集う才能
幼稚園時代は楽しかった。だがそんな時代はすぐに過ぎ去っていった。俺たちは小学生となった。樒が私立の名門に行くのに合わせて俺もそこへ進学。エレウテリアも一緒に進学した。
「ではこの問題は泡沫くん」
小学校の授業は退屈だ。そのくせたまにこっちのことをさしてくる。
「はい。こうですよね」
「す、すごいわね!これは中学一年レベルの数学の問題なのに!」
ンなもんを問題に出すんじゃねぇよ。ついついチート知識を披露しちまったじゃねぇか馬鹿野郎が。
「泡沫くんすげぇ」「あれが天才…」「式部さんも彼のこと好きっぽいしなぁ」「エレウテリアさんなんかいつも一緒じゃん」「天才様は何でもお持ちですか。けっこうなことだぜ」
小学生のくせに陰口がきつい。俺が前世で通っていた小学校なんて学級崩壊しかけてたのに、ここじゃなんか陰惨な足の引っ張り合いみたいなものを感じる。これが私学の小学校って奴なのか。恐ろしい。だけど所詮は小学生。休み時間になると遊びに熱中する。
「今日もドロケイしようぜ!」
「「「「「おおおおおおおおおおお!」」」」」
俺も含めたドロケイ沼ガチ勢が校庭でドロケイに熱中していた。うちの小学校でのドロケイは半分くらいラグビーみたいなルールで行われている。泥棒は相手のゴールからボールを盗み自陣へ持ち帰り、警察はボールを奪い返すというハードなルール。もちろん体当たりはなし。タッチされたら泥棒はボールを引き渡すルールだ。
「「「「きゃー!泡沫くん素敵ー!」」」」
俺はボールを抱えて迫りくるケーサツの子供たちを次々に華麗によけて自陣にボールを届けた。ガキどもを回避するのはデイモーンどもの怪獣の攻撃を回避するのにくらべればたいしたことはまったくないのだから。
『楽しいですか?前世で培ってきた世界最高峰のパイロット技能で小学生相手に無双するのは楽しいですか?』
『おう!めっちゃ楽しいぞ!気持ちいいいいぃいいい!』
『マスター…』
脳内に住んでいるAIのカイ・フィーが呆れているようだが、俺からしたら陰キャでその上徴兵後は体がボロボロに削られた身である。小学校時代に輝かしい思い出を作ったってべつにいいだろうが。
「お疲れ様です枢さん。これどうぞ」
「おう。ありがとう」
樒がタオルを俺に渡してくれた。ホントこの子は気が利くなぁ。小学生になって樒はさらに綺麗になった。将来美人になっているのは知っているけど、この時代から可愛いのは反則だと思う。
「おまえは流石だな!これをやろう」
エレウテリアから四葉のクローバーを貰った。え?何このレアもん。初めて見た。
「押し花にでもするよ。ありがとう」
「大事にするがいいぞ」
ドヤ顔がなんか可愛い。しかしこの子はなんか変わり者だ。花を育てたり石を拾ったり虫を捕まえてみたり。あまり小学生の女子っぽい趣味は持っていない。まあだからなんだって話だけども。幼稚園あたりで俺についてくるのをやめると思っていたのだが、今でも俺の周りをちょろちょろしている。学校のみんなには樒とセットでいつもの三人組みたいな扱いになっている。まあそんな楽しい生活を送ってはいたのだが、ある日転校生がやってきた。
「アメリカから転校してきた樋口凪奈さんです。皆さんなかよくしてくださいね。樋口さん自己紹介を」
担任の先生から転校生の名を紹介された。その時、俺の心拍数が明らかに上がった。
「どうしたおまえ。顔色が悪いぞ。うんこか?」
「いや。ウンコは大丈夫。というか女の子はウンコって言わない方が良いと思うよ」
隣の席のエレウテリアが俺のことを心配そうに見ている。この子はけっこう俺のことをよく見ているんだなって思った。
『マスター。電子的工作を行って、樋口凪奈を別のクラスに移動させますか?今ならできますよ』
『いや。変な工作をしてバレても面倒だ。放っておけ』
『ですがマスター。前世とは言えあなたの体を弄り倒した者が傍にいるのは精神健康上良くないと思うのですが』
そう。転校してきた樋口凪奈は前世において俺の体を弄り倒した科学者たちのリーダーだった。俺を極限まで改造し、そして世界最強のクールスを作り出したのも彼女だ。前世における国連軍の技術顧問であり、ゴットストーム作戦の成功の立役者。俺からすれば体を切り刻んでいったくそマッドサイエンティストだが。
『むしろ彼女はこの先の世界の陰謀の中心に近い人物だ。近くで監視している方が得策だ』
『了解しました。マスターがそう判断なさるなら従います』
とはいえどもトラウマというほどではないが、彼女の顔を見ると気分が悪くなる。美しい顔でひどく歪な言動を繰り返す狂気のサイエンティストだった。
『思いついたよ!脳とダイレクトにクールスの操縦系を繋ごう!視界のリンクもだ!そうなる棟ではノイズになるからさようならだね!これできっとまた多くの人間が救えるんだ!頑張ってくれ!あはは!あーはははっはあ!』
そんなことを言いながら俺を改造していくのだからたまったものではない。だけど同時によく覚えている。ゴットストーム作戦の直前に樋口凪奈は自殺した。遺書には一言。俺への謝罪と人類の未来を憂う言葉だけが残されていたそうだ。悪人だったとは思えない。可哀そうなやつだった。それが俺の彼女への印象だ。
「樋口凪奈だ。ボクはもうPh.D.をMITで取得している。この国においては義務教育だからここに通っているだけで、本来ならば今更初等教育なんて受ける必要はないんだ。ボクに干渉するのは必要最低限だけにしてくれ、ボクも君たちに干渉するのは必要最低限にする。お互いの境界は超えないようにしよう」
いきなりパンチ利いたことを言ってきやがった。俺たちを見下しているようでもあるが、それ以上にどこか寂しげにも見える。なげやりというかやけっぱちというかそういう自暴自棄感も感じるのは気のせいだろうか?
「えー、えーっと。皆さん樋口さんに聞きたいことはありませんか?」
明らかに戸惑っている担任の先生が転校生への質問タイムを設けた。するとエレウテリアが手を上げた。
「はい!はーいはい!ピーエッチディーってなんだ!なんかエッチなのか?!ピーって伏字か?!どれくらいエッチなんだ!樋口はエッチなのか!」
ぶほぉ!俺は吹き出してしまった。Ph.D.とはいわゆる博士号のことだが、小学生からすればなんのことかわからないだろう。
「え、エッチ?!ちがう!ボクはエッチじゃない!Ph.D.は学位だ!博士号のことだ!」
「博士!?頭いいってことか!エッチはかせか!エッチなことなんでも知ってるのか?!すごいな樋口!!」
エレウテリアさん全然何もわかってない。
「なんなんだ!?もう!だからいやなんだ!小学生なんぞと一緒に過ごすなんて!博士を持っているのに何でこんなバカどもの檻の中にいなきゃいけないんだ!」
樋口は憤りを隠しきれていない。だけど周りをバカ扱いしていることは教室のみんなに伝わっている。転校直後で樋口はそのまま孤立してしまった。
数日たっても樋口は教室に馴染む様子がなかった。まあPh.D.なんて持ってるのに子供と一緒に授業を受けても辛いだけだろう。学校側もそこらへんはわかっているのか、樋口は授業中も一人パソコンでもくもくと何かをやっていることを黙認することになった。
「心配ですね。樋口さんお友達いないのはちょっとかわいそうです」
樒は樋口を心配しているようだ。なんだろう。この子の方が樋口よりずっと大人に見える。
「あいつはえっちはかせのくせにエッチなことを教えてくれないケチだ!自業自得だ!」
「だからPh.D.だっつーの」
最近のエレウテリアはエッチなことに興味津々のお年頃だ。小学生の性教育なんてぼかしてるからな。思春期が始まりかかっている子供の好奇心をどうこうできるものではない。
「でも私たちと音も代になるには彼女は頭が良すぎます。我々では釣り合わないでしょう」
「まあそうだねぇ」
俺としても樋口の顔を見ると過去の嫌なことを思い出すので可能な限り避けているところはある。だけどそろそろ慣れてはきたのだ。彼女と友好関係を築いて未来に備えたい気持ちはある。
「おい樋口!」
エレウテリアは目を離した隙に樋口の席に近寄って彼女に声をかけていた。
「うるさい。ボクにはなしかけないでくれ」
「勝負しろ!」
あいつは何を言っているんだ?
「勝負?やめてくれ。何をやってもボクには勝てないよ。君たちとは頭の出来が違うんだ。どんな勝負だって負けやしないよ」
「ふ!はたしてそうかな?」
そう言ってエレウテリアがカバンから取り出したのは麻雀のセットだった。
「はぁ?それは麻雀か?!小学生の君が?!麻雀?!」
「そう。わたしはこの学校一の雀士。さっき言ったな。どんな勝負だって負けないと。エッチはかせは頭の出来が違うと。なら証明してみろ。卓の上でな!」
そしてマットを隣の机に敷き、麻雀牌をその上にぶちまける。
「おまえと樒も来い!お引きをやらせてやる!」
「ちょっと何言ってるかわかんないんだけど。ていうかあいつ麻雀出来るのかよ!誰から習ったんだ?!」
「す、すみません。私の家に遊びに来ているときに…祖母が面白がってエレウテリアさんに麻雀を教えてしまいました…」
樒は申し訳なさそうに指をいじいじしている。
「お前んち名門の名前返上しろ。小学生に麻雀を仕込むな!」
「いいからはやくこい!」
エレウテリアに急かされて俺と樒も卓に着いた。
「ばかばかしい。そんなもの不確実性の混ざるギャンブルだ。それでは人間が持つ能力を測ることは出来ない。ボクはそんなもので勝負する気にはなれないな」
「くくく。じゃくしゃはそういいわけする。うんのよさ。それはぐうぜんではなくにんげんちからがよびよせるうんめい。って樒のおばあちゃんがいってた」
「人の言葉かよ」
「だからおまえがしんにすぐれているにんげんであるとしょうめいしたければ牌の声を聞くほかない。さあ勝負だ!それとも逃げるか?くくく」
「ほうぅ!いいだろう!このボクをコケにしたことを悔いるがいい!」
そして俺たちの麻雀バトルが始まった。てか小学生でマージャンっていいのかなぁ?
「麻雀なんて所詮は牌を並べるだけのゲーム。その法則性は限られており、数学的に最も効率のいい行動パターンは自ずと絞られてくる」
麻雀は一時期データ打ちなんていうデジタル派が勃興したこともあった。確かに確率論的には最適な行動パターンは自ずと絞られるのだろう。
「ツモ。ピンフタンヤオドラ1」
樋口はあっさりと一巡目からツモってきた。その頭脳の冴えは見事だ。場に出ている牌のすべてを記憶し常に最適な手筋を出力するスーパーデジタル打ち。現代っ子ならではの麻雀。手堅い。だが強い。だけどエレウテリアは笑っていた。いや嗤っていたのだ。
「何がおかしい?」
「樋口は数字と遊んでいる。ゆえに牌の声が聞こえていない」
「そんなものは存在しない」
「わたしには聞こえる。お前が牌たちに愛されていない声が。最後のアドバイスを聞かせてやる。耳を傾けろ牌の声に…」
そして牌の山を崩して詰みなおして二巡目が始まる。だけど一瞬。エレウテリアが凄まじい速さで何か指を動かしたのが見えた。
『マスター…今の…』
『何が牌の声を聞くだよ…あーもう知らね。どうにでもなれ』
そして二巡目が始まる。樋口はあっさりと聴牌した。そしてリー棒を出してリーチを宣言した。
「君の捨て牌を見れば自然とあぶれる牌はわかる。僕のリーチは確実に君を喰らうよ。ふふふ」
樋口は楽し気にそう言った。確実に勝利を確信している。だけどエレウテリアはまだ余裕の姿を崩さない。
「槓」
エレウテリアはそう言ってカンをした。するとそれはなんとすべてがドラの牌だった。
「なに?!馬鹿な!?確率的に言ってあり得ない」
そう確率的には無視していい事象だ。だけどさっきエレウテリアはいかさまをやっていた。気づいていたのは俺くらいだけど。牌を山に積む時に自分のところにドラをかき集めやがったのだ。そしてエレウテリアは嶺上の牌を弾いてくる。その後それを手配に加えて。牌を捨ててリー棒を投げてリーチを宣言する。
「な、なに?!」
「牌の声が聞こえた。もうお前は牌の意思から逃げられない」
なんかかっこいいことを言ってる。そして樋口の順番が来て、牌をツモるが上がれなかった。そしてそれを捨てる。
「ロン」
樋口は目を見開く。その捨て牌こそがエレウテリアの待ち牌!
「リーチ一発清一色タンヤオドラ6。数えなくても十分。樋口お前は飛んだ」
「うそだ!こんなの在り得ない!ボクの計算にはこんなのなかった!」
「だから負けた。計算できない牌の声を無視したからお前は負けた。わたしのことを見なかったから負けたのだ」
「ううっ。そんなぁ…」
樋口は涙目だ。プライドをズタボロにされた。この一局で樋口の心はエレウテリアに折られたのだ。ボロボロと涙を流しながら樋口はエレウテリアを見る。
「やっとわたしを見てくれたな樋口」
「…あ…ボクは…ああ…そうか…わたしは…誰のことも見ていなかったんだ…」
なんか青春の一ページっぽいやり取りしてるけど。
「なあ樋口。なんか浸ってるところ悪いんだけど。エレウテリアはバリバリイカサマやってたぞ」
「え?そうなの?」
俺がそう言うとエレウテリアはさっと顔を反らす。
「そ、そう!つまり樋口がちゃんとわたしを見ていなかったからイカサマにきづかなかったのだ!わたしは悪くない!負けた奴が悪い!」
「人のせいにすんなよ」
「いや。エレウテリアのいう通りだよ…ボクは目の前の対戦相手のことさえ見ていなかった…だから負けるのも当然さ…あはは。なんで負けたのにこんなに気持ちがいいんだろう…」
樋口は立ち上がりエレウテリアに手を差し出した。
「ボクのことは凪奈でいいよ。そう呼んで欲しい。ボクの友達になってください」
そして差し出された手をエレウテリアは握り返す。
「ああ。わたしたちはともだちだ」
なんか友情が芽生えた。俺と樒は顔を見合わせたけどお互いにふっと笑ってこの友情を祝福することにした。
「いい話の途中なのですが、よろしいですか?」
いつの間にか担任の先生が俺たちの傍にいた。その眼はひどく冷たい。
「学校に麻雀持ってくるとか何考えてるんですか?」
「え?いやこれはその…」
エレウテリアはメッチャ目を泳がせている。
「全員指導室に来なさい。お説教です」
「「「「ぎゃああああああああ!」」」」
俺たちはお説教部屋に連行された。そして沢山の先生たちから鬼詰めされたのだった。だけど次の日から樋口はエレウテリアと俺と樒とは話すようになった。こうして俺にまた一人友達ができた。未来の哀しいマッドサイエンティスト。この子の力は俺にとって強い味方になるだろう。そして同時に彼女自身の不幸な未来を回避できるように守ってやりたい。前世で彼女は自分の手を汚して人類を守ったのだ。その意思に応えたいと俺は思った。