第三話 寮生活
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入学式から一夜明けました。
今日から学園生活が始まります。
とは言っても、新入生に今日行われることはオリエンテーションです。クラスごとに顔合わせを行い、学園生活の注意事項などが説明されます。
そのくらいならば入学式の後にやればよいと思うかもしれませんが、昨日は昨日でやることがありました。
それは、入寮の手続きです。
王立ブルーローズ学園は全寮制です。
元々は地方の貴族に配慮して作られた学生寮なのだそうですが、今では王都に屋敷を持つ貴族も、王都在住の王族も寮に入ります。
実家の権勢に頼らない、自身の実力を身に着けるため、という学園の理念に基づく方針なのだそうです。
そんなわけで、私も王都にあるチャールストン伯爵邸から通うのではなく、学生寮に入りました。
昨日入寮してそのまま一夜を明かしました。
考えてみれば、前世も含めて寮生活は初めてです。
寮の部屋は伯爵家で与えられた私室に比べれば質素ですが、貧乏な平民の家よりもよほど豪華です。このあたり学生寮とはいえ、さすがに貴族専用です。
色々と初めての経験なのですが、変わらないこともあります。
「おっ嬢っ様~、おっはようございま~す!」
私の朝は、相変わらずハイテンションなエリカの声から始まります。
学生寮は男女別に分かれていて、学園を取り囲むように幾つもあります。
残念ながら、カルミア様とは別の寮です。
ゲームでは要所要所で登場して正論による苦言を呈してくださるカルミア様ですが、私生活ではヒロインとの接点はほとんどありません。
断罪イベントでもカルミア様にかけられた容疑は、カルミア様の(自称)取り巻き達が、カルミア様の意を受けてヒロインを虐めたことになっています。
この世界では、機会があればカルミア様とは仲良くしたいところです。
入寮は昨日ですが、寮に入る準備は三月中に終わらせています。昨日行われたのは領生活における注意点などの説明でした。
貴族の生活は何かと面倒です。寮に入るにも身一つでとはいきません。
新入生全員が入学式の一日に集中して大量の荷物を運びこんだら大変な混雑になってしまいます。
前世を含めて元庶民の私としては、学生生活に何をそんなに持ち込む必要があるのか? などと思ってしまうのですが、中には学生生活を送りながらも領地の面倒を見たり、公務をこなす必要がある人もいます。
お気楽な学生生活だけでなく、貴族としての仕事まで持ち込むと必然的に荷物は多くなってしまいます。
また、貴族令嬢の荷物というと豪華な衣装を思い浮かべるかもしれませんが、あれも意味なく無駄に贅沢をしているわけではありません。
貴族の令嬢にとって、社交界は戦場、ドレスは戦闘服なのです。
奇麗なドレスをそつなく着こなし、家格や立場に相応しい立ち居振る舞いを見せなければ、家や領地、ひいては国の品位を疑われます。
単なる見栄だと侮ることなかれ、その見栄すら十分に張れなければ国や領地が軽んじられて戦争を仕掛けられることさえあるのです。
十五歳と言えばそろそろ社交界デビューする頃です。学園はその予行練習、そして学生同士の狭い範囲でデビューしてしまうという場でもあります。
私も一応持ってきましたよ、それっぽいドレス。伯爵家令嬢として恥ずかしい格好はできません。
私の場合は社交界で華々しく活躍するよりも職場でコツコツ働く予定ですが、貴族である以上社交界デビューは避けられないのです。
ひょっとすると社交界で諜報活動をする仕事に就くかもしれません。何事も疎かにはできません。
そして、社交界に着て行くようなドレスは一人では着れません、物理的に。
ドレスそのものはともかく、コルセットは無理です。あれは一人で着けられるようにできていません。
ええ、ちゃんとありましたよ、コルセット。既に体験済みです。お子様向けなのであれでも楽な方らしいのですが……ぽっちゃり令嬢にならなくて本当によかったです。
エリカが寮にまで付いて来ているのは、そうした理由があります。
貴族の生活を維持しようと思うと使用人の存在は不可欠です。別に身の回りの雑事ができないほど貴族が怠惰だというわけではなく、専門の使用人を必要とする生活を日常的にしているだけです。
寮生活とは言え貴族である以上使用人は必要、ということで各人一名まで連れて来ることを認められています。寮には使用人のための部屋まで用意されています。
まあ、貴族用の寮ですから、頼めば寮側でたいがいのことはやってくれるそうなのですが、身の回りの世話をする使用人は貴族のプライベートを全て知る立場です。信頼のおける者を家から連れて来るのが通常です。
一人きりの使用人ですので、どこの家でも優秀で信頼のおける者を付けようとします。
私の場合、それがエリカです。性格と性癖はともかく、たいがいの仕事は一人でできる超有能なメイドです。
しかし、十分に有能な使用人を用意できなかった場合や、使用人一人では届かない生活を望む場合などで、複数の使用人を連れ込もうとする学生は毎年のように現れるそうです。
そんなわけで、「連れて来る使用人を増やしたい」「荷物が部屋に入りきらない」あたりが入寮の際の揉め事の代表だそうです。
昨日も騒ぎを起こしている新入生がいました。
しかしそこは毎年の恒例行事です。寮母さんも慣れた様子で、「貴族ならば規則は守りなさい」と笑顔で言い切ります。
にこやかな笑顔なのに、生粋の貴族の令嬢でも押し黙る迫力がありました。
あれ、絶対に逆らってはいけない人です。
なお、部屋に入りきらないほどの多量の荷物というのは、女子寮の場合十中八九衣装です。
これには貴族ならではの切実な理由があります。
先にも述べた通り、貴族の令嬢は着飾って社交の場に出なければなりません。
一口に社交の場と言っても様々な種類があります。
こじんまりとしたお茶会から大規模な夜会まで。
TPOに合わせて最適なドレスは変わります。ただ奇麗なドレスを着ればよいというものではありません。
ダンスパーティーに動き難いドレスを着て行けば、よほどダンスの腕前が無い限りは笑いものになるでしょう。
王族の誕生日や婚約発表などのパーティーに主役より目立つ格好で行ったら、シャレでは済まない顰蹙を買います。
学園生活においても私的な集まりから学園主催の公式行事まで、様々な社交の場が設けられます。
あらゆるシチュエーションで最高のドレスを! みたいな考えで行くと必然的に持ち込む数が増えてしまいます。
私はいくつかのパターンに分けてチャールストン伯爵家令嬢として及第点のドレスを数点、後はアクセサリーの組み合わせ方を工夫することで持ち込む品を減らしています。
それから私たちの年代特有の問題もあります。
学園に通う生徒は十四歳から十七歳、前世の基準で言えば中学生から高校生です。
個人差はありますが、成長期です。入学前に仕立てたドレスを、三年間着続けられるとは限りません。
私もチャールストン伯爵家に引き取られてから五年で背も伸びました。最近は胸も……いえいえ、いくらおっさんの魂を秘めていると言っても、自分の体に欲情はしませんよ。
巨乳ヒロインではありませんから、これ以上大きくはならないでしょう。ゲーム通りならば身長も体型も三年間変わらないはず……、いえそれはCGを使い回しているだけだからあてにはなりません。
私の場合は多少の体型の変化ならばエリカがドレスを直して対応してしまいますし、対応できないほど成長著しい場合は王都のチャールストン伯爵邸経由で新しいドレスを作らせることも可能です。
私が直接出向いて採寸しなくても、何故かエリカがすべて把握しているのです。見ただけでスリーサイズを言い当てる人、実在するとは思いませんでした。
エリカほどの変た……有能な使用人がおらず、王都における支援体制が不十分な場合、想定される成長度合いに対応した数多くのサイズのドレスを持ち込もうとします。
本人の成長度合いや親の体型からおおよその予測はできますが、三年間で急成長したり、突然変異的に両親とは似ても似つかない体型に育つ場合もあります。
中には突然変異に一縷の望みをかけて、今の自分には絶対に似合わないセクシーなドレスを秘かに持ち込む令嬢も多いのだとか。
そう言えば、私の衣装の中にもやたらと胸の大きなドレスがありました。
私は養女なのでお義父様の血を引いていません。だからと何処まで成長するかは未知数、とか言ってエリカとお義父様が追加したものです。
さすがにそこまで大きくなるとは思えません。たぶん無駄になるでしょう。
「大丈夫です、お嬢様! いざとなれば最終兵器、『胸パッド』があります!」
余計なお世話です。