人の手で魔力を流さなければなりません。
そして、魔法爆弾は起動した瞬間に爆発します。一瞬で自壊連鎖が進むからこその爆発力なので、ここは変えようがありません。
魔導線の長さにも限度はありますし、街一つ焼き払う威力の魔法爆弾は効果範囲が魔法の射程よりも広くなります。
逆に、魔導線を伸ばしたり魔法を飛ばしたりして安全圏から爆発させられる魔法爆弾は威力も低く、起爆の手間に比して戦果が見込めません。
結局、魔法爆弾を使用して大きな戦果を上げる方法は、自爆攻撃しかありません。
どれほど有効な戦法でも、特攻に頼っていては負け戦です。
だから、戦争に魔法爆弾を使用しなかったこの世界の選択は正しいのでしょう。
自爆テロに最適な魔法爆弾ですが、自爆しない場合には途端に使い勝手が悪くなります。
学園や国としては生徒の救出が最優先なので爆発させたら負けですが、テロリストたちにとっても貴族の学生を皆殺しにするよりも優先順位の高い目的があるのです。
追い詰められて仕方なくならまだしも、意味も無く魔法爆弾を爆発させて何もかも終わりにすることは望まないでしょう。
死を覚悟でやって来たテロリストと言えども、きっちりと作戦を成功させたうえで生き延びて、せしめた大金で豪遊したいとか考えているに違いありません。
今テロリストたちが最も恐れているのは、学生の暴走だと思います。
魔法爆弾の、今この場での最大の欠点は、その恐ろしさが分かり難いことです。
私は色々なことを幅広く勉強してきたので知っていましたが、魔法爆弾と聞いてもピンとこない人も多いでしょう。
だからと言って、威力を示すために試しに少しだけ爆発させてみるなんてことはできません。
爆発すれば全員死ぬことまでは頭で理解しても、理解の足りない学生ならば「爆発させる前に倒せばよい」などと安直に考えるかもしれません。
剣で斬りかかっても倒す前に起爆されてしまうと考えれば、狙うのは起爆スイッチを握る者を魔法の不意打ちで一撃で倒すこと。
そのまま魔法爆弾に被弾して大爆発で終わるところまで容易に想像できます。
それを避けるために、テロリストたちは結構念入りに魔法爆弾の説明をしました。
一見、凄い兵器の自慢をしている風に話していましたが、学生に対して抵抗しないように脅しをかけることが目的でしょう。
特に魔法禁止は念を押していました。これは重要です。
魔法爆弾が置かれている以上、この場は敵も味方も魔法禁止です。
この魔法禁止は、テロリスト側にとっても厳しい縛りになります。
この世界の攻撃魔法は銃器のようなものです。
少数のテロリストが多数の人質を制するには、威嚇射撃で脅して下手に犯人を刺激すると危ないと思わせることが有効です。
刃物をちらつかせるだけでは弱いのです。
特にこの学園には、刃物の届く距離まで近付いてきたら、素手でも反撃できる人が何人もいます。
主に騎士科の男子ですが、普通科の女子でも剣術女子部で剣を向けられた時の対応を習っている人もいます。
魔法爆弾以外では、学園の生徒には反撃の手段があり、まず負けません。
テロリストの優位は安易に使えない最後の切り札だけです。
しかも、その切り札である魔法爆弾を爆発させる手段を持っているのはテロリストだけではありません。
魔法を使える学生が、魔法爆弾に向けて魔法を撃ち込めば爆発してしまいます。
つまり、テロリストだけでなく、学生を追い詰めても魔法爆弾は爆発してしまいます。
互いに相手を追い詰めないように、常に理性的に対応しなければなりません。
そうなると、テロリストの立場は弱くなります。
魔法科の学生の一人がパニックに陥るだけで全てが終わってしまうかもしれません。
騎士科の生徒が一人ブチ切れて暴れるだけでテロリストの数名くらい倒してしまうでしょう。その時に最後の切り札を使って全てを終わらせるかの決断を迫られます。
テロリストとしては、最後の切り札と手にした刃物の間にもう一つか二つ、学生に言うことを聞かせるための手段が欲しいところです。
それも、多くの学生がテロリストの手札が少ないことに気付く前に次の手を打たなければ面倒なことになります。
実際に、テロリストたちは次の手を打ってきました。
「誰かひとり人質になってもらおう。そうだな、女子がいいな。」
だから私は自ら進み出ました。
「私が人質になります。」




