第五話 授業開始
・2024年11月3日
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学園生活二日目からは、いよいよ授業が始まります。
まあ、授業と言っても初日は授業のオリエンテーションです。授業の概略説明と教科書等の配布があるそうです。
本格的な授業は来週からになります。
実は受ける授業を生徒側がある程度選択できたりします。
ゲームでは育成パートで毎週受ける授業を選べますが、そこまで柔軟ではなくてもその学年で受ける授業を選ぶことができます。
これは魔法科固有の問題なのですが、文官にも武官にも進める魔法科は、文官寄りの授業も武官寄りの授業も均等に含まれています。
良く言えば文武両道ですが、悪く言えば中途半端な器用貧乏になりやすいのです。
そこで、卒業後の進路が明確に決まっている生徒は、文官ならば普通科の授業を、武官ならば騎士科の授業を選択することができるようになっています。
読み書き算術に地理歴史社会などの基礎教養科目と魔法関係の授業は必須、普通科からは法律や経済など内政等に役立つような授業が、騎士科からは剣術などの実技の他に軍史や戦術論などの授業も受けられます。
実践的な内容の授業が多いのですが、学者を志す者向けの何に役に立つのか分からないような科目もあるそうです。
中には最低限の授業だけ受けて遊び惚ける者もいるそうですが、私にはそんな余裕はありません。
一応学園推奨の標準的な時間割があるので、私はそれを全部受ける予定です。
一年時の成績によっては、二年生用の科目を飛ばして三年生向けの授業を受けたり、普通科や騎士科の専門的な授業を受けられたりもするそうです。
可能ならばどんどん前倒しで履修しておきたいところです。
卒業後の進路を有利にするためでもありますが、それ以上にゲームのイベント対策として重要なのです。
ゲームでは特に三年生になって、攻略対象の個別ルートに入ってからのイベントは洒落にならないものがあります。
学力、魔法、体力を一定以上にしておかないと失敗して大ピンチになるものが多いのです。
ゲームでは攻略対象に助けられますが、この世界では期待できないと言いますか、こちらから願い下げです。
ヤバめのイベントを未然に潰すためにも、三年生になった時にはある程度自由に動ける時間を確保するつもりです。
基礎教育科目の授業は普通科のAクラスと合同のものが多かったです。Aクラスは少人数ですからね。
カルミア様と一緒の授業です。
ただしあちらは公爵家の御令嬢、平民出身の私が馴れ馴れしく声をかけられる相手ではありません。
建前上は同じ学生なのですが、貴族のマナーを実践する場でもあります。迂闊なことをすればカルミア様のお説教が待っています。
そして、ゲームと異なりニゲラ殿下に対しても馴れ馴れしい態度を取らない私に死角はありません。
カルミア様にお説教を喰らう隙の無い私ですが、同時にカルミア様との接点がまるでできません。そこだけがちょっと残念です。
なお、ニゲラ殿下は露骨にカルミア様を避けています。普段から説教され続けて苦手意識を持っているのかもしれません。
仮にも婚約者なのですから、形だけでも仲良い姿を見せて欲しいものです。
これ、意外と重要なことです。
王族や貴族の中でも領主辺りになると、夫婦仲が悪いといった醜聞は問題になります。
面子を重んじる貴族にとって醜聞が噂されることは不名誉なことであり、そのような人物は軽く見られます。
領主が軽んじられれば、その領地自体が軽んじられます。
王族が軽んじられれば、その国そのものが軽んじられます。
ただ不名誉で嫌だというだけでなく、不仲に乗じて良からぬことを企む者を呼び寄せることになります。
だから、立場のある人はつけ込む隙を与えないようにする必要があります。
どれほど愛のない仮面夫婦であっても、公の場では仲良く振舞います。
王族ともなると、人目のある場所では不仲な様子を見せることはないそうです。
もちろん王族である以上、ニゲラ殿下も例外ではあれません。
まだ婚約者とはいえ、あまり不仲な様子を見せてしまうと、将来困ったことになります。
ニゲラ殿下が未だ王太子になれない理由の一つがこの辺りにあるのではないでしょうか?
外交など、他国と関わる公務は行っていないので、国外から何か仕掛けて来ることはまだないでしょう。
けれども国内貴族は学生を通じて情報を得ることができます。殿下がぼんくらだと分かれば、在学中でも何かしてくる恐れがあります。
カルミア様はそのあたりが分かっているから人前でニゲラ殿下を非難するようなことはしません。
入学式の日のあれは、ニゲラ殿下のやらかしたことへの後始末でした。誰がどう見てもニゲラ殿下の方が悪いのは明白で、長引くほどニゲラ殿下と王家に評判に傷がつきます。
ニゲラ殿下はあそこで諌言を受け入れる度量を見せればよかったのです。カルミア様の厳しいお言葉は、実は助け船だったんですよね。
その後もカルミア様と普通に接していればよかったのです。ニゲラ殿下が挙動不審でもカルミア様は何も言わなかったでしょう。よほど致命的なことをしなければ、カルミア様も何も言わないはずです。
むしろ、カルミア様を避けていては自分に非があることを認めているようなものです。
このような態度を見せていると、よからぬことを考える輩が出てきます。
正室と不仲ならば娘を側室に押し込む余地があります。寵姫となれば王室に対する影響力も大きくなるのです。
この国の歴史を見れば、そのような例はいくらでもあります。
……あれ?
それって、ゲームのヒロインのことですか?
いえいえ、お義父様そんなことは考えていませんし、ヒロインはお花畑です。
それよりもむしろ、カルミア様の断罪イベントの方が謀略の臭いがします。
言っては何ですが、ニゲラ王子は愚物です。傀儡として祭り上げ、裏から操るにはとってもお手頃な人物です。少なくとも周囲からはそう見えます。
ゲームのヒロインも成績は良くても頭はお花畑、政治的な駆け引きには無縁です。
そうなると、邪魔になるのが頭の切れるカルミア様です。頭の悪い王子でも、カルミア様に理路整然と説明されたら自分がいいように利用されていることに気付いてしまうかもしれません。
ゲームの裏設定として、断罪イベントは悪役令嬢カルミア・ラバグルトを邪魔に思う者達が結託して起こした冤罪事件であるとシナリオライターさんから聞いています。
しかし、更にその裏がありそうです。カルミア様を邪魔に思う者達とは、同じ学園の生徒なのか、それとも……
貴族社会の闇は深いです。
さて、これまで私はニゲラ王子を始めとする攻略対象との出会いイベントを華麗にスルーしてきました。
ニゲラ王子のイベントは発生しましたが、目立たずにやり過ごしました。
ガザニア先輩に関しても、イベントは不可避でしたが成功パターンは避けました。学年が違うこともあってしばらくは関わることはないでしょう。
悪徳商人と脳筋騎士に関してはイベントそのものをスルーしています。
ケールのイベントは、初日に道に迷って教室まで送ってもらうことでした。
ローレルのイベントは、昼休みに修練場で黙々と剣を振るローレルに話しかけることで始まります。
どちらも私の行動でイベントの発生を回避できました。
もっとも、私が平民出身で現在学年主席であることは知られています。攻略ルートから外れたとしても、まるで無関係ではいられないでしょう。
それでも多少は距離を取ることで、余計なイベントや無用のトラブルを避けることができています。
けれども、攻略対象の中には一人、距離を取ることが困難な人物がいます。
「やあ、いらっしゃい、フリージア君。光魔法の担い手は少ないので頑張って習得してくださいね。」
彼の名前はアスター・カーディナル。
攻略対象最後の一人にして、唯一学生ではなく教員の攻略対象です。
フラワーガーデン王国の貴族にして教会の神父の資格も持つこの教師は普段は神学の授業を受け持っています。
しかし、光魔法の素質を持つ学生が入学した時のみ、光魔法の理論と実践の授業を受け持つことになります。
魔法科の魔法の授業は、全員が受ける基礎的な理論と実技――座禅とかヨガとか滝行とか――と、各自の適性に応じた系統の応用魔法の二種類があります。
応用魔法の授業はクラス分けとは関係なく本人の適性の授業――派生系統の場合は一番近い系統に振り分けられる――を受けることになります。
私の場合は当然光魔法の、つまりアスター先生の授業を受けることになります。
光魔法を扱える教師が他にいないので、避けようがありません。
しかも、光魔法の素質を持つ学生は数十年に一人いるかどうかだそうで、現在三学年を通して光魔法の授業を受ける学生は私一人だけです。
光の派生系統の魔法というのも珍しいそうなので、アスター先生自身、光魔法の事業を受け持ったのは初めてなのではないでしょうか。
応用魔法の授業は理論だけなら一年生の時からあります。私は光魔法の授業を三年間アスター先生とマンツーマンで受けることになるのです。
来年になったら、光魔法を使える後輩が入ってこないでしょうか……まあ、無理でしょうけれども。
私がチャールストン伯爵家に拾われた理由であり、この世界で生きるための最大の武器になるのが光魔法です。疎かにはできません。
アスター・カーディナルはある意味一番厄介な相手です。
ゲームでは真面目に授業を受けているだけで好感度が上がってしまします。
もちろん選択肢を外すことで個別ルートに入ることは避ける予定ですが、個別ルートに入る前にも好感度が高いと発生するイベントがあります。
個別ルートに入った後に発生するヤバいイベントはその続きなのです。ヒロインが関わっていないだけで、どこかで惨劇が起こっていると考えると気分の悪いものがあります。
もっとも、アスター先生自身は悪人というわけではありません。
攻略対象五人の中では、ローレル・ベスビアスとアスター・カーディナルの二人は善良な方です。
善良だからと言って問題を起こさないわけではない、という典型的な例です。
アスター・カーディナルは、考えることを放棄したローレル・ベスビアスとは別ベクトルで抜けたところのある人物です。
その性格は、一言で言えば自由人です。
光じゃなくて風系統なのでは? と言われるほどに自由奔放な人です。あ、魔法の適性から性格が分かるというのは迷信です。
自由過ぎて軽いのです。よく言えば軽快、悪く言えば軽薄な人です。
貴族でありながら教会の神父でもあるという微妙な立場にいながら気にした風もないのは、その軽い性格によるものでしょう。
ゲームでは在学中の教え子に自由恋愛だと言って躊躇せずに手を出すあたり、軽薄と言ってよいでしょう。けれどもそこには悪意もセクハラもアカハラもありません。ヒロインに落とされただけですし。
彼の問題は、人を見る目がないことでしょう。
ニゲラ王子ルートでは、ニゲラ王子の起こしたクーデターにあっさりと加担します。
アスター自身のルートでは邪神教徒に騙されて情報漏洩した張本人です。
裏設定ではもっといろいろとセキュリティーホールやってるかもしれません。
口も軽いから、個人情報が流れないように気を付けなければいけません。
本当なら漏れ魔法による魅了についても相談しておきたいところなのですが、ちょっと信用なりません。
困ったものです。
・アスター
誕生日:7月15日
花言葉:信じる心