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第一話 乙女ゲームのヒロインに転生しました

 私の名前はフリージア。いえ、今はフリージア・チャールストンと言います。

 元々私は貧しい平民の生まれで、お母さんと二人ひっそりと暮らしていた、ただのフリージアでした。

 ところが、十歳になる今年、私の運命は大きく変わりました。

 私たちの住むチャールストン伯爵領の領主、チャールストン伯爵様は領民を大切にすると評判で、若い才能を発掘することに熱心なのだそうです。

 その一環として、十歳前後の全ての子供を対象とした魔法の素質の検査が行われていました。

 その検査で私には人よりも多い魔力と珍しい魔法の才能があることが分かり、伯爵様から「私の養子になって、王都の学園で学ばないか」と誘われました。

 私は一人きりになってしまうお母さんが心配でしたが、そのお母さんからも後押しされて、私は伯爵様のお世話になることにしました。


……伯爵様からの礼金が欲しかったからじゃないよね、お母さん?


 私は今、王都に来ています。

 チャールストン伯爵領を出て、フラワーガーデン王国の王都、ローズガーデンへとやって来ました。

 私、王都に来るのは初めてです。

 王都の魔法の研究所で、私の魔法の才能について詳しく調べられました。

 その研究所で、私は一人の男の子と出会いました。

 年の頃は私と同じくらいでしょうか。

 とても奇麗な男の子でした。

 金髪はキラキラと輝いて、瞳は吸い込まれそうな深い青。

 私は見ているだけで心臓がどきどきして、頭の中はよく分からない言葉がぐるぐると渦巻いて、やがて真っ白になってしまいました。


 気が付くと私はベッドに寝かされていました。王都の伯爵様のお屋敷の一室でした。

 私が目を覚ますとすぐに心配そうな顔の伯爵様が駆けつけました。


「す、すみません。私、御迷惑をかけてしまって。」


 慌てる私を、伯爵様はそっと制し、


「今はゆっくりと休みなさい。お医者様は体には異常が無いと言っていました。きっと疲れが出たのでしょう。」


 そう言って、私を寝かせるのでした。

 本当に優しい人です。


「貴女はもう私の娘です。親が娘を心配するのは当然のことですよ。」

「……はい、お義父様。」


 そうして伯爵様が立ち去り、部屋に私一人になったところで、私はふうと一息つきました。

 私が倒れた原因は、疲労ではありませんでした。

 私はあの時、知るはずのない記憶で頭がいっぱいになっていたのです。

 ここではないどこか、私ではない誰かの記憶。

 おそらくは前世の記憶と呼ばれるものだったのでしょう。

 唐突に頭の中に入ってきた膨大な情報に混乱し、気を失ったのです。

 その記憶は今もしっかりと私の中にあり、混乱も落ち着いて自分の記憶として理解できるようになりました。

 その内容を確認し、心の中で叫びました。


(ヤベー! 俺、乙女ゲームのヒロインに転生しちまった!)


 色々と突っ込みどころが多いのですが、まずは「俺」という部分です。

 何と言うことでしょう。私の前世は男だったのです。

 こんなこと、誰にも言えません!

 ピンク色のツインテールにエメラルドグリーンの瞳を持つ美少女の中身が、アラフォーのおっさんだなんて、言えるわけがありません。

 そんなことを言い出したら、いくら優しいお義父様でも、いえ、優しいお義父様だからこそ、もう一度お医者様を呼ぶことでしょう。

 お医者様ならばまだよいです。教会に連れて行かれて悪魔祓いの儀式を受けるとまるで人が変わったようになるという噂もあります。

 教会ヤベー。それって洗脳か何か怪しげなことやってるだろ。俺、絶対に関わりたくない!

……おっと、失礼。

 前世の記憶を思い出してから、考えが前世の人格に引っ張られるようになってちょっと困ります。

 今生ではフリージアとしてまだ十年しか生きていませんが、前世では三十代後半まで生きた記憶があります。仕方のないことですが、言動に現れないように気を付けないといけません。

 前世の人も言っています。「美少女がおっさん臭い言動をしては駄目だ!」

 自分で自分のことを「美少女」って言うのはちょっと変な気分です。


 前世の話はひとまず置いておくとして、問題はその前世の世界にあった乙女ゲームとこの世界がそっくりだということです。

 そのゲームのタイトルは、「花咲く王国で恋をして」。略して「花恋」です。

 剣と魔法のファンタジーな世界で、王侯貴族の人だけが在籍する学園を舞台に、恋に冒険に学業に励む恋愛育成シミュレーションゲームになります。

 主人公(ヒロイン)は、平民ながら魔力の多さと希少な光魔法の素質を持っていたため貴族の養女となって学園に通うことになったフリージア・チャールストン。

 攻略対象は次の五名です。

 常に人を見下す俺様王子、ニゲラ・フラワーガーデン。

 王子の護衛で体育会系脳筋騎士、ローレル・ベスビアス。

 血統第一主義の冷酷な大貴族令息、ガザニア・ラバグルト。

 王家御用達の大商家の息子で腹黒商人(あきんど)、ケール・イントリーグ。

 自由奔放な遊び人聖職者、アスター・カーディナル。

 この国の名前はゲームの設定と同じフラワーガーデン王国で、王族貴族以外は入学できない王立ブルーローズ学園も王都には存在します。

 ヒロインの名前や生い立ちも今の私と一致するし、ゲームのCGにある幼少期のヒロインの姿は私によく似ています。私の珍しい魔法の才能というのは光魔法のことでしょう。

 攻略対象と本格的に出会うのはゲーム本編が始まる五年後ですが、主攻略対象であるニゲラ王子との出会いは今日済ませました。

 あのキラッキラな男の子は、幼き日のニゲラ王子です。オープニングイベントのシーンそのままでした。

 どうやらゲームで見た光景を目にしたことで前世の記憶が甦ったようです。

 そうそう、男だった前世の人がどうして乙女ゲームに詳しいのかというと、このゲームの製作スタッフの一人だったからです。

 ただ、プログラマーだったので、シナリオライターさんほどには物語の裏の裏まで知り尽くしているわけではないようです。

 それでも主要な設定や発生するイベント等、この世界の人が知り得ない情報や未来に起こり得る出来事を知っていたりします。


 さて、この世界が乙女ゲームの世界だとすると、将来が少々不安になります。

 ヒロインなのだから何の心配もないのではないか? と思うかもしれません。

 いえいえ、前世が男ですよ、私。殿方と恋愛なんてできるわけないでしょう。

 それにこのゲーム、「花咲く王国で恋をして」ではヒロインと言えども安心していられません。

 ゲームの前半は育成パートと会話イベントが中心で特に危ないことはありません。しかし、後半の個別ルートに入ると危険なイベント目白押しです。

 魔物に襲われたり、封印された魔獣やら魔王やらが復活したり、邪神教団に拉致されたり、内乱が起こったり。

 ヒロインは危機に陥ってもギリギリで助かりますが、ゲームが現実となったこの世界でも都合よく毎回助かる保証はありません。

 それに、ヒロインは助かっても大勢の死者、犠牲者が出ます。正直どのルートにも入りたくありません。

 そもそも、攻略対象が()()五人です。

 神学と光魔法の講師であるアスターを除いて学園の生徒で、顔も家柄も極上ですが、全員性格に癖があり過ぎます。

 私も、前世の人格と折り合いをつけて女の幸せを求めるにしても、この方々はどうかと思ってしまうのです。

 内乱王子、パワハラ(物理)騎士、血統最優先冷血公爵、悪徳商人、生臭坊主。

 どなたと結ばれても幸せな家庭は想像できません。エンディング直後は恋愛感情から大切にしてくれるでしょうが、熱が冷めれば元の難ありの性格が顔を出すでしょう。

 前世の人曰く、「最近の乙女は、あんな男がいいのか?」

 スタッフの一人でキャラデザをしたグラフィッカーの女性曰く「あれは観賞用イケメン。遠くで見ているのが一番!」

 同じくスタッフの一人、シナリオライターさん曰く「一見いい話に見えて、よく考えてみるとヒロインと攻略対象の残念さが際立つように工夫しました!」

 なんだかヒロインも含めてひどい扱いですが、これには理由があります。

 この乙女ゲーム「花咲く王国で恋をして」には原作、というか元ネタがあります。

 それは、「死亡エンドしかない悪役令嬢に転生したので、どんな手を使っても生き延びます」という小説です。略して「死嬢」と呼ばれています。

……何だか凄い略称です。これだけ見るとアンデッドの話かと思ってしまいそうです。

 タイトルから分かるように、乙女ゲームの悪役令嬢に転生した主人公がヒロインや攻略対象の考えなしの行動に振り回されながら、ゲームのシナリオから逃れて生き延びようと頑張る話です。

 その小説の中で主人公が前世でプレイしていた乙女ゲームを再現したのが、「花咲く王国で恋をして」なのです。

……なんだかややこしくなってきました。もしかするとこの世界は乙女ゲームの「花恋」の世界ではなく、小説「死嬢」の世界なのかもしれません。

 ゲームの悪役令嬢の名前は、カルミア・ラバグルト。攻略対象の一人、ガザニア・ラバグルトの妹です。彼女が転生者だったら小説の方の世界の可能性があります。機会があったら確かめてみたいところです。

 もっとも、前世の人が作ったゲームの世界でも、その元になった小説の世界でもあまり違いはありません。

 悪役令嬢主役の小説を元に作られたこのゲームは、普通の乙女ゲームの体裁を取りながらも小説の内容をふんだんに取り入れています。

 悪役令嬢カルミア・ラバグルトはヒロインの恋の邪魔をしますが、その主張は正論であり、ヒロインと攻略対象の巻き起こすトラブルをどうにか防ごうとするものです。

 ヒロインのフリージア・チャールストンは平民出身であるため貴族としての常識に疎いところがあり、何気ない一言が周囲の人を動かし問題を引き起こすトラブルメーカーです。

 攻略対象の五名は、個別ルートのイベントではヒロインと共に大活躍しますが、その発端もしくは被害を拡大したのは彼ら自身だったなんて展開もあります。

 小説の世界観を忠実に再現した上で、ヒロインや攻略対象の視点から見ていい話風に仕立てたというのがゲームの正体です。

 開発コードは「お花畑」。ヒロインの頭の中がお花畑だという意味です。

 シナリオライターさんのやり切ったどや顔が目に浮かびます。

 だから隠しシナリオとして、ニゲラ王子がヒロインと共に失脚する「ざまぁルート」や、ヒロインやニゲラ王子と共に内乱を起こした攻略対象全員が死亡したり処刑されたりする通称「皆殺しルート」などというものもあります。小説のファンにとってはこちらが正しい結末でしょう。

 小説でもゲームでも、ヒロイン(フリージア)は真の悪役なのです。ハッピーエンドは悪役令嬢のカルミア様をはじめとする罪なき多くの人の死の上に成立します。

 困ったことに、ヒロインのポジションは「無邪気に周囲の男を扇動して混乱に導く、悪意無き悪女」なのだそうです。

 つまり、私にその気が何一つ無くても、周囲が勝手にやらかして大惨事になる可能性があります。それも私のためだとか言いながら。

 困りました。

 本当に困りました。

 確実にシナリオを進めないためには、私が学園に入学しないのが一番なのですが、それは無理です。

 私は学園に通うために伯爵様の養女になったのです。学園に通って国や領地に役立つ人材になるために、領の予算も使用されています。

 いくら優しいお義父様でも、そんな意味不明な我儘を許すことはできません。

 どうしましょう?


・フリージア

 誕生日:3月23日

 花言葉:澄んだ心


主要な登場人物の名前は花の名前を当てています。

また、誕生花から逆算した誕生日と、花言葉を設定しています。

ただ、誕生花や花言葉は調べた資料によって違っていたりします。花言葉もキャラに合っているかと言うとやや微妙ではあります。

こんな誕生花・花言葉もあるという程度に思っていただければ幸いです。

それから、貴族の家名には薔薇の品種の名称を使用しています。(王家は別)


週一くらいで更新予定です。

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