109『好敵手と書いて友と呼ぶみたいなやつ』
オレたちが何をどれだけ悟ろうとも、こうして配信は続く。隙あらば差し込まれる夢咲さんの宵あかりへのだいぶ強火な想いをなんとかいなしつつ、トークを回していたオレたちだったが、ようやく三人が共通してしっかりと話せるであろう話題へと辿り着いていた。
『歌ってマジでどれだけ練習しても上手くなってる気がしないんだよね…』
オレも百々ちゃも、そして夢咲さんもそうだが、オレたちはVtuberの活動としてよく歌を歌っている。今にして思えば自己紹介のときに百々ちゃ、夢咲さんの歌について触れてたんだよね…初手から共通点のある話題を出してくれていたというのにすごく遠回りをしてしまったものだと思う!
『わかるわかる…こう、トレーナーの人とか、マネージャーさんとか。みんなちゃんと上手くなってるよ! って言ってくれるんだけど、実感全然湧かないよね…! あっ、でもよ、宵さんの歌はね! 本当に透き通ってるのに力強くて、高めの音域の声はまるで星が輝いてるみたいだし、最近よく歌ってくれてる低めの音域多めの歌を聴いてて思ったんだけど、そっちはいつものイメージとはまた違うかっこよさと深みがあってね──』
『あっ、ありがと…!』
【うおっ…】
¥1,000
【また夢咲の推し語りが始まってしまった…】
¥2,525
【宵の照れ顔を大量に供給してくれてとても助かる】
【コメントに対してと違って強めに注意できない宵すき】
¥5,000
【ほんと一瞬で打ち解けたなこいつら】
¥1,800
【元より仲良くならんわけない組み合わせではあった】
【宵の低めの声の魅力に気が付くとはこやつやりおる…】
¥500
【あらゆる行動を褒める女】
¥1,300
【細かい言動まで褒められる男】
¥5,000
【照れ宵感謝】
シャンプー何使ってる? とか、今日何食べた? とか、間合いを測りつつも当たり障りのない話題を経て、オレと夢咲さんはお互いに自然と敬語が外れてきていた。夢咲さんはどうか分からないが、少なくともオレにとってはかなりの異常事態である。リスナーさんたちや、すーぐ間合いを測り出して会話が進まなくなるオレたちをサポートしてくれていた百々ちゃも、これには随分驚いていた様子だった。一番驚いてるのはオレ自身だけど!
『──だ、だからね! よ、宵さんはすごいんだよ! 自信持っていいって、思う…!』
『う、うん…! ゆ、夢咲さんの歌もすっごい上手いと思う! じ、自信持っていけ!』
【あまりにもやさしいせかいすぎる】
¥1,000
【こういうのだけ摂取して生きていきたい】
¥2,000
【百々ちゃが母の顔をしている…】
¥10,000
【俺も娘が二人いたかもしれん…】
【宵は男の子やぞ】
まぁ、相変わらずこのすっごい褒めてくるのはちょっと慣れない…めちゃめちゃ嬉しくはあるけどそれ以上に恥ずかしい…でも推しを褒めたくなる気持ち自体はよーくわかるしな。昔のオレなら逃げ出していたかもしれないが、仄ちゃんのおかげで褒め殺しにも少しは耐性が付いたのかもしれない。ありがとう仄ちゃん!
しかしなんというべきか、話せば話すほどオレと夢咲さんは感性というか、そういう部分がよく似てる気がするんだよね。そう、例えば…。
『ん…このポテチなんか弱いな…』
今日のコラボ中、ママの作ってくれた夜食を食べて、さらにその後デザートにポテチを食べていてつい呟いてしまったこの一言。もちろんコメント欄は。
¥800
【弱い!?!?】
¥4,848
【よわよわ♡よわぽてち♡】
¥3,000
【おおよそポテチ食ってて出てくるとは思えない感想】
【ポテチに強さとかあるんだ…】
【食べ物になんてこと言うんだ】
【宵ママに言いつけるぞ】
【こいつずっと何かしら食ってるな】
¥50,000
【宵あかり「ポテチは弱い」】
¥36,000
【見てますかポテチメーカーさん!!!】
【案件とかで言わなくてよかったなお前】
¥1,000
【はい切り抜き行き】
¥1,500
【ショート送り確定】
『いや違っ…! たぶん買ってきて持って帰ってくる途中で…つまりはオレがポテチを弱くした! ポテチは…ポテチは悪くない!!!』
…と言った具合に一瞬にして大騒ぎ。しかし夢咲さんはといえば。
『あっ、その、もしかして…ポテチ割れちゃって、小さくなってるやつ多かったですか…?』
『ゆ、夢咲さんっ…!』
ま、まさか分かってくれるなんて! 隣の百々ちゃですら若干何言ってんだって感じの視線を向けてきてたのに!
言ってしまえばすっごくしょうもないことではあるが、こんな瞬時に理解されたのは初めてだったのでとても感動してしまった。オレのリスナーさんたちにもこの発想力と理解力を学んでほしいと思う! 他にも…。
『今日の夕飯カンブリ食べたんだよね』
『あーカンブリ。カンパチの仲間ね』
『あっ、やっぱそこ仲間なんだ…カンが種族名的な? カン族!』
『絶対そう絶対そう!』
『……ちなみに寒ブリのカンは寒いの寒だし、カンパチのカンは寒いとは特に関係ないカンパチって名前の魚』
『『嘘っ!?!?』』
¥1,800
【?????】
¥200
【あほあほ】
【あまりにも知能の低すぎる会話】
【こっちまでアホになりそう】
【あんまりにもあんまりすぎる…】
¥8,000
【逆に天才かもしれない】
【カン属ってなんだよ】
¥50,000
【カン族 / Kháng / 抗 とはベトナム西北部のソンラ省とライチャウ省に住む少数民族。棚田と牧畜、もち米を主食として生活している。】
【いるんだカン族…】
【なんか…すごいな…】
¥5,000
【嘘じゃないが??】
¥2,000
【ブリとカンパチに謝れ】
¥3,200
【ついでにヒラマサにも謝っておけ】
『なんだよヒラマサって! 勝手に新キャラ出すな!』
こっちはもういっぱいいっぱいだってのに!
【は??】
¥5,000
【新キャラ扱いで草ァ!】
【俺たちに言われましても…】
¥10,000
【文句があるなら母なる海に言え】
¥50,000
【アジ科ブリ属追加SSRヒラマサ】
『あ、アジ科ブリ属…?? …属? 族じゃなくて??』
【この一瞬だけで?マークが多すぎる】
¥4,000
【たぶん宵は属じゃなくて族だと思ってたってことなんだろうか】
【属だろ】
¥500
【族は族で属の上に置かれることがあるよ】
【ちょっと良い疑問点だな】
¥2,005
【重要なことは、正しい答えを見つけることではない。正しい問いを探すことである。】
¥4,141
【この結局何も分かってなさそうな表情が俺を狂わせる…】
【バカにしたり褒めたりしろ】
少し調べてみると、なんと今出ていた連中は全員が同じアジ科ブリ属? なのだという。お前らアジなの、それともブリなの?? もうお魚何も分からないな…? オレは魚について美味しいってことしか知らないのかもしれない…。てか族じゃなくて属なんだ…。
このオレと夢咲さんの反応にオレの方のコメント欄はだいぶ言いたい放題だったが、それは夢咲さんの方のコメント欄でも同じだったようだ。オレたちは絶対オレたち以外にもカン族…カン属だと思ってたやついるって! と必死にコメント欄に抗った。二人の間に確固たる絆が生まれた瞬間だったと言える。
…とそんな具合にどうにも相性が良いというか、似たもの同士な感じだったのだ。歌の話に戻るけど、今だってこうしてお互いに意見が一致したしな!
『夢咲さんはライブでもしっかり自信を持って歌ってるように見えたけど…』
『あ、あれはもう本当にヤケクソな感じで…! 歌わずにトイレに逃げ込んだらどれだけの人に迷惑がかかるんだろうって思うともう逃げられなくてぇ…!』
『あまりにもわかる…オレもまだちゃんとしたライブは一回きりだけど、あの時もヤケクソだったもん』
会場に来てくれているリスナーさんたちや、同じくステージに上がっていた先輩たち。それにライブには準備をしてくれている人たちとか、そもそも企画をした人たちとか、あとは…パッと思いつかないけれど、それでも他にも本当にたくさんの人が関わっているはずだ。それをもし逃げて台無しにしたらと思うと…とてもじゃないが逃げられないだろう。
『ヤケクソだとしても、しっかりパフォーマンスを発揮できているなら大したもの。やっぱり二人とも自信を持っていいと思う』
『も、百々ちゃ…』
『し、獣王さん…』
百々ちゃの優しさに二人して感動しつつ、続いてお腹痛くなったとき何の薬飲んでる? という話で正◯丸の素晴らしさを布教していたところ、夢咲さんが思い出したかのように言った。
『そういえば、あかりちゃんと一緒券の対策を立てるって、あ、あかりちゃん、い、言ってた、けど…』
『あっ、そうじゃん!!』
夢咲さんの襲来ですっかり忘れてたけどそんなこと言ってたわオレ!
『本当に、夢咲さんはあかりのことをよく見てる』
『ま、ママからそう言われるとさすがに照れる…ます…』
『いや実際ナイスすぎる…なんならオレよりオレのこと知ってるまである!』
『ふへぇ…』
配信が始まる前と、始まった直後。その時に感じていた気まずい空気はもはやどこにもない。
溶けてしまった夢咲さん…か、カナンさんが戻るまでの間に、オレは前の配信で口に出していた一緒券の内容一覧を、今度はPCのメモへとうきうきしながら書いていったのだった。
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