第二十三話 クリスマス1
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体育祭が終わり、文化祭が終わり、暦は既に十二月。
二学期も終わります。学年主席は譲りません!
十二月も終わりに近付く頃、二学期最後の一大イベントが待っています。
それは、クリスマスです。
異世界にクリスマスがあるのか?
あります。あるのです。
ゲームでは世界設定の整合性よりもそれっぽい恋愛イベントを入れることの方が重要なので、仔細気にせずクリスマスイベントをぶち込みました。
あからさまに「クリスマス」という名前を出してはいませんでしたが、やっていることはクリスマスパーティーです。
この世界ではどうなっているかと言うと、やっぱりクリスマスは存在します。
しかも、名前もそのまま「クリスマス」です。
キリスト教も存在しないのに、「クリスマス」だけあります。
イエス様もいないのに、降誕祭です。
実はこの国、フラワーガーデン王国の初代国王様の名前が「クリスマスローズ」様なのです。
半ば伝説の王様ですが、その生誕の日を祝して「クリスマス」と呼んでいるのです。
当然、クリスマスの風習があるのはこの国限定です。
もしもフラワーガーデン王国が滅びれば、クリスマスも無くなるでしょう。
まあ、「クリスマス」という名前は無くなるにしてもこの時期に行われるお祭り自体は残るでしょうけれど。
キリスト教でも、本当はイエス様の誕生日は不明なのだそうです。
不明な誕生日を、元々農閑期に行われていた冬祭りの時期に合わせて12月25日と後から決めたらしいです。
この世界のクリスマスも似たようなものでしょう。
初代国王の辺りは建国神話が混ざり込んでいてどこまで本当の事か分かりません。
公式の歴史書も何代も後になってからまとめられたもので、どこまで事実なのかも不明です。
クリスマスの風習が始まったのも、建国から随分後になってからの事です。
昔、隣国との戦争が続いて国の財政が逼迫していた頃、華美な装飾や大規模な交遊を禁止する倹約令が敷かれたことがありました。
王家を筆頭に貴族も庶民もひたすらに倹約した時代です。
そんな中、せめて年に一度の冬祭りだけでも盛大に楽しもうと、建国王の生誕を祝うという口実を作ったのではないかというのが歴史学者の通説です。
文化祭の時に調べました。一応王家絡みだったし。
歴史学者でもない私達は特に気にせずにクリスマスを楽しむだけですが。
あ、この世界のクリスマスは宗教行事ではないので、教会は関係しません。
教会が信奉する神様は、「女神ラフレシア」様といいます。
……前世の人的には臭い匂いを放つ巨大な花か宇宙海賊と戦った植物系異星人の女王を連想する名前ですが、この世界では女神様です。
庶民にとっては単なる冬祭りのクリスマスですが、貴族にとっては社交の場になります。
学園の行事としてもクリスマスパーティーはフォーマルな場であり、小さいながらも社交界に相当します。
文化祭でも終了後に来賓を交えた懇親会が行われましたが、学生は学制服で参加しました。
一方、クリスマスパーティーは正装です。パーティー用の正装で、ドレス着用です。ダンスもあるので、動けるドレスです。
これまで習った礼儀作法が試されます。
特に私たち一年生にとっては、社交界デビューです。
中には入学前にデビュー済みの人もいますが、私のようななんちゃって貴族や、社交には縁遠い地方の弱小貴族の家の人にとっては正真正銘の社交デビューになります。
学生中心の練習用の社交界ではありますが。
一部父兄、つまり本物の社交界の猛者も参加しますが、いたいけな学生相手に全力で意地悪すると大人げないと評判になるのでちゃんと手加減してくれるそうです。
また、練習用の社交界だからこの場での多少の失敗は、この場限りで不問に付されるルールになっています。
失敗を恐れず社交界に挑めという方針のようです。
むしろ、怖いのは同じ学園の学生です。
多少の失敗はその場限りと言っても、学園内には噂として残り続けて笑い者になったり生ける伝説になったりします。
貴族にとって社交界で無様を晒す者は嫌われます。
社交界は貴族の主要な仕事の一つです。そこで情報を集めたり人脈を広げたり根回しをしたりします。
仕事のできない同僚は嫌われるものです。
学園内で嫌われると色々と大変です。
序列だ何だと言いますが、親の権力が学園内まで直接届くわけではありません。
生徒同士の力関係には「味方の多さ」が大きく関係します。数は力です。
序列が上位でも嫌われて味方が少なければ影響力は低下しますし、最悪虐められたりします。
ゲームのヒロインは何度か嫌がらせを受けます。全て悪役令嬢が指示したことにされましたが、本当はヒロインに攻略対象以外の味方がいなかったことが原因でしょう。
私はそんなことにはならないように、攻略対象以外の友人を作ろうと努力してきました。
勉強会を開いたのもそのためです。
有益な相手なら味方になる。現金なものですが、貴族同士の付き合いなんてそんなものです。
それだけに、ここで失敗すると痛いものがあります。
社交の場で失敗すれば「所詮は庶民の出」と蔑まれ、味方が一気に減る恐れがあります。
親友と呼べるのはカメリアさんだけですから、私の支持基盤は弱いのです。
そして、社交は私の最も不得手とするところです。
礼儀作法、テーブルマナー、ダンス。一通り習いましたが所詮は促成栽培、最低限の合格ラインです。
それに対して、相手は生まれついての貴族。貴族の作法の中で育ったエリートです。年季が違います。
まともに張り合えばボロが出ます。
最低限の作法で取り繕ってどうにかやり過ごさなければなりません。
今回は勉強です。見ることに専念しましょう。
壁の花を目指します。全力で!
社交界は戦場です。
特に社会的地位の低い女性は、社交界で得た情報、人脈、それらを利用した裏工作を自らの力とします。
学園内の女子のネットワークの拡大版が社交界にはあります。
社交界を通じた女性貴族のネットワークは強力なものがあります。
この世界に専業主婦は存在しません。
結婚して家庭に入った御婦人も、社交界を通して影響力を行使します。
上級貴族の婦人や王妃、側室といった王家に入った女性までが社交界を通じて繋がっているのです。
社交界を制することができれば、この国を動かすことも可能でしょう。
まあ、複雑怪奇な利害関係・人間関係を完全に制することは不可能でしょうが。
その複雑怪奇な人間関係の中で己の意志を貫き、また他人の野望に潰されないよう抗うために戦います。混沌とした乱戦です。
ドレスは自らを誇示する武器であり、隙を見せないための防具です。
見せつける相手は主に同性。
決して男子に媚び、歓心を買うためだけに着飾っているわけではありません。
さあ、完全武装して戦場へと赴きましょう。
……と、その前に強敵が待ち構えています。
その名は「コルセット」。
優雅に泳ぐ水鳥も水面下では必死になって水を掻いているように、美しいドレスの下では地獄の締め付けが、か、ガ、ぎゃあーー!
痛い、きつい、苦しい、辛い!! これ以上は無理ーー!!!
ハア、ハア、ハア。
超有能メイドの手によって限界を超えて引き絞られてしまいました。
ここまで細いと逆に気持ち悪くないでしょうか?
これ、絶対身体に悪いと思うのです。
さて、コルセットに絞られた後は、ドレスとアクセサリーで飾り付けです。
ただし、ここで自分の好みで好き勝手におしゃれすることはできません。
ドレスコードだけでなく、何を着てどんなアクセサリーを身に付けるかがメッセージになってしまいます。
ゲームのヒロインのように何も考えずに着飾ると、各方面に無駄に喧嘩を売ることになります。
ゲームのドレスは、水着に引き続き上から下まで派手なドピンクです。
派手で目立ち過ぎです。
パーティー会場の視線を一点に集めて自分勝手に振舞えば、それは反感を買うでしょう。
誰かの誕生祝や結婚披露などの決まった主役のいる場ではないので、参加者が注目を集めて主役になることは可能です。
ですが、無条件でそれをやって問題ないのは序列が高いカルミア様や一部の上級生に限られます。
格上を抑えて主役に上がろうというのならば、自分の意思と覚悟、それから目的を示す必要があります。
それならば、たとえ敵対することになっても敬意を払うし、落としどころも模索します。
例えば、意中の殿方をライバルから奪おうというのならば、ライバルよりも誰よりも、その殿方の隣に立つにふさわしい淑女になると態度で示さなければなりません。
しかし、周囲を顧みず自分勝手に振舞うだけならば、敵も味方も無く全員で排除にかかります。
男といちゃつくだけの恋愛ごっこならば他所でやれ、社交界は遊びではない、ということです。
乙女ゲームのヒロインは、あまり社交界には向いていません。
私は恋愛ごっこも、社交界を牛耳る気もないので、なるべく目立たない方向で行きます。
ですが、ただ地味にすればよいというものでもありません。
豪華なドレスで溢れるパーティーに一人だけ地味な姿があると却って目立ちます。
それに、これでもチャールストン伯爵家の娘なので家の面目を潰すまねはできません。
派手過ぎず地味過ぎず、場のコンセプトに則していて、変なメッセージを受け取られることがない。
この難しい「無難な」コーディネートを、俄か貴族の私よりも詳しいエリカと相談しながら決めました。
エリカは、学園内で頑張って調べていた私でも知らないような学園内の派閥とそのシンボルマーク、シンボルカラーまで把握しています。使用人同士のネットワークも侮れないものがあります。
色とデザインの組み合わせ次第で、何処かの派閥に与することや、逆に対立する意思を示してしまうので注意が必要です。
当然派手派手なピンクのドレスは論外です。でも、その論外のドレスが用意してあるのはどういうわけなのでしょう? 全方位に喧嘩を売る以外に使い道がないと思うのですが。
最終的に、薄緑色を基調としたドレスに、あまり目立たないアクセサリーを数点着けました。
ぱっと見人目を引く華やかさはありませんが、目立たない所がさりげなくお洒落な上品な仕上がりです。
見る人が見れば分かる高級感のあるドレスなので、地味だからとバカにすると、逆に「物を知らない」と陰で笑われる罠付きです。
そうと知らずに嫌味を籠めて「貴女はその(地味な)ドレスがお似合いよ。」などと言うと、「伯爵家に相応しい令嬢」であると認めて褒めたことになってしまうのです。
いくら私が元庶民のなんちゃって貴族でも、チャールストン伯爵家を背負っています。伯爵家に相応しくない衣装を着るはずはありません。
そんな安直な隙は晒しません。
チャールストン伯爵家にふさわしいドレスを着て、アクセサリーを付けて、メイクをして、髪を整えます。
ですがエリカ、詰め物は要りませんから!!
・クリスマスローズ
誕生日:12月24日
花言葉:私の心配をやわらげて