第十話 剣術女子
・2024年11月3日
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剣術女子。
それは貴族の令嬢でありながら騎士科に在籍する、あるいは騎士科の剣術実技の授業を受けている女学生のことを言います。
剣術女子には三種類います。
一つは、本気で剣士を目指すガチ勢です。
騎士科はほぼ男の世界です。在籍する学生の九割は男子です。
一割の女子は、令嬢であっても剣を習う極端な武門の貴族か、あるいはよほど剣の才能を見せた令嬢くらいでしょう。
女性騎士は少ないですが、女性の要人を警護する場合など一定の需要があります。
その女性騎士を本気で目指す者、騎士ではなくても強い武人を目指す者。
理由は人それぞれですが、皆さん本気で強さを求めています。
実際、彼女たちは「親に言われて仕方なく騎士科に入った」みたいな男子生徒は目じゃない強さを誇ります。
あ、私もガチ勢の一人です。卒業まではヤバそうなイベント目白押しなので、急いで強くならなければなりません。
魔法科には、魔法の適性が無ければ騎士科に入るはずだった人もいますから、男女問わず本気で剣を習う者もいます。
もう一つは、護身用の剣術を習おうとしている人です。
この世界、結構危険がいっぱいです。
今のところ本格的に戦争はやっていませんが、辺境の領では日常的に小競り合いがあったり、隣国に攻め入る隙を与えないために国境の監視と軍事訓練が欠かせない所もあるそうです。
また、辺境でなくても領同士のいざこざが武力衝突に至ることもあります。
国としては禁止されていますが、そこは政治的にどうにかできるので、負けると泣き寝入りするしかないことも多いそうです。
戦場で戦うのはガチ勢の役割ですが、避難するにしても護身術くらいは身に付けておきたいところです。
戦争以外でも治安の悪いところでは盗賊に襲われますし、場所によっては魔物が出ることがあります。
身を守る手段は多くて困ることはありません。
普通科に所属していて剣術を習う女子の多くは、この護身用の剣術が目的です。
最後の一つは、騎士科の男子を狙うミーハーな女子です。
もっとも、男子狙いのみで剣術を習おうと考える根性の入った女子は少ないらしく、このタイプはカメリアさんただ一人です。
はい、私がお誘いしました。
カメリアさんの標的はローレル・ベスビアスただ一人ですし、ミーハーとはちょっと違いますね。
それに、最近はカメリアさんも護身術くらいは身に付けようと真面目に修行に励んでいます。
ゲームでは、ローレルエンドを迎えるには剣術の成績を上げる必要がありました。
女性ながら真面目に剣術に取り組む姿勢にローレルの好感度が上がるという設定です。
この世界でも同じなら、真面目に授業を受けるほどカメリアさんの好感度が上がるはず。
頑張ってローレルを落としてください。そして更生させてください。協力は惜しみません。
そのままガチ勢の仲間入りをしても良いですよ。カメリアさん、筋は良さそうですから頑張れば結構いいところまで行けるのではないでしょうか。
実は、剣術女子はある程度実力が無いとちょっと危ういということを最近知りました。
騎士科では魔法科や普通科には無い少し特殊なルールがあります。
それは、実力主義と呼ばれるものです。
騎士科の生徒も貴族の一員ですから、本来貴族としての家格を基準とした序列によって上下関係が決まります。
しかし、騎士科の内部ではより強い者、剣術等の模擬戦の勝者の方が貴族の序列に優先して敬意を払われます。
実技よりも、戦術・戦略面で優秀な人もいると思うのですが、そちらはあまり敬われません。発想がとても脳筋です。
このルールは騎士科の授業中には他学科の生徒にも適用されます。
もっとも、高い家格を持った武門の名家に生まれた子息は実力で劣ることを許されません。
幼少の頃から厳しい訓練を受けているので、貴族の序列と実技の実力はおおよそ一致する傾向にあるそうです。
上級貴族の子息は、実力で落ちこぼれることも、格下をいたぶって憂さ晴らしをするような低俗な真似も許されません。
一方、下級貴族の場合は、武勇で爵位を賜った一部の家を除けば、騎士としての実力も名声もさして期待されていません。
英才教育を施すだけの資金も、高名な実力者に指導を頼めるだけの伝手も無いのです。
魔法の素質もなく、頭もあまり良くないため、消去法で騎士科に入学する乱暴者も少なくありません。
しかし、地元では逆らう者の無いガキ大将でも、学園ではただの生徒です。地元の常識は通用しません。
武門の名家の子弟は、優秀な武人の血を取り込み続けてきたサラブレッドに最高の環境で訓練を受けさせて出来上がった怪物です。
喧嘩早いだけの素人では勝負になりません。
そこで奮起して上を目指せばよいのですが、不貞腐れてやる気をなくすと落ちこぼれます。
落ちこぼれた底辺剣士は、困ったことに、自分より格下を見つけて安心しようとします。
そこで狙われるのが、剣術女子の中で弱いとみなされた生徒です。
剣術の実技の授業は、今後基礎訓練だけでなく、模擬戦や打ち合う練習が増えてきます。
その時に、弱い女子生徒を狙って相手に選び、必要以上に痛めつけて勝ち誇るのだそうです。
騎士の風上にも置けない、卑劣な行為です。
卑劣なだけあって、自分と同等以上の相手には手を出しません。
つまり、まじめに努力しない底辺剣士以上の実力を身に付ければ良いだけです。
まあ、底辺剣士でも男子の方が力が強かったり、護身用に習いに来ている令嬢の中には不向きな人もいますが、真面目に練習していればそこそこ身を守ることはできます。
実のところ、授業中の行為はそれほど深刻になることはありません。
教師もいますし、騎士科の上位陣は騎士道精神を叩き込まれた紳士です。
それに、剣術女子の結束は固いのです。ガチ勢の実力は男子の上位にも迫ります。
目に余る行為があれば、「お前には彼女では物足りないだろう」と上位勢が強制的に代ってくれます。
問題は、授業以外です。
貴族の通うお上品な学園、であっても陰湿ないじめは存在します。
明確な序列がある分、序列の低い者は狙われやすく、何かされても泣き寝入りすることになりがちです。
私は序列最下位ですから、隙を見せないように日頃から気を付けています。
騎士科の場合は、実技の実力で序列が決まります。序列が上の者に突っかかって行っても物理的に返り討ちにされます。
下剋上する意気地のない底辺剣士が狙うのは、他学科の学生です。
強引に辻試合に引き込んで叩きのめすというのが騎士科の伝統だそうです。
さすがは騎士科です。陰湿ないじめまでが脳筋です。
しかし、授業外で他学科となると騎士科の序列は通用しません。
貴族としての序列で下の相手を選ばないと、後でどんなしっぺ返しを食らうか分かりません。
カメリアさんは下級貴族の令嬢になるので、狙われる可能性があります。
カメリアさんのセレッソ家は子爵なので下級貴族の中では上位の方ですが、特に武門で名をはせたわけでもない伯爵家あたりの子息が落ちこぼれることもあるそうです。
カメリアさんの安全のためにも、早目に実力を付けてもらいたいところです。
辻地合いに引き込んだ相手に負けると恥の上塗りになるので、負ける可能性のある相手は狙わないそうです。
落ちこぼれが格下をいたぶって憂さを晴らしている時点で十分恥の上塗りだと思うのですが、不思議なものです。