122『無理をしてでも見せたい余裕が大人にはある』
ついに…ついにこの日がやってきた。今日のために数々の対策を立て、何度もイメージトレーニングをし、考えうる限り最強のつよつよな装備も用意した。手伝ってくれたみんなには本当に感謝しかない。玄関に取り付けられた全身が見える大きな鏡の前に立って、身だしなみの最終確認をする。
ママに髪をセットしてもらって、それから軽くだがメイクもしてもらった。服装は百々ちゃと永遠さん、それにオレが助っ人として呼んだ仄ちゃんという頼れるメンバーたちに選んでもらった渾身のコーデを纏っている。ギャルと言えば露出度高めだとばかり思っていたのだが、今回のオレの服装は肩も出していないしお腹も出していない。足はめっちゃ出してるけど!
「ギャル道…奥深いな…」
ママに何言ってるのー、とツッコミを入れられながら、装備の点検を続ける。特に気に入っているのは仄ちゃんが選んでくれた首につけているチョーカーと、百々ちゃが選んでくれた靴…ヒールブーツとかいうゴツい感じのやつだろうか。てかこのブーツ、正直この中で一番気に入ってるアイテムかもしれない…ゴツくてかっこいいしな! あとおっきめなマフラーも! もこもこしてるしあったかい!
ここへさらに百々ちゃと一緒に作ったネイルチップと、永遠さんが選んでくれた挟むだけで付けられるイヤリングまで装着している…ふふふ…我ながらすっっごく可愛く仕上がってると思う! まぁオレは元々抜群に可愛いけど! …っと、そろそろ時間が本気でヤバい!!
「行ってきます!!」
ママのいってらっしゃいを聞き終わる間もなく、待ち合わせ場所へと急いで向かう。──決戦の時は近い。
◇
「な、なんとか…間に合った…!」
白い息を大きく吐きながら、待ち合わせ場所に指定された駅前をキョロキョロと周りを見渡しながら歩く。思えば誰かと待ち合わせ、なんていうのも久しぶりだなぁと、ふと思う。三期生のみんなと出かけるときなんかは百々ちゃが車で家まで迎えにきてくれることがほとんどだったし。…正直思い出したくないくらい恥ずかしい話だが、おそらくは初めて百々ちゃと会ったとき、オレが知らない人に絡まれて百々ちゃに助けてもらった事があったからなのだろう。
その教訓を活かして今回は時間ピッタリに着くように家を出たから、たぶんもう因幡先輩も着いてると思うんだけど…。そんなことを考えながら歩いているとスマホが鳴った。通話…因幡先輩からだ。急いで出ると、因幡先輩の声がスマホと、さらにオレの後ろから聞こえてきた。
「………」
「………」
振り向き、お互いに沈黙。実際に何度か会ったことがあるので、目の前の人が因幡先輩であることは間違いない。間違いないのだが…オレはその服装を見て言葉を失っていた。
大人っぽさ溢れるスーツ姿。ズボン…じゃなくてパンツスーツ? というやつだろう。因幡先輩の身長の高さも相まってすごくかっこいいと思う。デキる大人の女性という感じだ。その服装のせいだろうか、しかもなんかこう、纏っている雰囲気までいつもと全然違う気がする…!
せめて、せめて言葉だけでも先手を取らねば! と意気込み声を出そうとするが、因幡先輩はそんなオレを軽くあしらうかのごとく、とても落ち着いた声で先に声をかけてきたのだった。
「今日は来てくれて本当にありがとう。ここでは戸崎真白って呼んでくれると嬉しいな」
「!? …あっ、ど、どうもご丁寧に…え、えと…ほ、星宮ひかるです…」
前にオンライブ歌祭りの控え室で話した時や配信などで話した時とはまるで違う、もはや別人なのではないかと疑ってしまうほどの大人な落ち着きっぷり。どこか幽世先輩を彷彿とさせる話し方とその姿に圧倒的なレベルの差を感じながらも、何とかオレの方も名乗り返した。
「改めてよろしくね、星宮さん」
「は、はい…と、戸崎さん…」
にこり、と優しく微笑んでからそれでは行こう、と手をこちらへ向けてくる因幡先輩…戸崎さん。えっ、えっ、と戸惑っていると、迷子にならないように手を繋いでおこうか、と追撃されてしまった。つ、強い…!
実際、あまり知らない場所なので迷子になったらとても困る…! ここは素直に応じておくべきだろう。むしろここで断る方が子供っぽく見られてしまうまである!
(…はっ!? な、なるほど…これ打ち得の戦法だったのか…!)
断られなければこちらから手を繋がせたという心理的優位を取れて、断られればそれはそれで相手は手を繋ぐのなんて嫌! と子供っぽさを見せることになる。これはどちらにしても優位を取ることができるつよつよ戦法だったわけだ。恐るべし…戸崎さん…!
しかーし! オレもこのままやられっぱなしというわけにはいかない! 初手陽キャギャルコーデ威圧戦法こそ破られてしまったが、まだまだサイドプランはちゃんとあるのだ。ふふ…次はこちらから行くぞ!
「と、戸崎さん…」
「うん、どうかした?」
優しい微笑みにうっ、と負けそうになるがなんとか堪えて言葉を紡ぐ。
「そ、その服…す、すっごく似合ってて、お、大人っぽくて、良いと思います…!」
有史以来、常に環境上位に入り続けているお馴染みの褒めデッキだ。きちんと相手を見て褒められるというこのコミュ力の強さ! さすがの戸崎さんも一瞬だが微笑みが揺らいだ。
(ちゃんと効いてる…! 無敵ってわけじゃない、勝てるんだ…!)
しかし、もしかするとその「揺らぎ」すらも布石だったのかもしれない。僅かな時間で再び大人な微笑みを展開しなおし、戸崎さんが沈黙を破る。
「星宮さんも、その服すごく似合ってるよ。星宮さんの魅力をとても引き出していて…まるでモデルさんみたいだ」
そこで終わっていれば、まだ、まだ互角と言えたかもしれない。しかし戸崎さんのターンはさらに続く。
「そのチョーカー、とっても可愛いね」
「は、はい…」
「イヤリング付けられるんだね、これも可愛いよ」
「は、い…」
「ブーツ、かっこいいね。よく似合ってる」
「はい…!」
「それに、ネイル」
繋いでいた手を持ち上げてから、戸崎さんは続ける。
「星宮さんのイメージに合っていて、とっても可愛い…ね?」
「はい…はい…!」
オレの語彙力低めな褒め言葉に対して、一つ一つ要素を挙げての褒めの連撃。しかもオレ自身が気に入っている部分をピンポイントで撃ち抜いてきた。
「もうすぐ…着く…よ」
「はい…ありがとう、ございます…!」
…認めよう。オレは彼女を侮っていた。ここまでは完敗だ。だってその褒め言葉めちゃめちゃ嬉しいもん…! ちゃんとオレのこと見てくれてるんだなってなっちゃったし!! 頑張っておしゃれしてきてよかったって思っちゃったんだけど! え、てかさぁ戸崎さんイケメンお姉さんすぎない?? 前回リアルで話した時は全然こんな感じじゃなかったじゃん!! もしかしてあの陰キャっぷりはキャラを作ってたのか…? ゆいなちゃんやまおー様もVの時とオフの時で全然違うし、仄ちゃんとかも…まぁ最近はせーちゃん成分がかなり滲み出してきてるとはいえ、キャラ作ってるもんな…。歌祭りの時はその後すぐに配信だったから控室でもキャラスイッチをオンにしていたということかもしれない。それで今日は完全オフだから素のこの姿なのかも…。
目的地だと思われる大きなゲームセンターの前に着き、オレは決意を新たにする。もう考えてきた対策や戦法を小出しにして様子を見たりなんてしない。オレは様子を見る側ではないのだ。そう…挑戦者として全力を尽くさなければ!
ぎゅっと、繋がっている手を今一度しっかりと握る。この震えはオレのものか、はたまた戸崎さんのものか。いずれにしても、オレたちはゲームセンターの中へと踏み出して行ったのだった。
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