107『約束の地から見上げた一番星』
きっとその輝きを私は生涯忘れることはないだろう。初めて意識したのは歌祭りというイベントの時だった。同じ事務所の同期が見ていたその配信。そこには心の底から自らの推しを推す、「らしさ」に溢れた彼女の姿があった。配信していることなんてすっかり忘れてただ純粋に楽しむその姿に、いつの間にか微笑みが溢れていた。あんなに楽しめるなんて羨ましいとも、心のどこかで思っていたのかもしれない。
──けれど、そんなどこか斜に構えていた私のことを彼女は真正面から叩き潰した。
『い、行きますっ!』
その全力で歌う姿に目を奪われた。
心を奪われた。
初めて、「推す」という気持ちが分かった。
私にはよく分かる。人前で歌うことにどれだけの勇気がいるか。上手く歌うことにどれだけの努力が必要か。それらを乗り越えて、彼女は歌った。心を揺さぶられないはずがなかった。だって私も同じだったから。
それから私はずっと、彼女を、あの輝く一番星を推し続けている。
配信中であろうとお構いなしに推しの配信を見始めるような自由さが。
記念配信なんかでも普段と変わらない、リスナーとの距離の近さが。
箱の先輩たちと急にコラボすることになって、頼りになる同期も来られず、一人で頑張ることになっても諦めなかった意志の強さが。
ボイスや、歌。いつだって目の前のことに全力で、妥協せずにやり遂げるVtuberとしての姿勢が。
私はどんどん大好きになっていった。
フェスでステージに立つ、3Dの彼女を見た時は気が狂いそうだった。仕草の一つ一つがイメージしていた彼女そのものだったから。
続く歌では当然のように気が狂った。数日間配信もライブも何も手に付かなかった。歌うときの彼女は普段の守ってあげたくなるような愛らしさは微塵もなくて、代わりに圧倒的な熱量と真剣さが顔を出す。ついさっき、ジャンプの着地に失敗して尻餅をついていた彼女はどこにもいない。
『行こう 今 この夜を』
あの姿が、等身大でありながら夜空の星のごとく壮大なその在り方が、目に、脳に、心に、焼き付いて離れなかった。
だからこそ、彼女が活動を休止してしまったとき、私はどうしたらいいのか分からなくなった。
『あかり…?』
『あかりちゃん?』
それが只事でないことは配信越しでも一瞬で分かった。落ちたマイクの音。動揺すら置き去りにした彼女の同期たちの声。ああ、取り返しのつかない何かが推しに起こったのだと、そう思った。
その時ちょうど、私はライブの間近で、最後の調整の合間にその配信を見ていた。何もできないことが悔しかった。できるなら、すぐにでも彼女の元へ行きたかった。でも、それは私の役目ではないことは考えるまでもなく分かる。
それでも少し、ほんの僅かでも私の言葉が彼女の力になってくれればいいと…。
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● 夢咲カナン@あっとドリーマー1期生✓ @Drm_YC ・~分前 …
心の底から愛してる推しにはいつだって笑っててほしい。
今はゆっくり休んで…でも絶対帰ってきてくれぇ宵あかり…!
o〇 ↺ ♡ □ ↑
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…それまで配信なんかでも直接彼女の名前を出したことはなかった。それでもリスナーさんには普通に気付かれてたみたいだけど…私の推しは未来永劫彼女ただ一人だから、単に「推し」とだけ呼んでいた。でもこの時ばかりは名前を出して、心の底から愛していると、絶対に帰ってきて欲しいと、そう言葉にした。なんて事はないただの自己満足だけれど、それでもここにも一人、『宵あかり』を待っている人がいると、そう伝えたかった。
数日が経って、彼女はきっと向き合って、そして色々なことを乗り越えて、もう一度『宵あかり』として私たちの前に帰ってきてくれた。とても驚かずにはいられないような事情を引っ提げて。世間では設定と絡めて本当の休止理由をぼかしてるって声もあったけど、私はあの場で語られたことこそが真実だったんじゃないかと思っている。彼女じゃなくて彼って呼ぶべきなのかなぁ…それはそうと、ちょうどライブ中に彼女が復活したことを知った私は過去最高のパフォーマンスを発揮できた。その後のステージは緊張なんてまったくしなくて、それどころかテンション爆上がりで歌い終わったあとつい『愛してる!』なんて叫んでしまったのもいい思い出だ。本当に彼女には感謝してもしきれない。
──そして、今日。
イベント明けということもあって珍しく収録や配信もなく、私は一人、部屋で推しの配信を堪能していたのだった。
『あっ、ママ。ご飯できたの!? すぐ行くねっ!』
「なんでこんな可愛い生き物がこの世に生まれたんだろう…当然と言えば当然だけどその尊き生命を育んだママまで可愛さに満ちてるし…その謎を解明するべく我々はAmazonの奥地へと向かった…」
やっぱりこうして配信をリアルタイムで追えるというのは本当に素晴らしいことだと思う。私の所属する『あっとドリーマー』は年末年始はライブがあったり、他にもイベントがこれでもかと詰め込まれていて、彼女と一緒の時間を過ごすには難しい日々が続いていた。しかも彼女の方も以前と比べると配信頻度が下がってしまっていて…宵あかりを続けるためだと言っていたけど正直心配だ…でもだからこそ、こうしてたまに生で見れたときの喜びは計り知れないものがある。もちろん欲を言えば全部リアタイしたいけど!
『ん、というわけでももよいらいぶは一旦終了。次はまたもう少し夜が深まったら再開する』
『じゃなー!』
明日も推しがいるから頑張れる。そんな気持ちを込めて、私は配信の終わり際に感謝の赤スパを投げた。ちなみにリアタイしているときは毎回投げている。コメントは主に無言で。私は認知されたいタイプのオタクじゃないのだ。推しが健やかに楽しく生きていてくれればそれで良い…まぁ私が獣王百々さんの立場になりたくないのかと言われれば…そんなんなりたいに決まってるだろ暴れるぞ!! あと暁仄さんのポジションにもなってみてぇ!!
…取り乱したが、それでも私は推しが幸せそうならそれが一番良いと、心の底からそう思うのだ。パッと、私の投げたスパチャがコメント欄に表示される。じゃなーと言って配信を終える彼女を見守って…
『……ん…? 夢咲カナン…? えっ、あっ……えっ!? ほ、本物??』
見守っ…………えっ、私の名前…? なんで最推しが私の名前を…って
「あ゛゛っ゛」
夢咲カナン
¥50,000
【】
あか…アカウント…これ…あぁ…。
【夢咲カナン!?】
【カナンお前!!!】
【とうとうやったな?】
【あっえっ??】
【は??】
【あっとドリーマーの人!?】
【遂に来てしまったのか】
【いつかやると思ってました】
【こーれガチ本人です】
【本物で草、ライブ本当にお疲れ様でした】
「………スーーーーッ…………」
…こうして掠りはすれど直接交わる事はないだろうと思っていた私たちの道は…とても不本意な形で交わってしまったのだった。
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