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第十一話 ケール・イントリーグ

ブックマーク登録および「いいね」ありがとうございました。

 騎士科では月末の試験で座学以上の時間をかけて実技の実力も測ります。

 これは授業とは無関係に行われるため、他学科の学生は関係ありません。

 騎士科の一年生は、この時初めて騎士科としての序列が正式に決まります。

 薄々感じていた実力差が明白なものとなり、つまり落ちこぼれが誕生します。

 もちろん、落ちこぼれとは言っても貴族の一員です。

 何をするにしても相手を選ばなければならないことは知っています。

 問題は、脳筋騎士科の底辺剣士ともなると、かなりの馬鹿だと言うことです。

 一度痛い目を見ないと、手を出してはいけない相手だということを理解できません。

……と、いました。


 場所は、建物に囲まれた小さな空き地。

 どの建物も出入口がこちらを向いていないので、通る人のほとんどいない死角のような場所になっています。

 王立ブルーローズ学園は巨大な学園です。広い敷地に大小数多くの建物が乱立しています。

 ゲームではヒロイン(フリージア)が何度も迷うほどの複雑さです。

 その中には人目に付き難い場所もいくつかあります。

 ここもそんな場所の一つです。

 よくこんな場所を、と思うような所を学生は見つけ出して勝手に利用します。

 この場にいるのは、騎士科の学生が五名です。騎士科の授業で見た顔がいます。

 見たことの無い顔もいますが、たぶん上級生でしょう。

 そして、その五名に連れ込まれた犠牲者は――ケール・イントリーグ。

 はい、これはゲームのイベントなのです。

 ゲームのシナリオを無視してきましたが、やはり発生してしまいました。

 最初の一年間に発生するイベントは、ほとんどがフラグを立てる必要もなく自動で発生します。

 仕方がないことなのかもしれませんが、ゲームのシナリオは未だに続いているのです。

 ケールルートに入る気もありませんし、なるべくならば関わりたくないのですが、このイベントを放置するのも後味が悪いので介入させていただきます。


「こんなところで、皆さん何をしているのですか?」


 後ろから声をかけた私に、騎士科の皆さんがぎょっとした様子で振り返ります。

 ちょっとあざとい感じで可愛らしく小首をかしげてみましたが、あまり効果はなかったようです。


「騎士科の皆さんが囲んでいるケール・イントリーグさんは騎士科の授業を受けていなかったと思いますが、もしかして弱い者いじめでしょうか?」


 この一言で、空気が変わりました。

 騎士科の生徒にとって最も忌むべきもの、それが「弱い者いじめ」てす。

 弱いものを虐げること、それは自身の弱さの露呈であり、騎士の誇りに泥を塗る最低の行為です。

 騎士科ではそう教え込みます。

 騎士の卵にわざわざ騎士道精神を教え込まなければならない時点で騎士の実体はお察しの通りなのですが、ともかく弱い者いじめ扱いされることは騎士にとって不名誉なことです。

 大人の騎士たちは大義名分の下正々堂々と弱い者いじめをしているのですが、まだまだ未熟な学生にはそこまで割り切ることができません。

 よく言えば純真、悪く言えば脳筋バカの騎士科の落ちこぼれに対して、「弱い者いじめ」は禁句です。

 図星を突かれただけに、心にクリティカルダメージです。

 特に今まさに「弱い者いじめ」を実行しようとしていただけに言い逃れもできません。

 追い詰められた彼らは、激高しました。

……ここで恥じ入って反省できれば、落ちこぼれることもないのでしょうに。


「女が出しゃばって来るんじゃない!」


 そう言って、落ちこぼれの一人が剣を抜きました。

 あーあ、やっちゃいましたよ。

 騎士科の学生は帯剣が認められています。

 武門の名家の中には、跡取りとなる嫡子に家紋の入った剣を与えるといった風習もあります。

 帯剣を忘れただけで「廃嫡されたのか」と噂になることもあるそうです。いわば身分証代わりの帯剣を認めないわけにはいきません。

 けれども、その剣をおいそれと抜くことはできません。

 許可なく剣を抜けば最悪退学です。

 止むを得ない事情で剣を抜いた場合も、後から徹底的に事情を調べられます。

 剣で斬られた女子が医務室に運び込まれて来たら、間違いなく大騒動になります。

 たとえ私が序列最下位でも関係なく、学園の問題として徹底的に調べられます。退学だけでは済まないでしょう。

 もちろん、いくら激高したとしても本気で斬り付けるつもりで抜いたのではないでしょう。

 単なる脅しです。脅しで刃物をちらつかせる、チンピラの所業です。

 深窓の令嬢ならば、剣を突き付けられただけで気絶してしまうかもしれません。

 けれども、そんな脅しは剣術女子には通じるはずもありません。

 同じ剣術の授業を受けている数少ない女子なのに、私の顔を憶えていないのですね。悲し……くはないですけど。

 ともかく、相手が剣を抜いた以上、こちらも臨戦態勢です。ここから先は正当防衛です。正・当・防・衛。


「よせ、そいつはバジル先輩の義妹だ!」

「え!?」


 どうやら私のことを知っていた人もいたようです。

 それにしても、直接面識のないはずの一年生が名前を聞いただけで一瞬硬直しました。

 お義兄様、在学中にいったい何をやらかしたのですか?

 それはともかく、自分から剣を抜いたというのに、他の事に気を取られるとは言語道断です。

 その隙に私はダッシュで間合いを詰めています。如何に落ちこぼれ剣士と言えども、剣を抜いた相手に油断はできません。

 余裕ぶって先手を譲る気はありません。


「くっ!」


 慌てて剣を振り上げようとするけれども、もう手遅れです。

 迷った剣が振り下ろされるよりも前に、剣の間合いよりも内側に入り込んでいます。

 剣を握った手首を叩いて剣筋を逸らし、さらに深く踏み込みます。

 剣の間合いよりも、拳の間合いよりもさらに奥へ。

 そして――


 裡・門・頂・肘・!!


「ガハッ!」


 これでも前世の人は格ゲーのモーションキャプチャーで八極拳の達人(武道や格闘技の動作をキャプチャするために来てもらった人のことを「達人」あるいは「師匠」と呼んでいた)に会って話をしたこともありますし、『拳児』全21巻読破しています。

……それがどーしたと言われればそれまでですが。

 あ、ちゃんと手加減はしていますよ。殺してはいません。

 ちょっと勢い余ってしまいましたが、ちゃんと意識もあります。

 そのまま他の騎士科の面々に引き渡すと、全員慌てて逃げて行きました。

 そんなに怖がらなくてもいいのですよ?


「助かりました、フリージアさん。」


 ケールが私に声をかけました。

 ゲームのイベントではケールがボコボコにされた後にヒロイン(フリージア)がやって来て、手当をしている最中にまだ習っていない治癒魔法が発動すると言うものです。

 しかし、私は少し早めに来たのでケールは無傷。

 そして今の私は魔力制御が完璧ですから、意図せず治癒魔法が発動してしまうなんて無様はいたしません。

 ゲームの中ではご都合主義により偶然にも上手くいきますが、本来無意識で発動する魔法は危険極まりないものなのです。


「いいえ、貴方を助けたつもりはありませんので、お気になさらずに。」


 これは本心からの言葉でした。

 ケール・イントリーグは準男爵家の令息です。爵位としては最下位です。

 騎士科の落ちこぼれ剣士は総じて頭が悪いので、それだけで自分たちよりも身分が下だと判断したのでしょう。

 騎士としての実力でも、貴族としての序列でも底辺の彼らが格下扱いできる相手は、この学園にはあまりいません。

 確かに準男爵と騎士爵は、功績さえ上げれば平民でも得られる最下位の爵位です。

 何らかの武功を上げた者が騎士爵に、それ以外の功績を上げた者が準男爵に叙せられます。

 つまり、準男爵の家の者ならば自分たちよりも貴族としても格下で、武功とも縁がないと考えたのでしょう。

 実に浅はかです。

 そもそも、平民出身の準男爵や騎士爵が子供を学園に通わせることは稀です。

 一代限りの爵位であるため、その子供が貴族になる可能性は低いのです。

 つまり、準男爵家や騎士爵家の子供が学園に通っているという時点で、親の爵位と関係なく貴族の血筋であると考えなければなりません。

 有力な貴族家は傍系も多くいるものです。爵位を継ぐ可能性のほとんどない傍系の中で特に優秀な者は、その功績を認められて叙爵されることがあります。

 つまり、準男爵や騎士爵を名乗る者の中には、上級貴族の一族に連なる者もいたりするのです。

 このあたり、男爵とか子爵とか言った分かり易い貴族家よりも要注意なのです。

 そんな中でも、イントリーグ準男爵家は別格です。

 一代限りの準男爵を代々叙爵される家系なんて他にはありません。

 割と有名な話らしいのですが、地方の下級貴族にまでは知られていなかったのかもしれません。

 あるいは、騎士科の学生には関係ない話だと思って詳しく教えていなかったのか。

 落ちこぼれとは言え騎士科の人間に絡まれたら、この場ではケールはボコボコにされてしまうでしょう。

 けれども、その後ケールが復讐に走れば泣き寝入りするしかなくなるのは彼らの方です。

 私が助けに入ったのは、実は騎士科の落ちこぼれの方だったのです。


「へえ。」


 私の言葉の意味を理解したケールが、僅かに目を細めます。

 先ほどからケールの笑顔は目が笑っていないんですよ。

 どうやらケールの興味を引いてしまったようです。

 あまりうれしくない、と言うか避けたかったことですが、致し方ありません。

 ケールには、いえイントリーグ家には裏の顔があります。

 それは、犯罪組織と繋がった闇の商人。

 貴族の中には直接間接を問わず犯罪者や犯罪組織を利用して裏方の汚れ仕事を行わせることがあります。

 その、間接的に犯罪者を利用する際に間に入るのがイントリーグ家及びその配下の商人なのです。

 貴族と犯罪組織の双方に大きな影響力を持つイントリーグ家は悪の親玉のような存在です。

 それは一種の必要悪と考えられています。

 貴族や貴族に関わる要人が誘拐された時に、身代金を払って身柄を取り戻す場合。

 あるいは、家宝のような金銭的価値以上に重要な物品を盗まれた時に、闇市場から買い戻す場合。

 そういった場合に仲介を行うのがイントリーグ家なのです。

 イントリーグ家の嫡子、ケール・イントリーグはその裏の商売に関わっています。

 少なくともゲームでは学生時代から裏稼業を知り、犯罪組織を動かすことが可能でした。

 ケールが表の復讐を行えば騎士科の学生はせいぜいが退学する程度ですが、裏の復讐を行えば犯罪に巻き込まれます。

 ゲーム後半のケールルートで発生する貴族の誘拐事件は、ケールが自分をボコった落ちこぼれを犯罪組織に誘拐させたことに端を発します。

 私がわざわざこのイベントに介入した理由は、後に起こる後味の悪い誘拐事件を防ぐ目的がありました。

 ケール自身の復讐が目的なので、私がケールルートに入らなくても人知れず事件は発生してしまうと思うのです。

 しかし、ケールが被害に遭わなければ復讐も何も無いでしょう。

 危険なイベントを一つ潰せたのではないかと思います。

 その代りに避けていたケールとの関わりができてしまいました。

 ケールルートに入るフラグはこれからも潰して行くつもりですが、ルートに入らなくても要注意です。

 ケールは腹黒商人です。利用できるものは何でも利用しようとします。

 ゲームのイベントでは無意識に発動した治癒魔法がケールの興味を引きました。

 今回は騎士科の男子を圧倒した武力が興味を引いてしまったようです。

 ケールルートに入らなくても、ケールが何かしてくる恐れはあります。

 気を付けなければなりません。


・ケール

 誕生日:1月9日

 花言葉:利益


今回、乙女ゲームの世界が一時的に格闘ゲームの世界に変わります。

特に「裡門頂肘!」の場面は劇画調でイメージしてください。


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