再起動
蒸し暑い風が秋風に変わり心地良くなり始めた頃、
風に靡く髪とその隙間から見える印象的な目、
そして、その目で私を捉える彼に心を奪われた。
楓 「…せんせ、私好きなんだ」
咥えていた煙草を地面に擦りつけ、彼は静かに首を横に振る。
黒 「だめだよ」
その一言で私の初恋はあっさり終わってしまった
だけどそんな落ち込んでしまった私の頭を優しく撫でて
黒 「でも…ありがとう」
と微笑んでくれた
その日から随分と月日は経ち、私は少し早めの社会人になった
ずっと仲の良い麻美とその日は飲みに行っていた
麻 「ねぇ、あの人かっこよくない?」
居酒屋の厨房に立つ男性を見て、彼女は目を輝かせる
楓 「そう?…………あ」
麻美がかっこいいと言った男性の隣で作業をしていた人に私は見覚えがあった
そして
黒 「久しぶり」
私に気づいた彼は笑顔でそう言った
麻 「知り合い?」
楓 「…まぁ…前にね」
黒 「元気にしてた?」
楓 「見ての通り?」
麻 「え~っと~…黒木、さん?隣の人と喋りたい!」
黒 「あ〜、裕樹さん?ちょっと待ってね」
黒木さんは裕樹さんという人に声をかけると、一緒に近くに来た
黒 「僕の知り合いの友達が喋りたいって」
裕 「へー、どうも」
見た目は肩幅もあって身長もあって、少し長めの髪が頭に巻いているタオルからはみ出ていた
声はかなり低いが、すごく落ち着いていて心地いい
麻 「裕樹さん、っていうんですね!初めまして!」
アルコールのせいなのか少し顔を赤らめて挨拶をする麻美に裕樹さんという人は軽く会釈をした
黒 「クールでしょ?」
麻 「ますます気になる!何歳ですか?」
裕 「興味ある?俺の年齢なんて」
麻 「あります!ちなみに私と楓は今年で20!」
裕 「ふーん、若いね」
黒 「俺は君たちの5個上で、裕樹さんは9個上かな」
麻 「私、年上と付き合いたいんですよね〜」
楓 「もうやめなよ、仕事中だし…」
裕 「まぁまた声かけて」
裕樹さんはすっと自分の持ち場に帰り、黒木さんは麻美と話していた
麻 「楓とはどこで知り合ったの?
5個上だったら中学とかも被らないでしょ?」
黒 「塾だよ、俺がアルバイトで講師してて、」
麻 「ふーん…楓好きでしょ?」
楓 「え?そんなことないよ」
麻 「黒木さんは彼女いるの?」
黒 「どうかな?考えてみて」
少し笑って黒木さんも持ち場に帰った
久しぶりに会う彼は、以前よりもかっこよく見えた
それと同時に私の胸もまた密かに高鳴る
楓 「ごめん、お手洗い行ってくる」
トイレを出ると隣に喫煙所があって中に1人の男性がいた
その人に軽く会釈をして私も煙草に火をつけた
裕 「セッター、一緒」
楓 「え?…あぁ、さっきの」
裕 「黒木と仲良いの?」
タオルではなく黒のキャップを目深かに被った裕樹さんは煙草を吸いながらそんなことを聞く
楓 「仲良いというか…なんというか」
裕 「…好きなんだ?」
楓 「いや…今日は本当に久しぶりだったし」
裕 「だったし…ってことは前は好きだったんだ」
楓 「あ…」
軽く笑った裕樹さんは私に言った
裕 「ここさ、今人たりてないで、バイト入れば?」
楓 「え、」
裕 「俺、社員だし言えば入れるけど」
楓 「…入ろうかな…」
裕 「じゃあ後日一回面接おいで」
煙草を灰皿の中で潰して、裕樹さんは出て行った
席に戻ると、黒木さんは1人の女性と親しそうに会話していた
麻 「彼女らしい」
楓 「ふーん…」
麻 「ねぇ、煙草吸ってきたの?」
楓 「うん、ごめん」
麻 「全然いいけどさ?身体に毒だよ」
黒木さんは彼女を入り口まで送って、私達の元に帰ってきた
楓 「彼女いたんだ」
黒 「うん、2年目かな」
楓 「そっか」
半分以上グラスに残ったレモンサワーを、私は一気に飲んだ
裕 「黒木、さっき店長が呼んでた」
黒 「ほんとですか?ありがとうございます」
黒木さんが裏に行って、裕樹さんは私に水が入ったグラスをくれた
楓 「ありがとうございます」
裕 「今日は帰りな、あ、面接のこととか話したいから
連絡先教えてもらっていい?」
楓 「はい」
麻 「え?なにそれ私も交換したいし面接ってなに?」
裕 「ごめんね、人数足りちゃったし
俺、連絡先必要な人としか交換しないんだよね」
私と連絡先を交換した裕樹さんは、何食わぬ顔で仕事をする
黒木さんに挨拶をすることなく、店を出た私達はそのまま解散した
ピロン
裕 “さっきはありがとね、そう言えば名前なに?”
楓 “白川 楓っていいます”
裕 “楓ね、覚えとく、黒木のことまた教えてよ”
楓 “からかいですか?”
裕 “まぁ、そんなとこ?笑”
その日は久しぶりに黒木さんの夢を見た。
黒木さんは私の頬を優しく撫でて微笑む
それにつられて笑う私の視線の先には、涙を流す女性
誰かははっきりと見えなかったけど、雰囲気的に彼女だろう
黒木さんはこう言った
黒 「俺だけのものになって」
その夢が現実になるまで、そう時間はかからなかった