表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/73

第九話 一ヶ月後

ブックマーク登録および「いいね」ありがとうございました。

 入学して早一ヶ月が過ぎました。

 この時期に行われることは……そう、毎月恒例の学力試験です。

 まあ、恒例と言っても私たちにとっては最初の一回目なのですが。

 四月は授業もお試し期間であり、事前(プレ)試験と大差ない結果になることが多いそうです。

 実際にそんな感じになりました。

 はい、もう試験は終わって、結果も発表されています。

 私は無事学年主席をキープしました。

 次席はニゲラ殿下です。

 普通科も含めればカルミア様が入って来ると思うのですが、さすがに入学後の成績は学科毎に順位付けされます。

 カリキュラムが違うので、単純に比較はできません。

 まあ、同じ魔法科でも選択科目があるので本当は単純には比較できません。

 ただ、月末の試験はあくまで目安なのでその辺はいいかげんです。受けた試験の点数を全部合計して順位を付けます。

 なのでたくさんの授業を受けている方が有利になります。

 けれども、最終的な評価では点数の低い科目があると不利になるため、苦手な選択科目は受けない人も多いです。

 私はたくさん授業を受けて全部高評価にする予定です。少なくとも一年時には授業を絞るつもりはありません。

 そんな細かな戦略とは関係なく、Aクラス最下位、というか魔法科一年最下位はローレルです。

 まあ、これは予想通りです。ローレルの成績が上がったらそちらの方が異常事態です。

 こんな感じでほとんど順位の変動はないのですが、そんな中大きく順位を上げた人がいます。

 カメリアさんは事前(プレ)試験で14位だったところから8位にまで上昇しました。

 勉強を教えた甲斐がありました。


 一ヶ月くらいでは大した変化はありませんが、カメリアさん以外のクラスメイトとも会話をする機会が増えました。

 攻略対象とは――アスター先生は仕方がないとしても――ある程度距離を取って彼らの興味を引かないように上手く立ち回っています。

 それでもニゲラ殿下からは敵意とまでは言いませんが、憎々しげな視線を向けられることが多くなりました。

 おそらく四月末の学力試験で主席を奪うつもりだったのでしょう。殿下としては必要なさそうな授業も受けていました。

 しかし、その程度の小細工で私を超えようなんて甘いです。王子様のちゃちなプライドとは覚悟が違うのです。

 ただ、ニゲラ殿下とは距離を取りたい身としては、目を付けられること自体あまりうれしくありません。

 ニゲラ王子のルートでは、最初は意見が衝突していたけれども途中で好意に変わるというストーリーになっています。

 フラグをへし折りながら進んでいるわけですが、シナリオを踏み外し続けているうちに一周回ってルートに戻るようなことも、あるかもしれないから油断できません。

 ゲームではヒロイン(フリージア)の余計な言動でトラブルを起こしているので、悲劇を避けるだけならば殿下の恋人に納まって真っ当な言動で殿下の行動をコントロールする方法もあるかもしれません。

 けれども、私はニゲラ殿下をはじめとする攻略対象と結ばれる気は全くありません。

 前世のおっさんの魂だけでなく、今世の乙女の魂(たぶんある。きっとある。)もあれはないと訴えています。

 ニゲラ殿下と結ばれても良いのならば、ざまぁルートが一番確実なのでしょうが……それでもやっぱり無理ですね。

 ざまぁルートには、選択肢でニゲラ王子ルートのフラグを立てた上で、成績を最低にまで低下させることで入ります。そんなことをしたらお義父様に申し訳が立ちません。

 それに、ざまぁルートでもニゲラ王子は駄目王子のままです。カルミア様は生き延びますが、それ以外の悲劇が防げるかは怪しいものです。

 ニゲラ王子が真っ当な王族として更生するルートは無いのです。

 ゲームではなく、この世界の現実を見てもニゲラ殿下は色々とアレです。

 他人を見下す俺様王子。その点はゲームと変わりません。

 入学式の日に起こった事件(イベント)だけでなく、授業中も偉そうな態度を崩しません。

 礼儀作法にはギリギリ抵触しない範囲で、それでもえらそうな態度を貫く様子はむしろ感心してしまいました。

 帝王学を偉そうに振舞うことだと思っている節があります。成績は良いのに不思議です。

 あれでしょうか? 「授業で習う礼法とかは全部建前で、本当のことを俺は知っているんだぞ」みたいなノリでしょうか?

 お義父様やお義兄様の情報によりますと、国王陛下の方針に反対の立場の貴族を中心にニゲラ殿下を推す勢力があるのだそうです。

 たぶん、お馬鹿な王の方が傀儡として都合が良いと思われているのでしょう。

 そういった連中が宮廷内でニゲラ殿下の教育を妨害し、偏った思想を植え付けているのかもしれません。

 そう考えると、ニゲラ殿下はちょっぴり哀れです。

 しかし、十歳から貴族の教育を受けてきたとはいえ、私は元庶民です。王族を矯正するには色々と足りていません。

 ニゲラ殿下を真っ当な王族に教育できるとしたらカルミア様くらいでしょう。

 既に手遅れ感が強いので、カルミア様にはさっさと見切りをつけて、第二王子のアイビー殿下にでも乗り換えることをお勧めしたいところです。

 ただ、貴族や王族の婚姻は政治が絡む家同士の約束事です。当人の意思でどうにかできるものでもありません。

 ゲームでは王家とラバグルト公爵家の約束を無視して、ニゲラ王子の独断で婚約破棄を行いますが、これは完全にアウトです。

 当然国王陛下からは大目玉を喰らいますが、そのことがきっかけでニゲラ王子はクーデターを起こすのです。

 愛を貫き、旧態依然とした国を改革して見せた……と見せかけて、その実己の欲望を満たすために安易に武力に頼り、父を殺して王位を奪った簒奪者。シナリオライターさんがどや顔で説明してくれたニゲラ王子ルートの真相です。

 この世界のニゲラ殿下を見ていても、何か我慢ならないことがあれば誰かにそそのかされてクーデターを起こしそうでちょっと怖いです。


 さて、四月中は授業を選択するためのお試し期間であり、勉強の本番は五月から始まります。

 まあ、私は座学だけならば学園で学ぶべき内容を習い終えていると家庭教師の先生方に太鼓判を押されています。手を抜くつもりはありませんが、それほど心配していません。

 問題は実技です。

 特に礼法の実技に関しては生まれついての貴族の方とは経験年数が違いすぎます。

 気合を入れて学ばなければ、どこかでぼろが出そうです。

 剣術についてはお義兄様にかなり鍛えられましたから、騎士科の男子生徒ともそれなりに渡り合えるでしょう。

 ですが、私の目標はお義兄様です! 騎士科の一年生ごときに負けられません。研鑽を続けましょう。

 魔法の実技については、一年で習う基礎についてはもう終わらせています。

 早く光魔法を習いたいところですが、こればかりは学園のカリキュラム上どうにもなりません。

 魔力制御の基礎訓練は無駄にはならないので、しばらくは基礎を磨き続けましょう。


 その魔法の実技なのですが、五月から「滝行」が始まりました。

 四月中は「座禅」と「ヨガ」しかやっていません。やはり「滝行」は魔力制御の基礎訓練の成果を試す位置付けのようです。

 チャールストン伯爵家には滝行専用の施設もあったので貴族は皆入学前から魔法の基礎訓練をしているものと思っていのですが、違ったようです。

 チャールストン伯爵家のものよりも大規模な設備でクラスメイト全員で滝行を始めたのですが、開始早々次々と脱落して行きました。

 何でも、チャールストン伯爵家にある設備は闇魔法の素質を持ったお義兄様のためにお義父様が作ったのだそうです。

 魔法の才能を持った貴族は見栄えのする魔法を習いたがり、基礎訓練は才能の無い者が仕方なく行うものという偏見があるのだそうです。

 しかし、使い手のほとんどいない闇系統の魔法は教えてもらう相手がおらず、その代りにお義兄様は基礎訓練を徹底的に行ったそうです。

 普通の貴族は魔法の専門家になったり、日常的に魔法を使って仕事をする必要はありません。

 ただ、魔法が使えればそれだけで箔がつくので、基礎訓練を飛ばしてデモンストレーション用の派手な魔法を習得することが求められるのだそうです。

 けれども、学園としては制御の甘いまま派手な魔法を乱発されて事故でも起こされては堪りません。

 一年生の魔法の授業が座学と基礎訓練だけなのはこうした理由があるからです。

 四月に行われた「座禅」や「ヨガ」の授業を見てもきちんと魔力制御のできている生徒は皆無でした。

 そんな状態で「滝行」を行えば、当然一瞬で水に沈みます。

 はい、誰でも通る道です。


 今残っているのは三人だけです。

 一人は私、フリージア・チャールストンです。

 もう一人はこの国の第一王子、ニゲラ・フラワーガーデン殿下です。

 最後の一人は、なぜかローレル・ベスビアスでした。

 私は必要に迫られて魔法の基礎訓練をみっちりやりましたから、このくらい楽勝です。その気になれば一時間でも二時間でも続けられます。

 ニゲラ殿下が残っていることは納得する人も多いでしょう。性格はともかく成績は優秀で魔力も多い方です。

 しかし、ここにローレルが残っていることには皆驚いています。

 これが武芸体育系の実技ならばローレルが上位でも当然ですが、実技は実技でも魔法の実技です。

「座禅」でも「ヨガ」でもまともにできていなかったローレルが、「滝行」だけ上手くできるはずがありません。

 教師の方も不審に思ったのか、アシスタントの方々と目配せをしています。

 あ、この授業では教師の他にアシスタントが複数付いています。「滝行」は最悪溺死する危険もある訓練です。

 そのアシスタントの一人が装置の方に走って行って……おや? 水が少し重くなったようです。

 水量は変わりませんが、水に籠められた魔力が増えたみたいです。


「うわぁ!」


……ローレル、脱落。

 どうやら、筋力で耐えていたみたいです。さすがは脳筋騎士というべきか。

 でもこれ、魔法の訓練なんですよね。魔力を体に巡らせて防がなければ意味がありません。

 さて、勘違い野郎が脱落して残るは私とニゲラ殿下だけです。

 気付いている人は気付いていますが、ここにニゲラ殿下が残っていることはおかしなことなのです。

 この訓練は精密な魔力制御を養うものです。自身の身体に正確に均一に魔力を巡らさなければ水に押し流されてしまいます。魔力が多かろうが魔法の才能があろうが関係ありません。

 けれども、ニゲラ殿下の魔力制御は稚拙(へたくそ)です。今も時々こちらをチラ見しながら人魂を出しています。すぐに水に流されますが。

 漏れ魔法(リークマジック)漏れまくりです。

 こんなに魔力が乱れまくっていて滝行を続けられるはずがないのです。

 教師の方も不審に思ったのか、再びアシスタントの一人が装置に向かって行きます。

 えーと、特に魔力が増えたとかは無さそうですが……あれ? 何か変な魔力が……これは、魔法でしょうか?


「ぐはぁ!」


 突然、ニゲラ殿下が水没しました。

 何があったのでしょう?

 そう言えば、お義兄様に聞いたことがあります。

 魔法の中にはどの系統にも属さない無系統と呼ばれる種類のものがあります。

 その無系統の魔法の中に、魔法障壁(マジックバリア)と言う弱い魔法や魔力の影響を防ぐことができるものがあるそうです。

 そして、その魔法障壁(マジックバリア)を無効化する障壁破壊(バリアブレイク)という魔法も存在すると。

 それらの魔法は同じ効果を持つ魔道具(マジックアイテム)も作られていて、身分の高い人は護身用に魔法障壁(マジックバリア)魔道具(マジックアイテム)を身に付けていることもあるとか。

 そう言えば、ニゲラ殿下は滝行の最中もいくつかのアクセサリーを身に付けたままでした。

 つまり、ニゲラ殿下は魔法障壁(マジックバリア)の魔法か魔道具(マジックアイテム)を使用して魔力を含んだ水を防いでいたのでしょう。

 自力で魔法障壁(マジックバリア)の魔法を使えるのならばそれはそれで大したものですが、それでは訓練になりません。

 教師側もそう考えて障壁破壊(バリアブレイク)を使用したのでしょう。

 たぶん、教師やアシスタントの人が魔法を使ったのはなく、設備に魔道具(マジックアイテム)が仕込まれているのでしょう。

 ニゲラ殿下のようにインチキする学生は昔からいたのでしょうね。


 ところで、私はいつまで続けていれば良いのでしょうか?

 もう五月とはいえ、まだ水浴びには肌寒い季節なんですけど。


 その後教師から説明――体に魔力を巡らせて魔力を含んだ水を防ぐという話です。最初にしなかったのは、一度水中に落として体で憶えさせるためでしょうか?――が行われて、クラスメイト達が再挑戦して行きました。

 もちろん、一度説明を聞いただけでできるようになるわけもなく、次々と再び水没して行きます。

 まあ、「滝行」は「座禅」と「ヨガ」の集大成みたいなものだから、「滝行」だけ頑張ってできるようになるものでもありませんし。

 そんなクラスメイトの奮闘ぶりを、私は一人滝に打たれながら眺めていたのでした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ