第八話 ローレル・ベスビアス
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ローレル・ベスビアスとの出会いイベントは、育成パート中に挟まる突発イベントとして強制的に発生します。
まあ、出会いイベントと言っても、ローレル自身はニゲラ王子の背景として何度も顔を合わせています。
ただ、ローレルは喋りません。荒事にならない限り、ニゲラ王子の後ろで空気になっています。
ローレル担当の声優さんも、「台詞少ない!」と言っていました。アドベンチャーパートでは本人のイベント以外はほとんど台詞がなく、本人のイベントでも長台詞はあまりありません。
その代り戦闘パートの台詞だけは他のキャラよりも豊富で、声優さんも気合を入れて叫んでくださいました。
この世界のローレルも似たようなものです。
普段はニゲラ殿下の影となって付き従い、初日にクラスで行われた自己紹介もとても簡潔で、授業中も必要最低限しか喋りません。
寡黙でカッコイイと御令嬢方には評判ですが、ゲームをプレイした人にはただ何も考えていないだけであると分かるでしょう。
イベントそのものは単純です。
昼休みに修練場で黙々と剣を振るローレルに話しかけるだけです。選択肢もありません。
このイベントで重要なことは、ローレルと初めて言葉を交わすことにあります。
ローレルと個人的に会話をすることは非常に困難です。
システムやシナリオの都合と言ったゲームでの制限ではなく、この世界でもローレル狙いの御令嬢を挫折に追い込む難易度です。
ローレルはニゲラ殿下の警護役ですから、常にニゲラ殿下の近くにいます。
ニゲラ殿下を無視してローレルに話しかけるなんてことはできません。
そして、序列一位のニゲラ殿下はローレル以上に話しかけ難い相手です。ニゲラ殿下とあっさり仲良くなれる自信があるなら、ローレルではなくニゲラ殿下を狙うでしょう。
ローレルの方から話しかけてくれれば問題ないのですが、寡黙な騎士は親しくもない相手に用もなく話しかけることはありません。けれども、親しくなるためにこちらから話しかける機会はまずないというジレンマです。
そんなローレルが、唯一ニゲラ殿下と別行動する時間があります。それは、昼休みです。
王族であるニゲラ殿下は食事も特製です。
別にニゲラ殿下が我儘で特別な料理を要求しているわけではありません。
身分の高い者、特に王族の暗殺方法のTop5に必ずランクインする手法が毒殺です。
元々貴族の令息令嬢を預かる学園であり、学内で取り扱う食品については細心の注意を払っていますが、王族に対する食事はまた別格です。
王族の昼食は他の学生はおろか教職員も入れない特別室で行われます。
料理を作る料理人から、配膳、毒見役まで全て王家の手配した人員で賄われます。
警備の者も専属でいるため、ローレルが同席する必要が無いのです。
もしかすると、ローレルのような警護役の学友に対して自由時間を与えるための措置かも知れません。
いずれにしても、昼休み中は殿下は別室にいて、自由時間をローレルは全て剣の鍛錬に費やしているのです。
昼休みは、学園内で唯一ニゲラ殿下と切り離されたローレル個人に話しかけることのできるチャンスなのです。
とは言っても、ローレル自身も学内の序列はかなり上位です。あまり気楽に話しかけられる女生徒はいません。
ゲームではヒロインは頭お花畑でローレルは脳筋なので、その辺一切気にしていないだけです。
この世界でもローレルは脳筋なので、序列とかを無視して話しかけても気にしないでしょう。
けれども、頭がお花畑でない限り、声をかける側はそれなりの覚悟と理由が必要になります。
ローレル自身は気にしなくても周囲は気にします。ローレルと親しくなれればともかく、失敗すればいい笑い者です。
面子が命の貴族にとって、公然と笑い者にされることは致命的です。
だから、ローレルの日課に気付いている令嬢も様子見しているところです。
理由を付けて強引に話しかけることはできても、その後の話題が続かなければ失敗です。
けれども、私には秘策があります。まあ、ゲームの知識ですが。
ですが、ゲームのイベントをそのままなぞることはお勧めできません。
あれは陰で笑われている失敗パターンです。本人は頭お花畑なので気が付いていないだけです。
ゲームでは少しずつ距離が近付いて行く様子を描いているため、最初はろくに相手にされません。普通の令嬢だったらこの段階で挫けます。
その後だんだんと会話が続くようになって行くのですが、実はローレルの心境が変化したわけではなく、ローレルの興味を引くような話題をヒロインが持ってくるようになっただけなのです。
なので、最初っからローレルの興味を引く話題を持って行けばよいだけです。
タイミングを見計らって、カメリアさん、Go!
「あのー、良かったらこれ、使ってください。」
カメリアさんが差し出したのは、タオルと飲み物です。
修練場で汗を流した相手に話しかけるには最適でしょう。ここまでは考えた人も多いでしょう。
いくら朴念仁のローレルでも、好意を持って手渡されたものを無下にすることはありません。
受け取ったタオルで汗をぬぐい、容器の中身を一口飲みます。
王子の護衛が人からもらった飲み物を気楽に飲んで良いのか? とも思いますが、今は自由時間だから問題ないのでしょう。
一応少し面倒な手続きをして学園に飲食物を持ち込む許可を得ています。その認可の印が入った封を確認しているので、ローレルが安全に無頓着というわけではありません。
「美味い。これは!?」
ローレルが驚いたような顔をして、残りを飲み干します。
予想外の好反応に、修練場の周囲でさりげなく視線を集中させていた御令嬢方が色めき立ちます。
おそらく、下級貴族のカメリアさんはノーマークだったのでしょう。当たって砕けたところ確認して自分の攻略の参考にしようとしたのでしょうが、いきなり成功されては妨害のしようもありません。
「水に塩と蜂蜜、それから果汁を加えたものです。こうすると汗で失った水分や塩分を吸収しやすくなるのだそうです。」
要するに、スポーツ飲料です。
ちょうど汗をかいてのどが渇いた時に美味しい飲料を渡して好印象を与えました。
さらに修業が趣味のようなローレルにとって、鍛錬後の水分補給に役立つ飲み物は興味を惹かれるでしょう。
何だかよい感じに会話が弾んでいるようなので、私はこの場を離れます。
残る問題は、ローレルを狙っていた御令嬢にカメリアさんが目を付けられないかということですが、一応対策は考えてあります。
今回使用したスポーツ飲料のレシピはカメリアさんに渡していますが、そのレシピを希望者に教えてよいと言ってあります。
それから、飲料を持ち込むための手続きについても教えることができます。
優良物件な騎士はローレルだけではありません。騎士科には何人もいます。騎士科以外にも、貴族の嗜みとして自主的な鍛錬を欠かさない男子生徒もいます。
ローレルに対しては二番煎じになってしまう戦法も、他の男子生徒にはまだまだ有効です。
よほどローレル一筋に執着している御令嬢でない限りは、意味なくカメリアさんと敵対するよりも仲良くなることを選ぶでしょう。
こうしてできた人脈こそが、悪意から身を守ります。
ゲームではカルミア様に全ての罪が被せられたヒロインに対するいじめや嫌がらせですが、これはたぶん攻略対象にばかり色目を使って女子の友達を作らなかったことが原因なんじゃないかと思うのです。
カメリアさんはお花畑じゃないので、ちゃんと自衛用に人脈を広げてくれるでしょう。
すると、私もカメリアさんを通してお友達が増えます。
Win-Winです。
さて、ローレル争奪戦で一歩リードしたカメリアさんですが、もう一押ししておきます。
「あの~、これ、本当に必要なのですか?」
「ええ、重要なことです!」
私達は今、剣術の授業を受けています。
「同じ授業を受ければ接点も増えるし、共通の話題もできますよ。」
剣術の授業は魔法科では選択科目で、必ずしも受ける必要はありません。騎士科の生徒に混ざって行う実技の授業です。
この授業をニゲラ殿下が受けています。すると、必然的にローレルも同じ授業を受けることになります。
ゲームでもローレルは剣術の授業を受けていて、育成パートで剣術の授業を受けるだけでローレルの好感度がぐんぐん上がっていくのです。
大半が男子生徒で占められている授業ですが、少数ながら女子もいます。
私もその一人です。ローレルに興味はありませんが、私は強くなるという目的があります。
本気で女性騎士を目指す人は稀ですが、護身用に剣を習う女子は一定数います。
四月中は選択科目のお試し期間のようなもので、オリエンテーションに参加していなくても授業を受けることは可能です。
そんなわけで、カメリアさんが剣術の授業を受けることに何の問題もありません。
剣術女子一同、歓迎しますよ。