第二十四話 クリスマス2
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ドレスの問題が一段落――コルセットの締め付けは続きますが――すると、残る問題は一つ。
この手のパーティーに参加する場合は、殿方にエスコートしてもらうのが一般的です。
必須ではありませんが、エスコートしてもらえなかった女性の評価は確実に下がります。
ゲームではその時最も好感度の高い攻略対象がヒロインをエスコートします。
この世界でも同じことが起こりそうなのですが……一人、絶対にやってはいけない人がいます。
ニゲラ殿下です。
ニゲラ殿下には婚約者――カルミア様がいます。
殿方からすれば、最優先でエスコートしなければならないのは自分の妻、あるいは婚約者です。
その相手が事情があって参加しないのならばともかく、自分のパートナーを放置して別の相手をエスコートしたら醜聞です。
乙女ゲームの中ではあまり気にしていませんが、婚約者を蔑ろにする行為は大問題なのです。
やらかした殿方だけでなく、婚約者の問題行為を許してしまった令嬢の評判も落ちます。
そして、エスコートされた側の令嬢も無事では済みません。
例えば、私がニゲラ殿下にエスコートされれば、自動的にカルミア様に喧嘩を売ったことになります。
本人にその気が無くても関係ありません。周囲はそう理解します。
もしもニゲラ殿下からエスコートのお誘いがあったとしても、全力で断らなければなりません。
立場的に断り辛い相手なのですが、断りきらなければ身の破滅なのです。普通ならば。
殿下以外の攻略対象については、そう言った問題はありません。
貴族ならば私たちくらいの年齢で既に婚約者がいてもおかしくありませんが、ローレル、ケール、アスター先生の三人には決まった婚約者はいません。
アスター先生は長男ではないので家督を継ぐ必要が無く、結婚もあまり強く求められていないそうです。性格が軽すぎて紹介できる令嬢がいないのかもしれません。
ケールもイントリーグ家の特殊性からまだ婚約者はいないそうです。血筋の良さから相手には不自由しないでしょうけれど。
ローレルは……何故でしょう? ベスビアス侯爵家の嫡男で、結婚して次世代の跡継ぎを育てることは義務です。
まあ、「王家の盾」と呼ばれ、権力闘争とは距離を置いているベスビアス家は政略結婚も少ないそうです。だから婚約者探しも急いでいなくて、カメリアさんにもチャンスがあるのでしょう。
それから、ガザニア先輩には婚約者がいるそうです。ただ、その婚約者さんは入学前でクリスマスパーティーには参加しません。
万が一ニゲラ殿下がカルミア様をエスコートしなかった場合、カルミア様をエスコートできる数少ない一人です。実兄ならば婚約者以外の殿方と一緒でも問題にはなりません。
ただ、ガザニア先輩がカルミア様をフォローする姿を想像できません。
臨海学校でも林間学校でも、ガザニア先輩とカルミア様が仲良くしていた姿を見ていません。
公私混同を避けているのか、兄妹仲がよろしくないのか。ゲームのシナリオ的には、あまり仲が良さそうには思えません。
それはともかく、ニゲラ殿下以外は問題ないのですが、それでもできれば攻略対象のエスコートは避けたいところです。
エスコートのお誘いを断る最も良い口実は、「先約がある」です。
たとえ王族であっても、既に決まっているエスコート役を無理やり奪えば大顰蹙です。カルミア様からお説教を喰らいます。
どのみち誰かにエスコートしてもらわなければならないので、無難な相手にお願いしたいのですが……いません。
もともと序列最下位の私には気楽に頼める相手がいません。
バジルお義兄様が在学中だったらお願いできたのですが、私が入学するよりも前に卒業してしまっています。
頑張って友人を増やしてきましたが、ある程度親しくなった男子は数えるほどです。
その数少ない男子も、先約があったり婚約者がいたりして、結局エスコート役を頼むことはできませんでした。
女子の友人を増やすことを優先していたつけが、こんなところに現れてしまいました。
いえ、女子の味方を増やしておかないと色々と詰んでしまうので、これは致し方のないことです。
それで、結局どうなるかと言えば……
「それでは、参りましょうか。」
アスター先生にエスコートされて会場に向かうことになりました。
真面目に光魔法の授業を受けているので不可避に上がり続けた好感度は最高でしょう。
ついでに、教師はあぶれた女子をエスコートする役割もあるので、妥当であり穏当な配役です。
元庶民故にエスコートしてくれる殿方がおらず、教師にエスコートされただけと思われるので、無難と言えば無難ではあります。
そんなわけで、アスター先生に連れられて私は会場入りしました。
パーティーは原則として格下から順に会場に入ります。
それはエスコートする殿方の「格」が基準になるのですが、アスター先生は主催者である学園側の人間なのでノーカウントです。
つまり、私が一番乗りです。
その私よりも先に会場にいるのはホスト、つまり生徒会の皆さんです。
ガザニア先輩に挨拶をして、後から来る参加者を迎えます。
学園内の行事であり、学生と教職員、一部父兄のみの参加ですがそれでも結構な人数になります。
次第に賑やかになって行く会場で、次々にやって来る参加者を待ちます。
後になるほど格上、つまり学園内の大物が現れ、学生が集まって幾つかのグループを作って行きます。
それぞれに歓談しながら、最後の参加者を待ちます。
学園の行事なので学生が主体で、教職員や父兄はおまけで数には入りません。
だから、最後に登場するのは学園序列一位、ニゲラ殿下と決まっています。
ニゲラ殿下は、ちゃんとカルミア様をエスコートして現れました。
そのニゲラ殿下のお供として、ローレルも一緒に登場です。殿下の護衛なので、原則を無視して殿下と一緒に最後に現れます。
ゲームではこの二人のどちらかにエスコートされると、ヒロインも最後に登場することになります。そこまで詳しい描写はありませんが。
ゲームではないこの世界の今のローレルは、カメリアさんをエスコートしています。
ローレル攻略、順調に進んでいますね。
殿下が登場したところで、ガザニア先輩がクリスマスパーティーの開催を宣言します。
後は基本自由行動です。
ダンスを踊ったり、軽食をつまんだりしながら歓談し、交遊を深めたり、人脈を広げたり、情報交換したり、陰謀に励んだりします。
貴族として生きるには必要なことですが、初心者の私は今日は見学予定です。
エスコートしていただいたアスター先生と軽く一曲踊った後は、花になるために壁際へ――
「一曲お付き合いいただけますか?」
――行こうと思っていたら、いきなり捕まってしまいました。
紳士的に声をかけてきた相手は……ウゲッ、ニゲラ殿下!
お誘いの言葉としては模範的ですが、その表情にはそこはかとなく悪意が滲み出ています。
なるほど。いつも成績で敵わないから、私の苦手分野で勝ち誇ろうという腹ですか。
ですが、このお誘いを断ることはできません。
お手本通りの誘い文句、相手は格上の王族、さらには断り難いタイミングを狙って来ています。
ここからお断りするには、気分が悪くなったふりをして会場から抜け出すくらいしかありませんが、それでは社交界の勉強になりません。
「私でよければ、喜んで。」
まったく嬉しくはありませんが、笑顔で応じるしかありません。
殿下に手を取られて会場中央のダンスエリアに舞い戻ります。
しかも、一番目立つど真ん中に……まあ、王族がコソコソするわけにはいきませんから仕方がありません。
注目を浴びる中、ダンスを始めようとしたところで曲が変わりました。
テンポが速くなり、ダンスの難易度が上がります。
偶然か、殿下がリクエストしたのかは分かりませんが、難しいステップを要求する殿下のリードは明らかに故意です。
いいでしょう、受けて立ちましょう。
私は殿下のリードに合わせてステップを踏みます。
ニゲラ殿下はいくつか勘違いをしています。
確かに私は庶民の生まれで貴族として生活した期間は短いものです。
生まれついての貴族が自然と身に付けている所作、マナーや礼儀作法を私は知りませんでした。
だから必死に勉強して、練習してきたのです。
ダンスだって及第点をもらっています。
この程度のステップ、どうにでもなります。
それに、テンポの速い曲は初心者には難しい半面、誤魔化しが効きます。
多少間違えても、派手に転んだり他人にぶつかったりしない限りは、堂々としていればまずバレません。
練習の時と違い、些細なミスをチェックしてやり直させる人もいないので、本番はお気楽です。
洗練された動きとは言えませんが、運動神経と体力とアドリブとはったりでそれっぽく見えるものです。
そもそも私が苦手としていたのは社交界における複雑な不文律や言外のコミュニケーションであって、ダンスではありません。
それに、この場で私が醜態をさらせば、評価を下げるのは殿下の方です。
私が元庶民であることは知られていますし、格上であり生まれついての王族である殿下は、格下の私を導く立場にあります。
女性側が失敗しても、ちゃんとリードできなかった殿方が悪い、ということになってしまうのです。
今もカルミア様がこちらをじっと見ています。
あれは、「殿下を奪おうとする女」として私を警戒しているのではなく、殿下が問題を起こさないか監視しているのだと思います。
注意してみれば殿下があえて難易度の高いリードをしていることは明白ですから、後でお説教でしょうか?
そして一曲終わりました。
完璧とは言いませんが、どうにか無難に踊り切った私は、最後に優雅に一礼してその場を辞し――
――パチパチパチパチ
あっ、ヤバ!
盛大な拍手を受けています。ちょっと目立ち過ぎました。
面倒なことになる前に、さっさと逃げないと……
「次は私と踊っていただけませんか?」
ああ、捕まってしまいました。
それも、ガザニア先輩です。逃げられません。
にこやかな笑顔ですが、探るような目が「お前の実力を見極めてやる!」と言っています。
助けて~~
結局、その後続けて何人も相手に踊ることになってしまいました。
社交界に不慣れな私は、ダンスは踊れてもうまく断る技術は未熟です。
なんだかんだで攻略対象全員と踊ってしまいましたよ。
ケールは完全に面白半分でしたね。
最後のローレルは、たぶんカメリアさんに頼まれたのでしょう。私を端の方に連れて行ってくれました。
まさかローレルに助けられることになるとは……
ダンスからは解放されたので、今度こそ壁の花になりましょう。
私は花、私は花、私は花、花、花……華はないけど壁の花!
いっそ、気配を消して壁と同化しましょうか。
私は壁、かべ、カベ……ぬりかべ!
……と、その前に、喉が渇いたので軽食コーナーで何か飲み物をいただきましょう。
ついでに何か軽くつまみましょうか……ハッ! コルセットがきつくてまともに食べられる気がしません! 何という罠!
軽食を食べている女子が少ないのはそのためでしたか。
男子は結構がっつり食べている人もいますが。特にそこの騎士科底辺男子! がっつき過ぎ!!
甘いものは別腹ということで、お菓子を少し頂きました。
お菓子コーナーは女子で占有されていました。
その後、ニゲラ王子は「ダンスパートナーに難しいステップを強要する」と噂になり、女子からダンスの相手を断られまくりました。
フリージア「ああやって断ればよかったのですね。」




