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閑話 悪役令嬢の憂鬱

・2024年11月3日

 誤字修正

 誤字報告ありがとうございました。


評価設定、ブックマーク登録および「いいね」ありがとうございました。

 早いもので、この学園に入学してから一ヶ月が過ぎました。


 みなさんごきげんよう。

 (わたくし)、この世界の主人公、カルミア・ラバグルトです。

 ああっ、引かないでください! 私、世界が自分を中心に回っていると思っている自己中女でも、自分をヒロインだと思っている自意識過剰の勘違い女でもありません!

 実は私、前世の記憶を持つ転生者なのです。

 あああっ、違うんです(以下略)

 はあ、私はいったい誰に弁解しているのでしょうか?

 まあ、とにかく、日本で普通のOLをやっていた私は、気が付くとカルミア・ラバグルトに生まれ変わっていました。

 つまり、異世界転生したのです。

 日本で死んだ記憶はないのですが、今私がここにいるということは、たぶんそう言うことなのでしょう。

 前世の記憶は曖昧な部分も多いのですが、一つ確かなことがあります。

 ここは前世で読んだ小説の世界です。国名や人名、世界設定や私の立場など、状況が記憶にある限り小説の内容に一致します。

 その小説のタイトルは、「死亡エンドしかない悪役令嬢に転生したので、どんな手を使っても生き延びます」。略して「死嬢」です。

 乙女ゲームの世界に悪役令嬢として転生した主人公が、死亡エンドを回避して何とか生き延びようとする悪役令嬢物のお話です。

 小説の主人公の名は、カルミア・ラバグルト。つまり私です。


 さて、小説の世界の主人公になった私ですが、少々困ったことになっています。

 小説のストーリー通りに話が進んでいないのです。

 小説では五歳の時に前世の記憶に目覚め、死なないために行動を開始します。

 しかし、私が前世の記憶を思い出したのは約一月前、ちょうど学園の入学式の日でした。

 この時点で色々と手遅れな気がします。

 五歳児にできることなんてたかが知れていますが、それでも十年間の積み重ねは大きなものがあります。

 小説で最初に行うことは、家族との関係改善……は結局失敗しているからまあ良いでしょう。

 しかし、屋敷の使用人たちを味方に引き込むことができていないのはちょっと困りものです。

 娘を政治の道具としか考えていない父様と、妾腹の妹を家族と認めない血統主義の兄様は、私の願いを叶えるという発想がありません。

 せめて使用人を味方に付けないと、自分のやりたいことはほとんど何もできないのです。

 悪役令嬢なのに、自分の意思で贅沢の一つもできないのです。酷いと思いませんか?

 屋敷の者達は一応私の言うことは聞きますが、主人はあくまで父様なので、私が公爵令嬢らしからぬことをするとすぐに父様に報告が行ってしまいます。

 学園に入学し寮生活を送ることになった今からでは、屋敷の者たちと交流を図ることも困難になってしまいました。

 それから、小説では学園入学前までにもう一つ重要なことを行っています。

 それは、資金稼ぎです。

 ラバグルト公爵令嬢として、私個人の裁量で動かせるお金はあまり多くありません。

 使用人の皆さんを味方に付けても、父様に知られずに使える金額には限度があります。

 私が生き延びるために必要な行動は、知られてしまえば、父様、場合によっては兄様の妨害を受ける可能性が高いものが多いのです。

 そこで、金策のために行うのが、前世の知識を利用した商品開発。つまり、日本の商品をパクって売り出すのです。

 これも色々と試行錯誤した結果、成功したのが……イチゴ大福。


 無理無理無理絶対無理ー!


 私の前世、和菓子職人じゃないから!

 そもそも、本当にこの世界で作れるのかしら?

 イチゴは……ありました。酸味が強いのでジャム専用ですが、小説では私が植物魔法で品種改良してそのまま食べられるものを作っています。

 餡子に使う小豆……もありますね。普通に料理に使われています。甘くするという発想はないみたいですが。

 砂糖もやや割高のようですが、ちゃんとあります。餡子を作ることは問題なさそうですね。

 残る材料は……白玉粉。もち米から作る粉です。

 米はこの世界にもあります。ただし、家畜の飼料扱いで人は食べません。

 小説ではご飯を普及させようとしたけれど家畜の餌というイメージが強すぎて広まらず、ならばお餅を広めようと植物魔法で品種改良してもち米を作ります。

 そこから派生して大福を作ってヒットしたという流れでした。

 植物魔法である程度成長促進と品種改良はできますが、農家に広めて安定して生産できるようになるまでは年単位で時間がかかります。

 それ以前に、前世の記憶が戻るまでは真面目に植物魔法の練習をしていません。ラバグルト公爵家では駄目魔法扱いでしたから。

 他にも、屋敷の人達を味方にした後には、こっそり屋敷を抜け出して農家の人と仲良くなって試験用の農地を借りたり、職人の人と協力して便利な道具を開発しようとしたり、商人と懇意になって新しい商会を立ち上げたりといった行動も、もちろんやっていません。

 小説ではラバグルト公爵領で誕生した商会――名前はスズラン商会――はみるみる売り上げを伸ばして王都にまで進出し、学園に通う私に資金と人員を提供してくれるのですが……当然そのような商会は影も形もありません。

 うーん、やっぱり手遅れ感が強いです。今から画期的な商品を作っても、売りさばく伝手がありません。

 そもそも、私が五歳の時に前世の記憶に覚醒したとして、小説と同じことができたでしょうか?

 材料が全て揃っていたとしても、イチゴ大福を作れる気がしません。


 小説通りに進まないのはもう仕方がないとして、どうにかして死亡エンドだけは回避しなければなりません。

 タイトルの通り、ヒロインがどのルートに進んでも死んでしまう悪役令嬢に生まれ変わったという設定の物語なのです。

 何も手を打たなければ、学園卒業前後にろくでもない死に方をしてしまいます。

 問題は、私にこの世界の情報が少ないことです。

 小説の主人公はこの世界とそっくりの乙女ゲームをやり込んでいます。しかし、私は小説を読んだだけです。

 この違いは大きいのです。

 やり込んだゲームならば、あらゆる選択肢を選んで起こり得る様々な状況を多角的に把握することができます。

 けれど、小説では実際に起こったことは一通りだけです。そこに「ゲームではこうだった」みたいな説明がついている程度です。

 だから、小説のストーリーから外れると、どうすればよいのか分からなくなります。

 そして、私の現状は既に小説のストーリーからは外れまくっています。

 事を起こすための人脈金脈もないから、「いざとなったらラバグルト公爵家から追放されて庶民として生きる」作戦も使えません。

 たぶん、今の私は小説で語られる架空の乙女ゲーム「花咲く王国で恋をして」の悪役令嬢カルミア・ラバグルトの立ち位置なのでしょう。

 ここからゲームの知識なしで死亡エンドを回避することは難しそうなのです。

 ヒロインを虐めなければ問題ないなどと言う生易しい難易度ではありません。

 小説の状況である逆ハーレムルートやニゲラ王子ルートでは、ニゲラ王子がヒロインと結ばれるために邪魔な婚約者である私、カルミア・ラバグルトを断罪して排除します。

 はい、何もしなくても冤罪をでっちあげられて断罪されてしまいます。

 しかし、せせこましい罪を無理やりでっち上げても、死罪にも国外追放にできません。雑な陰謀はすぐにばれて王子たちの立場を危うくするでしょう。

 公正な裁判が行われるならば、相手の主張や証言の不備や矛盾を的確に突いて無実を証明する、それは前世の記憶を取り戻す以前からの私の得意分野です。

 だから、私が冤罪を晴らす前に刺客が送り込まれてくるのです。

 困ったことに、兄様は敵に回ります。

 私のことをラバグルト公爵家の恥だと考えている兄様は、私を排除するチャンスと刺客の侵入を手引きします。

 身分が低いといっても、私の母様は男爵家令嬢、貴族の一員です。それでも兄様にとっては、下級貴族は貴族とみなさないようなのです。

 まあ、行儀見習いとしてメイドの仕事をしていた他家から預かった令嬢に手を出した父様の恥であることは間違いありませんが。

 その父様は、ニゲラ王子から婚約破棄されて価値の無くなった私には興味を示さず、病死や事故死として有耶無耶にしてしまうでしょう。小説では公爵家令嬢が死んでも騒ぎにならないゲームの展開をそう予想しますが、ゲームや小説の知識が無くても容易に想像がつきます。

 積極的に排除しようとしない点、兄様よりはましですが頼れないことに変わりはありません。

 卒業までに頼れる味方を作りたいところなのですが……


 送られてくる刺客を撃退するよりも、断罪そのものを避けられれば良いのですが、そこはヒロインと攻略対象の動向次第なので対応が難しいのです。

 ゲームを熟知していた小説のカルミアでさえ、断罪イベントを回避できませんでした。

 小説のストーリーしか知らない私には荷が重いのです。

 その小説のストーリーや設定にしても、全てを明確に憶えているわけでもないので、小説のストーリー通りに進んでも何処で失敗するか分かったものではありません。

 断罪イベントの後で刺客がやって来ることを知っているのは小説のカルミアに比べてアドバンテージがありますが、そこまで追い詰められてしまったらもう後がありません。

 やはり小説の記憶に頼るのではなく、今、この世界をしっかりと直視しなければ生き延びることなどできません。

 そう考えて、この一月の間情報収集に勤しみました。

 これでも公爵家の娘です。学園では情報提供をしてくれる友人知人はすぐに確保できました。

 いかにも悪役令嬢の取り巻きといった方々で、断罪イベントになればあっさりと裏切りそうですが、とりあえず噂話を集める分には問題ありません。

 学園では特に殿下の周辺に関して情報を集めてもらっています。

 ゲームの攻略対象とされる殿方の半数以上はニゲラ殿下と同じクラスにいます。ヒロインも同じクラスです。

 殿下の婚約者としての立場から、そのあたりのことに関心を持っても調べても不自然ではありません。

 殿下の周辺を調べていれば、ヒロインの動向も探れるはず。

 そう、思っていたのですが……何故かヒロインの情報が集まりません。

 ヒロインはチャールストン伯爵家の養女、フリージア。それは間違いありません。

 珍しい光魔法の適性と大きな魔力に恵まれ、入学前に行われた試験では三学科を通しての首席を取る秀才。

 小説の設定そのままです。

 しかし、平民として生まれたため貴族の慣習や礼儀作法に疎く、ニゲラ王子にも平然と食って掛かる問題児。

 という小説の設定は食い違っていました。

 この世界のフリージアは殿下に食って掛かるような不作法はしていないようなのです。

 それどころか、下手な貴族の令息令嬢よりも礼儀正しいと評判です。

 希少な光魔法、成績は学年首位、元平民と注目度の高い彼女です。

 さらに兄様のように血統や家格の低い相手を見下し蔑む貴族は珍しくありません。

 元平民が貴族として不作法や非常識を行えば、笑い者にすべく大喜びで噂するでしょう。

 そういった噂がない以上、貴族として問題ない程度に立ち回っているということです。これはもう小説のフリージアではありません。


 むしろ、集まってくる情報からは殿下のやらかしが多くて頭が痛いです。

 私は立場的に殿下のやらかしたことへのフォローと再発防止(殿下の躾)を求められています。

 王宮の教育係が匙を投げたことを私に押し付けないでいただきたいものです。

 まあ、真面目に説教を繰り返していたため、すっかり殿下に嫌われてしましましたが。

 ニゲラ王子ルート以外でも死亡エンドになる理由はこの辺りにありそうなのですが、今更殿下に取り入ることもできません。

 それに、これ以上殿下を甘やかしてもこの国の未来が不安になります。

 殿下は、「頭は良いのに考えなし」という非常に難儀な性格をしています。

 考えればちゃんと理解できる頭を持っているのに、深く考えずにすぐに自分の好みの結論に飛びつくのです。

 そして、そんな自分を正当化するために優秀な頭脳をフル回転させます。

 このままでは将来は奸臣の甘言に誑かされて暗君になることが目に見えています。

 だから、私は徹底的に理詰めで説得することにしました。

 別に、殿下の言い分がうざいからやり込めて黙らせようとしたわけではありません。

 殿下は順序だって説明すれば理解できるだけの頭を持っているのです。

 正論を持って異を唱えれば、理解したうえで反論してきます。

 これを繰り返せば、行動する前にもう少し考えるようになるのではないか。そう思っての事でした。

 ですが、殿下はより巧妙な言い訳を考えるようになりました。

 その言い訳も正論で潰して行ったところ、最近は避けられるようになってしまいました。

 入学してからは学科が異なることもあって、殿下の言動を諫めることが難しくなってしまいました。

 殿下の考えなしの言動が改まることなく王位を継いでしまったらと考えると恐ろしくなります。

 自分に都合の良いことを言う者を集め、気に入らない者を遠ざけるでしょう。

 間違いなく国は荒れます。

 殿下に近付く者は、甘言に飛び付く殿下のことを与し易いと思うでしょう。

 しかし、殿下を思い通りに操ることは容易ではありません。できるのならば、私がとっくにやっています!

 浅慮であっても頭は良いのです。

 殿下が浅はかであることを前提にその行動を誘導しようとすると、予想外のところで斜め上の行動をとります。

 小説では頭はよいけれど貴族社会の常識を知らないヒロイン(フリージア)の些細な言動を、頭はよいけれど都合の悪いことは考えないニゲラ王子が拡大解釈してろくでもない騒動を巻き起こします。

 殿下にすり寄る小物は殿下を抑えきれずに、予定外の騒動に発展するでしょう。そこに国王の権限が加われば国が滅茶苦茶になります。

 殿下の思考を読み切って思い通りに動かせるほど頭の良い人物ならば、権力を持った殿下に迂闊なことを囁くリスクの大きさを理解できると思うのです。

 実際、殿下が未だに王太子になっていないのも、王族としての公務をほとんど担っていないのも、ついでに私が婚約者になった理由も、殿下がやらかす危険性を陛下がよく理解していたからです。

 私がどれ程殿下に嫌われても婚約者を辞められないのも同じ理由です。

 あ、あれ?

 もしかして、第一王子であるニゲラ殿下が順当に王位を継いで、私も婚約破棄されずに王妃に納まったりしたら、この先ずっと殿下の尻拭い確定ですか? それも国政レベルで!

 想像してちょっと気が遠くなりそうでした。

 殿下を操って甘い汁を吸おうとする者にとって、不正を防ごうとする私は邪魔者に映るでしょう。

 逆に、殿下に遠ざけられた忠臣にとっても、私は国王を差し置いて国政に口出しし、国を乱した悪女とみられる恐れもあります。

 私の将来は、殿下の御守をして過労死か、暗殺されてしまうか、それともクーデターが起きて斬首されてしまうかの三択ですか?

 いえ、それ以前に死亡エンドをどうにかしないと、どのみち私に未来はありません。

 ゲームの期間は学園に在籍している三年間、どのルートに進んでもエンディングに表示される主要人物のその後で悪役令嬢カルミアは死亡したと伝えられる。

 それが小説の設定です。

 ただし、死に方はルートによって微妙に異なります。

 つまり、ヒロインであるフリージアの動向が鍵を握るのです。

 そのフリージアの動きが無いことが不気味です。

 まだ入学してから一月しか経っていないとはいえ、小説の通りに進んでいればいくつかの騒動を起こしているはずなのです。

 それが全くないと言うことは、少なくとも逆ハーレムルートやニゲラ王子ルートではないということです。

 同じクラスであるローレルやケールの可能性も低そうです。

 それ以外は……神学の先生であるアスタールート?

 数少ない光魔法の教師ですから、必然的にフリージアとマンツーマンで授業を行います。シナリオが進んでいても不思議はありません。

 後は、ガザニアルート、つまり私の兄様と結ばれるルートです。

 学年の違う兄様とは接点が少なく、大きなイベントは一年の後半になってから発生します。これからガザニアルートに突き進んでもおかしくはありません。

 他には……ヒロインが誰とも結ばれないノーマルエンド。

 この場合でも悪役令嬢カルミアはさりげなく病死しています。

 小説では詳しくは語られませんでしたが、これってやっぱり暗殺されていますよね。

 ヒロインと結ばれなくても私が邪魔になる人は存在するです。

 それでもヒロインがおとなしいことは私にとっては有難いことです。

 小説ではヒロインの不用意な一言をニゲラ王子やその他の攻略キャラが拡大解釈して行動することで事件が発生、あるいは騒動が拡大することが多いのです。

 その事件の中には死人が出るほどの大事になるもののあれば、特にニゲラ王子がかかわったものはカルミアが後始末をすることになる場合もあるのです!

 今の私には小説のカルミアほどの財力も人脈もないから、丸く収める自信はありません。

 このままこの世界のフリージアが何も問題を起こさなければよいのですが。

 しかし、ゲームのイベントは後の方になるほど重大で難易度が高くなるものです。

 今問題が無いからと言って、油断はできません。

 一度、フリージアと接触してみるべきでしょうか?

 けれども、ゲームではカルミアとフリージアが出会ったタイミングで始まるイベントもあるということで、小説では最初の内は接触を避けています。

 この世界のフリージアが良識と常識を持っていて、協力してもらえるならば幾つかの悲劇を防ぐことができます。

 ですが、失敗すれば殿下とフリージアの仲が縮まって死亡エンドに一直線になりかねません。

 悩ましいところです。


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