第五話 三年前
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私がチャールストン伯爵家の養子になってから二年が経ち、私は十二歳になりました。
この一年間、私は特訓を続けました。
頑張った甲斐あって、先生方の甘々な態度は鳴りを潜めました。
いやー、危なかったです。
勉強が遅れるのも問題ですが、だんだんとエスカレートしていく甘々攻撃には恐怖さえ覚えました。
甘々が、物理となって襲って来るのです。
物理的な甘々、つまり甘味です。
お義父様だけでなく、先生方までが私に甘~いお菓子を食べさせようとするのです。
この世界では甘味は比較的高価です。庶民の手には届かないとは言いませんが、貧乏だった私の家には縁遠いものでした。
小説の方ではカルミア様が前世の知識を利用してこの世界には無かった菓子を作って好評を博したそうですが、前世の人にとってはこの世界のお菓子はそこまで凄いものではありません。
けれども、貧しい家で十年間過ごしたフリージアにとっては、貴族のお菓子は今まで食べたことのない豪華なごちそうなのです。
だからお義父様は屋敷にいる時は、甘~いお茶菓子を用意して私をお茶に誘います。
それをまねてか、甘々になった先生方も勉強の合間にお茶の時間を入れるようになりました。甘々なお菓子をたくさん用意して。
私を餌付けしようとでもしたのでしょうか?
そして日増しにお菓子の量も増えて、お茶の合間に勉強するような具合になってしまいました。
洒落にならない攻撃でした。
飽食の国だった前世の記憶が無ければ危なかったかもしれません。
前世の世界に比べれば劣るとはいえ、貧乏人には見たこともないような豪華なお菓子が山盛りで出て来るのです。夢中で食べまくったことでしょう。
危うくぽっちゃり系美少女になるところでした。
……自分で言っておいてなんですが、ぽっちゃりと美少女は両立するものなのでしょうか?
全く手を付けないのも失礼ですし、少しは甘味を楽しみたいのでいただきましたが、食べ過ぎないようにぎりぎりの攻防が続いたのです。
面倒になって、途中からエリカを盾にしましたけれど。
メイドが主人のものを食べるのは御法度ですが、私が可愛らしく
「エリカ、アーン。」
とやると素直に食べてくれます。周囲も微笑ましいものを見るようにほっこりして何も言いません。
この状態が長く続けば、ぽっちゃり系メイドが誕生するところでした。
おやつ攻勢は専属メイドの献身によって事なきを得ましたが、事態はさらに悪化の様相を見せました。
甘々がチャールストン伯爵家の料理人にまで広がり始めた様なのです。
日に日に食事の質と量が上がり始めました。
食事が美味しいのはうれしいのですが、食べきれないほどの量を出されても困ります。元貧乏な平民としては残すのは非常に気が引けます。
どうにか特訓の成果が出たらしく、致命的なことになる前に食事の量も落ち着きました。
しかも味を落とすことなく、栄養のバランスもしっかりと考えられ、量も適切です。チャールストン伯爵家の料理人はマジ有能です。
周囲が甘々になって行った原因は、やはり漏れ魔法として魅了が発動していたから、で合っていたようです。
自分の魔力を観察していたところ、漏れ出した魔力が魔法を発動しているところを確認しました。
チャールストン伯爵家に引き取られる前にはこんなことは無かったので、養女になって魔法の練習を始めたことがきっかけだったのだと思います。
魔力を引き出す練習が私の中に眠っていた魔力を掘り起こしました。
人よりも大きな魔力を持っていた私は、それ以降常に体内に魔力を廻らせている状態だったようです。
私の小さな体は魔力でいっぱいでした。しかしそれは意図して行ったことではありません。とてもムラのあるものでした。
体からはみ出た魔力が無意識の制御から外れて千切れるように流出、多くはただ拡散していくだけでしたが、一部魔法に変換されていました。
なんの魔法が発動したのかまでは、具体的な魔法までは習っていないので分かりませんが、状況的に軽い魅了で間違いないでしょう。
漏れ魔法による弱い魔法であることが問題をややこしくしました。
効果が弱いために誰も気が付きません。お義兄様でさえ状況から警戒して距離を置いただけでした。
そして、弱くても繰り返し継続的に発動していたため、私に近い人から順に影響が現れてきました。
最初はお義父様とエリカ、次に家庭教師の先生方、そして料理人の人など直接顔を合わせる機会の少ない使用人の人達。
もしも前世の記憶が戻らず、漏れ魔法にも気が付かないままでいたら私はどうなっていたでしょう?
何をしても周りの人間は全て肯定する、それが当たり前の我儘姫になっていたことは想像に難くありません。
そして与えられるままに甘いお菓子や美味しい食事を食べ続けていれば間違いなくぽっちゃり……いえ、でっぷりまで行くかも知れません。
ぽっちゃりを超え、でっぷりを超え、至る先は白豚令嬢!
……想像するだけで恐ろしいです。
しかも誰にも気付かれないまま漏れ魔法による魅了が影響を与え続けます。
つまり、顔だけは良いニゲラ王子たち攻略対象が白豚令嬢相手に惚れこみ、愛を囁くのです。
地獄絵図です。
新しいジャンルが生まれてしまいそうです。
前世の人も頭を抱えています。「ヒロインは美少女でなければだめだ!」
グラフィッカーの人も泣いています。「こんな子、私はデザインしてません!」
シナリオライターの人は笑っています。「この手があったか! 白豚令嬢エンドを入れればよかった!」
……あのシナリオライターさんなら本当にやりかねないと前世の人も戦々恐々としています。思わずCGモードを思い起こしてぽっちゃりフリージアがいないことを確認してしまいました。
精神干渉系の魔法はだいたいがその影響は一時的なものだそうです。
私が魔力を制御できるようになって漏れ魔法も発生しなくなったことで、魅了の影響も徐々に薄れて行きました。
家庭教師の先生方もほぼ以前の状態に戻ったため、お義兄様とも相談して通常の勉強を増やすことにしました。
特訓は終了して、勉強の遅れを取り戻さなければいけません。
魔力制御の練習は続けますが、特訓としてではなく、これからは日常生活のあらゆる場面で魔力を制御し続ける練習になります。
最終的には寝ていても魔力の制御が途切れない状態を維持することが目標です。
まあ、寝ている間は魔力の活動も沈静化するので漏れ魔法の心配もないらしいのですが。
とにかく厄介な問題が一つ片付きました。このまま魔力の制御をしっかりと行えばこれ以上面倒事は起こらないはずです。
上手くすれば、学園に通っても攻略対象たちに絡まれずに平穏に過ごせるかもしれません。
そのはずなのですが……
「おっ嬢っ様~、おっはようございま~す! 朝ですよ~! ああっ、今日もお嬢様は愛らしいです~。ハアハア。」
何故かエリカとお義父様の猫可愛がりは変わらないのです。
寝ている間に魅了を発動してしまっているのでしょうか?