第十一話 臨海学校3
・2025年3月2日 誤字修正
誤字報告ありがとうございます。
ブックマーク登録およびリアクションありがとうございました。
予想通り、戦闘は長引きました。
海賊の一人一人はとても弱いです。弱めの魔法の一発でダウンします。
海賊の手にする武器は狭い船の上で戦うための舶刀で、間合いが短いので魔法で攻撃すれば一方的に倒せます。
けれども、いくら倒しても海賊はいなくなりません。
何人いるのでしょう?
ここまでやって来た者以外に騎士たちと戦っている海賊も多数います。海賊船一艘に乗れる人数ではないような気がします。
単なる海賊船ではなく、海賊船団が丸ごと遭難したのでしょうか?
ゲームでは無限湧きでしたが、現実の世界で本当に無限に現れるはずはありません。
そう言えば、ゲームでも出現する海賊の上限はありました。
イベントの勝利条件は、50ターン生き延びることです。
長いように思えますが、1ターンは敵味方問わず一人が一回行動して終わりです。
敵と味方が交互に行動するので、半分の25ターンが味方側の行動になります。
海賊は弱いので防御や回復を考えずに、1ターンで一人倒して行けば、25名の海賊を倒すことになります。
ですが、それが最大値ではありません。
ヒロインを最速で育てて全体攻撃を覚えさせれば1ターンで敵を全滅されることが可能になります。
敵を全滅させれば戦闘はリセットされ、再び味方のターンから始まります。
これを繰り返せば、50ターン全てヒロインの攻撃で終わります。
戦闘モードで一度に現れる敵の数は九体までです。
つまり、最大で450名の海賊を倒すことになるのです。
さすがに、そこまでの人数はいないと思うのですが……
「くっ、いったい何人いるんだ!?」
倒しても倒しても数の減らない海賊に、ニゲラ殿下が焦れてきました。
今は海賊たちを圧倒していますが、戦いが長引くほどに疲労は溜まり、体力と魔力を消耗します。
疲労と体力は治癒魔法や強化魔法である程度補えますが、魔力が尽きると回復手段がありません。
弱いとはいえ、舶刀を振り回す海賊相手に肉弾戦は少々危険です。
元々騎士であり護衛であるローレルならばまだしも、ニゲラ殿下をそんな危険にさらすことはできません。
魔法攻撃の主力メンバー、ニゲラ殿下、ガザニア先輩、ケールの三人の魔力が尽きたら私達も撤退することが決まっています。
少しでも長く戦うために、あまり強くない魔法を最低限の魔力で放っていますが、それでもじりじりと魔力は減って行きます。
特にニゲラ殿下は効率的魔力運用とか苦手ですからね。
一方、回復要員である私やアスター先生は魔力に余裕があります。
今のところ、味方は怪我らしい怪我をしていないので、治療の必要がありません。
私は最初に強化魔法をかけて、時々灯りの魔法を攻撃魔法のように飛ばして牽制するくらいであまり魔法を使っていません。
最も魔法を使っていないのがローレルです。攻撃魔法をすり抜けて近付いてくる海賊を肉弾戦で倒しています。
武器をを振り回す敵を素手で捌く様は、王族の護衛を任された騎士だけの事はあります。
ローレルが魔法を使わないのは、肉弾戦の方が慣れているということもありますが、魔力を温存するためでもあります。
ローレルの土魔法で壁を作れば、敵をある程度食い止めることができます。
安全に撤退するためにローレルの魔法を使う予定です。
ニゲラ殿下としては魔力切れで逃げ出すことを嫌がっているようですが、さすがにこんなところで王族が命を投げ出す戦いをするわけにはいきません。
焦った殿下は、急いで海賊を倒そうとして魔力を無駄に消耗しています。
海賊は後から後から散発的にやって来るので、急いで倒してもあまり意味はありません。
ニゲラ殿下は比較的魔力の多い方ですが、このままだと最初に魔力が尽きるのは殿下でしょう。
それから、戦いがなかなか終わらない理由は敵の数の他にもう一つあります。
「ま、まだだ……」
倒されたはずの海賊が、再び立ち上がってきました。
弱い雑魚なのに意外と根性がある……というだけではありません。
倒し切れていないのです。
私達にとって、今回が初めての対人戦闘です。
これまで、ダンジョンで魔物と戦ったり、対人の模擬戦を行ったことはありました。
けれども、人を殺したこともありません。
だから、完全に倒す――相手を殺してしまうことに躊躇があるのです。
魔力を節約するために威力の弱い魔法を使っているということもあるでしょう。
戦闘の目的は海賊の討伐ではなく時間稼ぎなので無理に殺す必要がないことも事実です。
けれども、最大の問題は海賊を殺すことを躊躇って攻撃の手を緩めてしまっていることです。
まあ、最初から平然と人を殺せるというのも異常なので、これで良いのでしょう。
いざとなったら魔力に余裕のある私がどうにかすればよいでしょう。
私だって人を殺すのは嫌ですが、殺さなくても無力化することはできます。
海賊たちは、捕まれば命が無いので必死になって向かってきますが、本当は海で遭難して命からがら陸にたどり着いたのです。この時点で疲労困憊でしょう。
そこにハイヒールをかけてやれば、体力が尽きて動けなくなるはずです。
治癒魔法をかけるにはある程度接近しなければならないので、危険と言えば危険ですが、私は接近戦もできるので問題ありません。
まあ、私のことは置いておくとして、現状最も容赦ないのはローレルです。
騎士としての精神を叩き込まれてきたためか、かなり容赦の無い攻撃を加えています。
殺すことまではしていませんが、ローレルに殴られた海賊は立ち上がって来ません。
魔法ではなく直接殴っているので加減がしやすいのかもしれませんが、死んでも構わないくらいの気迫で殴っています。
ローレルの次に容赦がないのは、ガザニア先輩でしょう。
水や風の攻撃魔法は魔力を多く籠めるかしっかりと制御しなければ殺傷能力は得られないそうです。
けれども、ガザニア先輩の魔法は確実に敵を倒し、殺さないまでもやすやすと起き上がれないダメージを与えています。
ラバグルト公爵家も武門の貴族です。何か戦いの心得とか伝授されているのでしょうか。
それに対して、ケールとニゲラ殿下の攻撃は精彩を欠きます。
ケールの風魔法はきちんと収束させないと威力が出ません。ですが、ケールの攻撃魔法は収束が甘く、敵を転がしたり押し返したりする程度であまりダメージを与えられていません。
足止めの効果はあるので無意味ではありませんが、去年の大蛸相手の時の方がまだ威力がありました。
王都の悪の黒幕であるイントリーグ家のケールであっても、直接手を汚すのは躊躇われるようです。
ニゲラ殿下の火魔法は、殺傷能力の高い魔法です。本気で人に向けて放てば大惨事となります。
本気で殺す覚悟のできていないニゲラ殿下は、わざと狙いを外して放っています。
魔法自体も見た目が派手な割に威力の低いものを選び、急所を避けて手足を狙っています。
相手を脅して引かせようとしていますが、逃げ場のない彼らは向かって来ることを止めません。
ある程度手足を焼けば無力化できるので戦力的に役には立っています。
けれども、手足を焼かれてのたうち回る海賊たちの悲鳴が耳に残ります。
最初は敵を倒して名を上げようと息巻いていたニゲラ殿下が、だんだんと意気消沈して行ったのでした。
殿下が弱者を痛めつけて喜ぶ性癖の持ち主でなかったことに安堵すべきでしょう。
現状、戦いというより一方的な蹂躙に見えるのですよね。
実際は、魔力が尽きれば武器を持った大勢の海賊たちに囲まれてかなり危険な状況になるはずなのですが。
さて、これだけ時間を稼げば、先に行った生徒は保護された頃でしょうか?
特に問題が起こっていなければ、そろそろこちらも撤退しても良い頃合いです。
ニゲラ殿下の消耗具合を見て撤退を進言しましょうか。
……と、どうやら必要はなくなったようです。
背後から響いてくる蹄の音。
増援の騎士隊、到着です。
速度を重視したためでしょう、到着したのは軍馬に騎乗した騎士が四名です。
確か、軍では十名で一小隊なので、その半分にも満たない人数ですが、この場では十分な戦力です。
相手は学生に足止めされていた程度の戦力です。
そして、本当の蹂躙が始まりました。
私達は避難して行った非戦闘員の学生に害が及ばないことを目的に海賊たちの足止めを行いました。
言ってみれば場当たり的な対症療法です。
一方、増援で駆け付けた騎士たちは事態を終息させることが目的です。
そして、現場に到着した騎士が見たものは、貴族である生徒、特に王族であるニゲラ殿下に剣を向ける男達でした。
はい、現行犯です。彼らが本当に海賊だったのか、遭難しただけの善良な船乗りだったのかに関わらず、この時点で逆賊であることが確定します。
逆賊は、その場で討伐可能です。証拠も裁判も不要で、事後承諾で許可が下ります。
大義名分を得た騎士たちは、躊躇なく敵を殺します。
向かって来る者は返り討ちにし、逃げるものは背後から斬りつける。
戦闘不能で倒れている者には止めを刺し、武器を捨てて投降した者も容赦なく斬り捨てる。
ニゲラ殿下も目を逸らす惨劇が続いています。
ああ、駄目です。
こんなシーン、乙女ゲームには入れられません。
レイティングはCERO Cの15歳以上でしょうか。
確かに殺伐とした世界観が背景のゲームでしたが、それは表に出してはいけないのです。
ゲームの話は置いておくとしても、この世界の騎士の方々も好き好んで惨殺行為を行っているわけではありません。
増援が到着したと言っても騎士の数は少なく、投降した賊を全て拘束するには手が足りません。
ついでに、捕まえた何百人もの賊を一人一人丁寧に調べて公正な裁判を行えるほど社会に余裕はありません。
王族や貴族を守るという使命を果たすためには確実に敵を無力化する、つまり殺してしまわなければならないのです。
たとえ殺してしまった者の中に、海賊とは無関係の善良な船乗りが混じっていたとしても、止むを得ない処置として正当化されます。
平民の命なんてそんな程度の扱いです。
この世界では、身分差の壁は大きく、平民の命はとても軽いのです。
それが分かっているからこそ、投降することなく向かって来るのです。
やがて騎士の増援が追加で到着しました。
この後行われるのは残敵掃討です。
ここまで来ると私達の出番は完全にありません。
騎士の人にエスコートされて、私達も軍の演習場まで移動して先に避難していた生徒と合流します。
「お嬢様、御無事でしたか!」
演習場で出迎えてくれたのはエリカでした。
生徒の連れてきた使用人は、生徒よりも先に馬車で演習場まで来ていました。
避難訓練で到着した生徒を迎える準備をする、という名目で先に避難して来てもらっていたのです。
使用人は非戦闘員の場合が多く、それでも立場上主人を守らなければならないので巻き込まれると危険です。
最初(表向き)の計画では、避難訓練で演習場に到着したら、騎士の演習を見学するなどしてしばらく過ごし、昼食を食べた後馬車で海に戻ることになっていました。
そのために馬車は使用人を乗せて演習場に来ていました。
けれども、この状況で海に戻ることはできません。
海賊の掃討が終わっていても、砂浜から宿舎の敷地内まで死体やら流血の跡やらで凄いことになっているはずです。
全てを片付けて清掃を終わらせるまでには何日もかかるでしょう。
馬車もこちらに来ていることですし、このまま演習場に一泊して海には戻らずに帰ることになるでしょう。
とりあえず、学園関係者に被害は無し。
イベントの発生は防げませんでしたが、余計な犠牲は出さずに済みました。
その代りに海賊はほぼ皆殺し。事情を調べるために数名は捕縛したらしいですが、それ以外は騎士によって殺されました。
逃げられれば民間人が犠牲になる可能性が高いので仕方のない事ですが、後味の悪い結末でした。
こうして、今年の臨海学校は終わったのです。




