第二十二話 文化祭
「いいね」ありがとうございました。
体育祭が終わると、次にやって来るのが文化祭です。
体育の秋、芸術の秋、文化の秋。
秋は学園もイベントが多いです。
体育祭と同様、文化祭でもゲームのイベントは恋愛イベントばかりですので、今回も全面スルーです。
学園行事の文化祭として普通に楽しむことにしましょう。
……と、思っていたのですが、ちょっと雲行きが怪しくなってきました。
文化祭は学生主体のお祭りです。
騎士科が突出してハッスルした体育祭と異なり、三学科平等に楽しめるお祭りです。
体育祭の鬱憤を晴らすべく普通科が張り切るらしいのですが。
文化祭は各クラス、部活動、及び届け出のあった任意の学生のグループがそれぞれ出し物を用意します。
クラスや部活の出し物は必須ではないのですが、だいたいは何らかの催しを行います。
任意の学生のグループというのは、クラスや学科、部活とも無関係に有志が集まった集団のことです。
文化祭の終了とともに解散する場合もあれば、文化祭で注目を集めて同好会や部として正式に発足する場合もあるそうです。
文化祭の定番の出し物と言えば、喫茶店などの軽食や演劇など、前世の日本と大差ないものです。
ゲームの世界であるためか、ちょくちょく日本的なものが見受けられますが、こんな所にも表れています。
ただ、貴族向けの学園であるため、前世の日本の場合と違って制限が多くあります。
まず、王侯貴族の飲食物は細心の注意が必要です。
集団食中毒の恐れだけでなく、暗殺の危険性が付きまとうのです。学生に調理なんかやらせません。
プロの料理人が裏方に入り、毒見まで済ませた料理や飲み物が提供されます。
学生はウェイターやウエイトレスとして働くのみ。
さらに、本職のメイドが身近にいる貴族に対して、メイド喫茶は意味を持ちません。
あまり奇抜な飲食店はできません。
それでも、一定の客が入るので飲食店は人気らしいのですが、料理人の手配や警備の関係で出店できる枠が決まっています。
また、演劇の類も上演できる枠が決まっているそうです。
警備の都合で教室を閉め切って暗幕を張ったり、大道具を持ち込むことはできません。
同じ理由で、お化け屋敷やプラネタリウムなども不可です。
大道具やあまり広い舞台を必要としない寸劇ならば教室でもできるのですが、面子を重視する貴族としてはあまりせせこましいことはできません。
貴族の面子は面倒です。その代わり、予算は潤沢に使えるのですが。
本格的な演劇を行うためには講堂を借りる必要があるのですが、その講堂を利用する時間を各クラスや部が奪い合うことになります。
講堂の利用時間は有限です。時間の割り当てを確保できなければ、演劇は諦めるしかありません。
他にも、美人コンテストなどを開催したこともあったそうですが、だいたいが序列で決まる出来レースになるので不人気なのだそうです。
魔法科の上級生になると、魔法の実演を行うこともあるそうです。
危険の無い一部の魔法以外は教室では行えないので、修練場を借ります。これも競争率は低いですが、枠を奪い合うことになります。
飲食店にしても、演劇にしても生徒会が割り当てを調整します。
先着順というわけではありませんが、割り当て作業が終わった後に申請すると却下される可能性が上がります。
だから、何を行うかを早目に決めて申請する必要があります。
特に割り当てをもらったり施設の使用許可が必要なものについては、しっかりとした企画書を作らないと却下される恐れがあります。
だから、体育祭が終わると各クラスや部活では即座に文化祭の準備に取り掛かります。
特に普通科では体育祭前から念入りに準備を進めているそうです。
許可や割り当てが必要なものでなくても、なるべく良い出し物をしようと思ったら、早急に何をするのかを決める必要があります。
準備にも時間がかかりますから、最初で躓くとドンドン厳しくなって行きます。
最高の出し物を時間をかけて吟味するのではなく、やると決めたものを最高の出し物にするように全力で努力をする。これが肝要です。
私達のクラスは少人数なので、人手が必要な喫茶店などをやると他を見て回る時間があまり取れなくなります。
そこで、人手は多くても拘束時間の短い演劇をやろうと言う案が出ました。
クラスの一部の有志が事前に企画していました。
魔法科にも体育祭よりも文化祭に青春をかけている人はいます。
私も勉強会のついでに相談されたこともあるので知っていましたが、演劇で行うお話の候補もいくつか絞られていました。
……何だかどこかで聞いた物語も交じっていた気がしますが、気にしたら負けです。
貴族の学園での演劇は、大道具小道具は雇ったプロやお付きのメイドが行うので、学生は脚本作りと役者に専念することになります。
所詮は素人の劇ですが、私達のクラスには一つ強みがありました。
ニゲラ殿下です。
本物の王子様が出演する演劇なんて、王都の一流の劇場でも見ることは叶いません。
他のクラスが演劇を行った場合も上級貴族の家の者が出演することになりますが、やはり王家は格が違います。それだけで注目を引くでしょう。
後は「学生にしては上出来」と言えるだけのレベルで演じることができれば大成功です。
ある意味無難な提案であり、特に対案が無ければこれで決まりそうな雰囲気でした。
対案は出ませんでした。しかし、異論は出ました。
ニゲラ殿下でした。
何故か殿下は演劇に反対しました。
対案はない――他にやりたいことがあったわけではないようなのですが、演劇には反対という困った状態です。
理由ははっきりしていないのですが、殿下の発言から想像するに、演劇を下賎のものと考えている節があります。
江戸時代に女歌舞伎が禁止されたような感覚なのでしょうか。
具体的な代案も無く、「もっと高尚なものをやれ」と無茶を言う殿下の株は暴落中ですが、その意向を無視することはできません。
王族という身分の問題もありますが、演劇を行う場合、殿下は主役、またはそれに類する重要な役柄を行ってもらわなければなりません。
やる気のない殿下に重要な役をやらせるわけにはいきません。劇が台無しになってしまいます。
演劇を拒絶するニゲラ殿下と、どうにか殿下を説得したいその他大勢の、議論とも言えない言い合いが続きました。
うーん、ちょっと奇妙です。
ゲームでは選択肢無しで演劇を行うことに決まっていましたから、この世界でも同じになると思っていたのですが……
あ、思い出しました。
ゲームでは文化祭の出し物を決める固定イベントがあります。
その中で演劇を渋るニゲラ王子を説得するのがヒロインです。
つまり、私ならば殿下を説得できる可能性がある?
……できそうな気はします。
でも、気は進みません。
ゲームのあれは、説得というよりも挑発です。ニゲラ王子は売り言葉に買い言葉で演劇に出演することを決めます。
この世界でも同じことはきっとできます。ニゲラ殿下、煽られ耐性なさそうですから。
けれど、できると分かっていても普通格上の相手を煽るような真似はしません。
特に貴族社会では、人を煽るのは格上の特権みたいなところがあります。
面子の問題で引っ込みがつかなくなることがあるので、確実に叩き潰せる相手でない限り下手に煽ると命に関わります。
気楽にそんな無謀な真似ができるのは、頭がお花畑のヒロインだけです。私には無理です。
それに、ゲーム通りに進めると、ニゲラ殿下の相手となるヒロイン役を私が演じることになります。
本当に、気が進みません。
回避不可の固定イベントのくせに、ニゲラ王子の好感度ががっつり上がるんですよね、これ。
回避不能だと思っていたので覚悟はしていましたが、やらなくてよいならやらずに済ませたいです。
ああ、よさげな対案を用意していなかったことが悔やまれます。
とりあえず余計な口は挟まず――意見は言いますが、殿下を挑発することはせずに――様子を見ることにしました。
結局ニゲラ殿下を説得できないままに時間が過ぎて行きました。
時間をかけても殿下を説得することはできませんし、殿下も具体的な対案を出せません。
学生である以上、文化祭の事ばかりしているわけにはいかず、時間はどんどん過ぎて行きます。
そして、何も決まらないまま文化祭の申請受付の日がやって来ました。
この辺りからあきらめムードが漂い始めました。
割り当てや許可が必要な出し物、特に人気の高い飲食店や演劇は初日に申請が集中するそうです。
生徒会も忙しいので、先着順ではなくても申請の来た順に枠を割り当てて行き、枠が埋まったら残りは却下して行きます。
勿論、申請に不備があったり内容に問題があれば却下されるし、後から受け付けたものでも内容が優秀ならば割り当てを見直すこともあります。
けれども、後から申請したものが採用されるには、既に割り当てた内容を見直すほど優秀でなければなりません。
だから、割り当てがある出し物はなるべく急いで申請しないといけないという暗黙のルールがありました。
私達のクラスはニゲラ殿下がいるため多少は配慮されるでしょうが、確実ではありません。
申請が却下されたら、急いで代わりの出し物を考えなければなりません。それも間に合わなければ、文化祭不参加という不名誉が待っています。
殿下の頑なな態度と、最悪の場合を恐れた結果、次善策として別の出し物の検討が始まったのです。
別の出し物の検討が始まりましたが、相変わらずニゲラ殿下は役に立ちません。
自らアイデアを出すことはない――アイデアがあったなら最初から対案を出したでしょう――だけでなく、他人のアイデアにケチばかり付けます。
演劇ほどの拒絶はないところが救いですが、人のアイデアに否定的な意見しか言わずに議論を引っ掻き回す殿下は、はっきり言って邪魔でしかありません。
「ブレインストーミングをやる」と言っておきながら駄目出しばかりして、「何も決まらなかったじゃないか」と憤慨する上司、いたよな……と前世の人もしみじみしています。
私も「このままだと文化祭不参加ですね」と言って不安を煽って見たり、「せっかく殿下がいらっしゃるのだから王家に関わる内容が良いのでは?」などと誘導してみたりしました。
不毛な議論を長々と続けた結果、「フラワーガーデン王国の歴史と王家」というテーマで展示をすることに落ち着きました。
申請の期限ぎりぎりでした。
出し物が決まった後も大変でした。
不毛な議論に時間を取られてしまったので、展示物を用意する時間が限られています。
展示の目玉にしようと考えていたのは「王族から見たこの国の歴史」だったのですが、それがいきなり躓きました。
ニゲラ殿下の語るこの国の歴史は、実に「教科書通り」でした。
考えてみれば、国を支配する王家が歴史を規定する面があるので、王家の歴史観がそのまま教科書に載るのは当然かもしれません。
たまに教科書にないエピソードが飛び出しても、荒唐無稽で歴史的事実として教科書に載せられないようなものばかりです。
百万の大軍に攻められて危機一髪という時に王子が一人出て来ただけで敵が引き揚げて行った、なんて話が事実だったら、その王子は敵国と通じていたと疑われるでしょう。
まあ、王家だけに伝わる秘められた歴史の真実、とかがあったとしても殿下の口から言うことはできないでしょうが。
また、話を聞く以外にもう一つ殿下にお願いしていたことがありました。
王家所有の何か歴史を感じられるものを展示用に借りること。
自信満々で請け負った殿下でしたが、完全に安請負でした。
別に国宝級の高価な品を望んでいたわけではありません。
ですが、王家で管理している品々を王子であろうとも独断で持ち出せるはずもありません。
殿下が日々使っている日用品ならばともかく、歴史ある品は持ち出すにも手続きが必要になります。
それが高価な品ならば警備の計画も立てなければならず、また取り扱いに注意が必要な品ならば専門家の手配や注意事項のレクチャーが必要になります。
ニゲラ殿下ならば、正しく手続きを踏めばそれなりの品を借りることができます。
特別高価ではなくても王国の歴史を刻む逸品の中には、大貴族でさえめってに目にすることのできない物もあります。
目玉の展示品としては十分でしょう。
しかし、借りられませんでした。
正しくは、借りられるのですが、文化祭当日までに手続きが終わらない状態でした。
王家の歴史の重みは伊達ではありません。
手続きにしても煩雑で時間がかかるものなのです。
今回は別に緊急性も国益レベルの重要性も無いのだから、第一王子と言えども我儘でゴリ押しは通用しません。
この時点で殿下は完全に役立たずになりました。演劇をやっていたら主役だったんですけどねぇ。
役立たずにはなりましたが、それでも自分が主導しているつもりの殿下は色々と口出ししてきます。
皆殿下の言葉を適当に流すようになりました。時間がないので。
殿下がうるさい時はこちらから質問攻めにします。その場の思い付きで考えなしに言っている場合はそれで黙ります。
たまに役に立つ答えが返って来ることもあるので、その時は有難く参考にさせてもらいます。
殿下は頭は良いのだから、真面目に考えればそれなりに有用な案が出てきます。惜しいことです。
なんだかんだで、最初の壮大な構想は縮小に次ぐ縮小を繰り返しました。
殿下の活躍はほぼ皆無。
一応細かなところで手伝ってくれてはいるのですが、王族である必要のない程度のお役立ちです。
私はこうなることを見越して早い段階から資料集めなどをしていましたが、ニゲラ殿下が役に立たない以上目玉が存在しません。
結局は王国の歴史を王家の役割に焦点を当てて説明しただけの、とても地味なパネル展示になりました。
……王家や現存する大貴族に対する批判や醜聞を省くと、どうしても地味でつまらなくなるのです!
私達魔法科一年Aクラスの出し物は、今年の文化祭で「最もつまらない」という評価をいただきました。
全ての評価は、ニゲラ殿下に帰するものです。
・ブレインストーミング
アイデア出しを行う手法の一つ。
「出てきたアイデアを批判しない」「その場で結論を出さない」などいくつかのルールがある。
(出てきたアイデアを整理する作業は後の工程で行う)
つまり、駄目出しをしたり、何かを決めたりしようとする人はブレインストーミングを理解していません。




