第四話 特訓中
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お義兄様の協力を得て、私は魔法の特訓を始めました。
これまで行っていた勉強はそのまま継続して、魔法の練習のカリキュラムを修正。空き時間を特訓に当てました。
貴族としての生活に慣れるために、最初は少し勉強時間を少なめにしていたのですが、周囲が甘々になったためそのまま継続していたのです。空き時間はたくさんありました。
「フリージアは元々魔力が多いから、魔力が体から溢れ出して漏れ魔法が発生している。だから魔力を増やして引き出す練習は一旦止めて、魔力を制御する訓練をするべきだ。」
お義兄様は家庭教師の先生方とも話して私の予定をテキパキと決めて行きます。さすがはお義兄様、とっても有能です。
「魔力制御については特訓を行って早急に身に付ける必要があるだろう。漏れ魔法の対策は、とにかく魔力を制御しきるしかない。」
漏れ魔法を防ぐには、そもそも魔力を漏らさない、魔力が漏れても魔法に変換しない。そのために必要となるのは完璧な魔力制御です。それは地道な訓練でしか身に付きません。
ゲーム内でニゲラ王子は感情の昂りと共に所かまわず現れる火の玉を、自らの才能の表れだと言って自慢します。けれども本当は、自らの才能を御しきれない未熟さの表れなのです。
ニゲラ王子の漏れ魔法は、図書館で出禁にされたくらいでそれほど実害はありません。
けれども私の漏れ魔法は、おそらく諸悪の根源です。ただの平民だった娘が我儘姫に育ち、その我儘姫に一国の王子を始めとする国の将来を担う男たちが入れ込み、振り回される。全て漏れ魔法による魅了が原因だとすれば辻褄が合います。
この世界で平和に暮らして行きたければ、絶対に克服しなければいけません。
それでは、さっそく特訓の開始です。
特訓その一、座禅。
座禅です。
なぜか座禅です。
先ほどから私は床に座って瞑想しています。
こちらの世界には仏教は無かったと思うのですが、なぜか座禅だけは存在するみたいです。
――ペシン!
警策みたいな棒で叩かれるところまで一緒です。
「最初は無理に制御しようとしなくていい。体内に魔力を廻らし、その流れを感じるんだ。」
警策みたいな棒を持ったお義兄様からの指導が入ります。
見た目は座禅そっくりですが、実は自分の魔力を把握するための訓練だったりします。
――ペシン!
「まずは自分の魔力を完全に把握すること。魔力が漏れていることにも気付かなかったら、制御することなんてできない。」
棒で叩かれても別に痛くはありません。
これは罰として叩かれているわけではなく、魔力が漏れ出ている場所を教えてもらっているのです。
叩かれた場所からは魔力が漏れているから、その漏れた魔力を意識してどこからどう漏れているのかを把握する。そういう訓練なのだそうです。
――ペシン!
「常に自分の魔力を把握できるようになれば、漏れた魔力が魔法に変わる様子も分かるようになるだろう。」
魔力を制御する練習は前から行っていますが、それは魔法を使うために取り出した魔力を操作するだけです。
漏れ魔法を止めるためには、無意識に漏れ出る魔力まで制御する必要があります。
それに、上手くすれば本当に魅了の魔法が働いているのか確かめることもできます。
今のところ状況的に見て漏れ魔法の魅了だろうと考えていますが、推測の域を出ていません。
――ペシン! ペシン! ペシン!
――ペシン! ペシン! ペシン!
――ペシン! ペシン! ペシン!
「……これだけ漏れていてよく魔力が尽きないな。どれだけ魔力が多いんだよ。」
自分でもびっくりです。
まあ、その魔力の多さを見込まれてお義父様に拾われたわけですが。
いずれにしても、この漏れ魔力をどうにかしないことには、漏れ魔法を自慢していたバカ王子を笑えません。
頑張ります!
特訓その二、滝行。
滝行です。
あの滝行です。
私、今、それっぽい服に着替えて水に打たれています。
滝行と言っても本物の滝ではなく、チャールストン伯爵家の広いお屋敷の一角に大量の水が落ちて来る設備が何故かあって、そこで行っています。
何故かって、もちろん魔法の修行をするためですね。貴族の家にはどこでもこんな設備があるのでしょうか?
それにしても、想像以上にきついです。
水圧というか、降り注ぐ水の重さが半端ありません。
ぬぐぐぐぐ~、負けるか~、根性~!
つるり!
「きゃあ!」
ザブン!
ブクブクブクブク。
「大丈夫か?」
「はい、……なんとか。」
お義兄様に助け起こされて一息つきます。
それにしても、手強かったです。
三メートルくらいの高さから落ちてくる水は、膨大な量というほどでもないのに、どういうわけか立っているだけで精一杯です。
はて、滝行ってこんな修行でしたっけ?
「この水は魔力を含んでいる。自身の魔力を体内で循環させて対抗しないと今みたいに押し流されるぞ。」
お義兄様、そーゆーことは先に言って欲しかったです。
思わず前世の人が顔を出すところでした。
そう言えば、これは魔法の訓練でしたね。根性ではなく魔力で耐えなければいけなかったのです。
それでは再挑戦です。
魔力を意識しながら水に入ります。
うーん、確かに先ほどよりは楽になりました。魔力を送り込めば水の圧力が和らぎます。
でも、これ、ぐっ、かなり、難しい、です。
魔力を、均一に、しないと、弱い、所に、圧力が、集中します。
正直、痛い、です。
魔力~、ぐぐぐぐぐっ!
ズルリ!
「うひゃあ!」
ザッブーン!
ブクブクブクブク。
ハアハアハア。
「今はできなくてもいい。この感覚を覚えておけ。魔力制御が上達するにつれ、楽になるから。」
どうやらかなり難易度の高い訓練のようです。本来ならば他の訓練を終えた後に行うものではないでしょうか。
「この訓練は絶対に一人で行わないこと。決められた時間を超えて続けないこと。この二点だけは守るように。」
やはり上級者向けの訓練みたいです。転んだはずみに頭を打って気絶でもしたら溺れてしまいますからね。
「それじゃあ、もう一回行ってみようか。」
ひえ~! さすがはお義兄様。容赦がありません。
フリージア、逝っきま~す!
ハアハアハア。
結局、時間いっぱい滝行をやりました。
何回水没したか覚えていません。
それはそうと、一つ思い出したことがあります。
ゲームの育成パートでは、週に一度その週に行う授業を選択します。
その際画面上では選んだ授業の内容をデフォルメされた三頭身のキャラが行うのですが、ゲーム前半で魔法訓練を選んだ場合は三パターンの中からランダムで表示されます。
そのうちの二つが「座禅」と「滝行」なのです。
……座禅で叩かれるのと滝行で水に落ちるのは失敗パターンですけれど。
本来ならば学園に入ってから行う訓練を先行して行っているのでしょう。
この様子では、もう一つの訓練もあるのでしょう。
特訓その三、ヨガ。
ヨガです。
予想通りヨガです。
ヨガにしか見えません。
床にマットを敷いて、その上で色々なポーズを取ります。
魔法訓練のミニアニメ、三パターンをコンプリートしました。
けれども本当はヨガではありません。
ヨガにしか見えませんが、これは魔法の訓練です。
「右足先、魔力がはみ出ている! 左手、指先まで魔力が通っていない!」
「はい!」
これは魔力を制御する訓練です。
体の隅々まで魔力を行き渡らせるように魔力を制御しています。
色々なポーズを取るのは、どんな体勢でも全身に過不足なく行き渡らせるためです。
「よし、次。木のポーズ。」
「はい!」
ポーズを変えつつ、全身に魔力を通わせます。
魔力は人体を透過します。だから体を動かしても、体内の魔力が一緒に動いてくれるとは限りません。
意識して行き渡らせた魔力ならばだいたいは体と一緒に動いてくれるのですが、細部でちょっとずれるのです。
実は、物理的な肉体ではなく、認識している体に対して魔力を通わせているため、自分の体を正確に認識していないとずれが生じるのだそうです。
例えば両手の人差し指を伸ばして、目を瞑ったまま左右から素早く近付けて指先をぴったりと合わせる。これ、やってみると意外と難しいものです。それは指先の位置を正確に認識していないからです。
同じように、自分の体全体に魔力を行き渡らせようとしても、先端部分にまで魔力が届かなかったり、逆に体の外にはみ出てしまったりします。
それのずれを素早く修正して、物理的な肉体と魔力的な肉体を一致させること、それがこの訓練の目的です。
特に体を捻ったり捩じったりすると位置関係が分かり難くなるので、そういった難しいポーズを取って練習するのです。
たぶん本来は、座禅で魔力を把握し、ヨガで体に正確に魔力を通わせ、その結果を滝行で試す、という順番になるのだと思います。
けれどもその全てをお義兄様に付き合っていただくことはできません。
学園の休みが明ける前にお義兄様は王都へ行ってしまわれます。
年に数回は戻ってこられますが、その間は自分で訓練しなければなりません。甘々になってしまった先生方は、協力はしていただきますが、あまり当てにはなりません。
お義兄様がいない間も自分で訓練を続けられるようにと、必要な訓練方法をまとめて教えてくださっているのです。
「右膝、魔力がショートカットしている! それと指先から魔力が漏れている! 最後まで制御を手放すな!」
「はい!」
この国の未来のため、何より私の将来の生活のため、この特訓やり遂げて見せます!