第十三話 ここまでの振り返り
・2025年11月17日 誤字修正
誤字報告ありがとうございました。
・2025年9月15日 誤字修正
誤字報告ありがとうございました。
ブックマーク登録および「いいね」ありがとうございました。
六月に入りました。
今の状況をちょっと確認してみましょう。
現状は……特に問題は無さそうですね。
ゲームでは最初の三ヶ月はチュートリアルです。
ゲームシステムの説明と攻略キャラの説明が中心になります。
さすがにこの序盤で危険なイベントは起こりませんし、取り返しのつかない選択もありません。
各攻略対象との出会いイベントでも選択肢は出ますが、好感度が上がるだけでいきなりそのキャラのルートに入るようなことはありません。
逆に言うと、この先の選択次第で誰かのルートに入ってしまう可能性もあるため油断はできません。
それでも最善は尽くしてきたと思います。
攻略対象その1、ニゲラ・フラワーガーデン。
ゲームにおける主攻略対象にして、最も危険な要注意人物。
ニゲラルートでは、ニゲラ王子はクーデターを起こし、父親を殺して王位に就きます。
無血革命などと言う気の利いたまねができるはずもなく、ゲームでは数度のバトルパートを経て王国軍を蹴散らしながら玉座を目指します。
この時、ヒロインの光魔法をほどほどに鍛えていれば優秀な回復役に、がっつり鍛えていれば殺戮マシーンと化します。
クーデター以外にも、いくつかのエピソードでヒロインの何気ない一言から斜め上の解釈を交えて事態をややこしくするトラブルメーカーです。
現実にいたら、なるべく関わり合いになりたくない人物です。
なので、好感度の上がる選択を避け、イベントそのものを潰し、可能な限り距離を取っています。
ただ一点だけ、ニゲラ殿下の関心を引くことを避けられられない事情があります。
私は学年主席を譲るつもりはありません。
この世界に生を受けた一人のフリージアとして、恩のあるお義父様の顔を潰すまねはできません。
そして、魔法の修練に手を抜くつもりもありません。
光魔法は私がこの世界を生き抜くための最大の武器になります。
ですから、五月末の試験でも主席を奪えず、魔力制御もできていないのに何故か魔法に自信を持っているニゲラ殿下に目を付けられてしまうことは避けようのないことです。
人のことを睨む暇があったら勉強や修行に励むべきではないでしょうか、殿下。
攻略対象その2、ローレル・ベスビアス。
ニゲラ王子の護衛として付き従う脳筋騎士。
ゲームの前半では、立場上ニゲラ王子に金魚のフンのごとく付いて回る主体性の無い人物です。
後半になると危険なイベントが幾つも起こり、荒事専門のローレルが大いに活躍します。
しかし、実のところその主従関係はエンディングを迎えても変化は無く、ずっとニゲラ王子の金魚のフンを続けます。
ローレル自身は善良な人間なのですが、自身で善悪の判断を行うことを放棄し、主人に従うことを己の善と定めているため、主であるニゲラ王子が道を誤れば率先してその悪行を行うようになります。
善良な人物だからと言って悪いことをしないとは限らないという典型でしょう。
ローレルルートに入った場合はニゲラ王子よりもヒロインのことを優先する場面もありますが、判断を委ねる先を変えただけで本質的にまったく成長していません。
まあ、ゲームのヒロインは頭がお花畑でニゲラ王子に無条件で従うローレルを応援してしまいますから、ヒロインと結ばれたところで成長のしようがないのでしょうけれど。
ローレル関係のイベントもニゲラ王子とセットでスルーしていますが、ローレルは剣術実技の授業を真面目に受けているだけで勝手に好感度が上がっていくチョロい、いえ面倒なキャラです。
身を守る手段の一つとなる剣術を放棄する気は無いため、これも不可避でした。
ローレルルートの回避には以前から頭を悩ませていたのですが、なんとあのローレルに好意を寄せる女性が現れました。カメリアさんです。
私はこれ幸いとローレルを押し付……いえ、全力でカメリアさんの恋のお手伝いをすることにしました。
ゲームのお花畑なヒロインと異なり、常識と良識を兼ね備えたカメリアさんの言葉ならばローレルを更生させることができるかもしれません。
今のところローレルはカメリアさんと上手くいっているようですし、ゲーム知識を総動員して二人を応援します。
幸い、ローレルに関しては難しい条件はありません。可能ならば覚醒イベントまで起こしてもらいましょう。
ゲームではローレルが絡むイベントはどうしても暴力沙汰に発展しがちです。
けれども、荒事において守りの要となるのもまたローレルです。
特に、土魔法に覚醒したローレルは、バトルパートでは全体防御魔法を覚えます。
立場上ニゲラ王子の安全を優先しなければならないローレルが、他の者まで守れる防御魔法を覚えればカメリアさんの安全が増します。
……私も覚醒ローレルの防御を打ち破れるだけの光魔法を覚えるつもりです。
攻略対象その3、ケール・イントリーグ。
国内有数の大商家であり、その英才教育を受けてきた腹黒商人。
イントリーグ家は貴族としては最下位の準男爵、貴族社会では貴族扱いされないことも多い爵位ながら、その権威と権力は上級貴族並みと言う特殊な家系です。
この国では、男爵以上の爵位は領地とセットになっています。爵位と同時に領地を得、領地からの税収が入る代わりに領の運営を行う義務を負います。
イントリーグ家は特定の領地に縛られることを嫌がって、あえて準男爵に収まっているのではないかと言われています。
その実、フラワーガーデン建国当初から続く由緒正しい貴族の家系であり、下級貴族を平民と同列に扱うガザニア先輩ですら一目置く高貴な血筋なのです。
その一方、イントリーグ家には裏の顔があります。
犯罪組織と繋がった闇の商人。
五人の攻略対象の中で誰が一番の悪人かと問われれば、迷うことなくケールと答えます。
ゲーム内では明言されていませんが、ケールルートのイベントは犯罪絡みが多くあります。そして、その背後に黒幕としてケールがいることを匂わせる演出になっています。
この世界においても、イントリーグ家が犯罪組織の親玉であることは公然の秘密です。少なくとも王都で活動する貴族は誰でも知っていることです。
ただし、イントリーグ家の裏の顔は、貴族の間では必要悪と考えられています。
表の顔も含めて、貴族社会で生きていくには避けて通れないのがイントリーグ準男爵家です。
ですが、ケールルートに入ると裏の顔とがっつり向き合うことになります。ケールエンドのCGには、ケールの商売を手伝うフリージアの背後に、いかにも堅気でない人がさりげなく描き込まれていたりします。
さすがにそれは願い下げなので、ケールイベントは避けてきました。
それでも避けきれなかったのが、先日の騎士科の生徒によるケール襲撃事件でした。
事件そのものを起こさないようにできればよかったのですが、さすがに無理だったので別の形でイベントを壊してみました。
後々の犯罪に繋がる部分は壊せたと思うのですが、ケールの興味を引いてしましました。
ケールにとって重要なことは、愛情よりも利用価値です。
ケールルートには入らなくても何をしてくるか分かりません。
要注意です。
攻略対象その4、ガザニア・ラバグルト。
悪役令嬢カルミア・ラバグルトの実兄であり、極端な血統主義者。
平民を同じ人間とは思わない、どころか下級貴族も貴族の仲間とは認めない極端な血統主義ですが、実は悪人ではありません。
ラバグルト公爵家令息ガザニア・ラバグルトは平民を下に見ますが、無意味に傷付けるような真似はしません。
平民は国や領の財産であり、支配者である貴族は平民を保護する義務があることをちゃんと理解しています。
平民を公然と差別する姿勢は前世の日本においては非難される思想ですが、封建社会においては身分制度が秩序を維持しています。
日本でも下克上が行われたのは戦の絶えない戦国時代でした。極端な実力主義は、時に身分制度以上に弱者にとって過酷なものとなります。
学園では一学年上の先輩であるため、初盤ではガザニア先輩とはあまり接点がありません。
入学式のイベントは無難な選択で躱しました。
その後の攻略キャラ紹介イベント――ヒロインが生徒会室に迷い込む――はきっちり避けました。
それらしき出来事はありました。先生に頼まれて資料を取りに行った部屋が生徒会室のすぐ近くでした。
ゲームのヒロインはしばしば学園内で道に迷いますが、私は学園の地理と建物の配置を全て記憶しています。迷子系のイベントは起こさせません!
キャラ紹介イベントをすっぽかしたからか、ガザニア先輩がひょっこり顔を出すイベントも起きていません。
ですが、ガザニア先輩が本格的に物語に絡んで来るのは一年生の終わりくらいになってからです。
この学園では二年生の中から選ばれた者が一年間生徒会活動を行います。
その生徒会役員は、年度末近くに一年生の中から選ばれることになります。
現生徒会長であるガザニア先輩は次期生徒会役員の選考と引き継ぎでがっつりと後輩に関わります。
伝統的に生徒会長には魔法科か普通科の主席が選ばれています。
つまり、このまま行けば私が最有力候補者の一人になります。
そして、生徒会に入ると、引継ぎが終わった後もガザニア先輩が度々生徒会に顔と口を出しにやって来ます。
先輩が卒業するまでの一年間、ガザニア先輩関連のイベントは主に生徒会関連で起こります。
だから、ガザニアルートを避けるためには生徒会入りを避けることも手です。ニゲラ殿下に押し付ければ喜んで引き受けてくれるでしょう。
ただ、私には生徒会に入るメリットもあります。
生徒会長候補のもう一人は、普通科で主席を取るであろうカルミア様です。
学科の主席は生徒会長でなければ副会長になることが通例になっています。
ニゲラ殿下が生徒会長になれば、カルミア様が副会長になるでしょう。多くの人にとってその組み合わせが自然で理想です。
その生徒会に何らかの形で入り込めば、カルミア様と会話する機会ができます。
合同授業では、お行儀良くしている限りはカルミア様と会話する機会は滅多にありません。
ガザニアルートを進める気は欠片もありませんが、カルミア様と親しくする機会は貴重です。
うーん。生徒会役員の選考が始まる年明けまでには態度を決めなければなりませんね。
攻略対象その5、アスター・カーディナル。
王国の貴族にして教会の神父の資格を持つ聖職者。
本質的に悪人でないことは確かなのですが、軽率な行動が多く、意図せずに事件の発端となります。
アスタールートでは、邪神教徒にそうとは知らずに情報を漏らしてしまうところから騒動が始まります。
そして、本人も含めて誰もその事実を知らないため、責任を問われることも反省することもない無責任男、それがアスター・カーディナルです。
その無責任ぶりは、この世界でもその鱗片を見せています。
光魔法の理論の授業では、教会が隠しているであろうことを遠慮なく語り、そのことで教会ともめないための注意を促していません。
本人まったく気にしていないのでしょう。光魔法を教えたのも私が初めてのようですし。
光魔法の実戦の授業では、私がヒールを覚えると面白がってどんどん高度な治療をさせました。
あれ、絶対にカリキュラムとか無視して興味本位でやっています。魔法は基礎からじっくりと教えようとする学園の方針をさらっと無視しています。
マンツーマンの授業だからできることであり、私にとっても都合が良いのでどんどん練習していますが、学園の偉い人が知ったら問題になるのではないでしょうか。
光魔法は私の生命線なので、止められても練習を続けますが。
アスター先生に関しての問題は、授業を受けているだけで好感度が上がっていくことです。
私は光魔法を習得しなければならないので、こればかりは不可避です。
一応、イベントは回避するか失敗する行動をとっていますが、光魔法の実技を前倒しで行っているので焼け石に水です。
好感度と育成パートのパラメータは条件を満たしてしまうため、アスタールートに入るフラグの立つイベントだけはきっちりと対処する必要があります。
ただ、アスター先生の好感度って、恋愛的なものではない気がするんですよ。
興味本位と言うか、知的好奇心と言うか、光魔法を教えたらどんどん覚えるから面白がっているとか。
私個人ではなくその能力に対する好感度のように思えます。
ゲームではアスタールートに入るとその好奇心がヒロインに対する愛情に……変わった気がしませんね。
ゲームのアスター・カーディナルは最初から最後まで同じ調子なので、囁く愛でさえ軽く感じます。
この世界のアスター先生も、ローレルと違って他の女性に勧める気にはなりません。
軽ーい気持ち、興味本位でいつ浮気をするか分かったものではありません。
今のところ、だいたい予想の範疇です。
避けられるイベントは避け、好感度を上げる行為も避けられる限り避けてきました。
避けられないイベントや好感度の上昇もありますが、まあ想定内です。
イベントそのものをすっぽかせることも確認できました。
本人の意思を無視して強引にイベントが始まるような強制力は無いようです。
この様子ならば、前提を潰したのに、それを無かったことにして無理やりイベントが始まることもないでしょう。
それから、前倒しで治癒魔法を習えたことも僥倖でした。
ゲームでは、一年生の時点ではケールのイベントで覚醒したヒールだけ使うことができます。
ヒールだけとはいえ、学園のカリキュラムからすれば一年生の間は魔法を教わることができないので、こちらの世界ではゲームよりも遅れるところでした。
アスター先生が調子に乗ってどんどん進めてくれますから、前倒しで攻撃魔法まで覚えてしまいたいところです。
ゲームの最初の方のバトルパートでは、ほぼ回復専門になるのがヒロインの立ち位置ですが、私は剣と魔法でガンガン攻めるつもりです。
それはともかく。
ゲームは割とぬるい仕様です。
一年生の段階では好感度と必要なパラメータを上げることに専念していれば、イベントを失敗しても挽回はできます。
個別ルートに入るには、好感度が一定以上あると二年生になってから発生する攻略対象個別のイベントで分かり易い選択肢を選ぶとフラグが立ちます。
複数フラグを立てればニゲラ王子を最優先とする優先度に従い、また全員のフラグを立てると逆ハーレムルートに入ります。
個別イベントは全力で潰しますよ!
そもそもイベントを発生させなければよいのですが、アスター先生に関しては好感度の上昇を諦めています。
それと、ゲームではニゲラ王子はヒロインの成績が良いと好感度が上がるんですよね。この世界のニゲラ殿下は忌々しげに睨んで来るんですけど。
好感度って何なのでしょう?
シナリオに関しては最悪ルート選択イベントを失敗させれば個別ルートには入りません。
問題はバトルパートです。
ゲームではバトルもぬるい仕様で、たとえ負けてもゲームオーバーになりません。都合よく助けが来て生き延びます。
しかし、シナリオを破壊しながら突き進む私としてはその手の御都合主義を期待するわけにはいきません。
ケールのイベントを潰したように、バトルパートを含むイベントの発生そのものを止められれば良いのですが、それは簡単なことではありません。
アスター先生がどこかで何気なく種をまいて発生する事件なんかはどうやって止めればよいのか分かりません。ゲームではヒロインが絡まない場面は時期や場所が曖昧なことも多いのです。
それに、ケールイベントを潰したことで本当にその先のイベントが消滅したのかはその時になって見ないと分かりません。
ゲームの知識でイベントを回避しようとしても、別の原因で似たような事件が起こったり、ゲームのイベントとは別の騒動が起こったりするかもしれません。
どう転ぶかは分かりませんが、ゲーム後半の危険なイベントに相当する事件が発生し得る世界であることは間違いありません。
シナリオの御都合主義が期待できない以上、最後に頼れるのは自分の力、純粋な武力です。
鍛えますよ!
魔法も剣技も鍛えまくって、何が起こっても生き抜いて見せましょう。
攻略対象の力は借りません。




