98『一区切りついた後の宴はいろいろな意味で大事』
「皆さん、せっかくですからご飯を食べて行かれませんか?」
みんなに優しく見守られながら一頻り泣きじゃくり、そしてようやく落ち着いた頃。いつの間にやらエプロン姿に着替えていたママが上機嫌にそんなことを言った。そういえば永遠さんのライブが終わってから何も食べてない。思えばお腹が空かないなんて経験をしたのは今回が初めてだったな…そんなことを考えていたら急にお腹が空いてきた。しかも今回はみんなで食べるご飯だ。絶っっ対美味しい。まぁいつも美味しいけど!
時間が時間だからだろう、始めはみんな「せっかくのお誘いですが…」と遠慮気味だったが、オレとママが露骨に落ち込んでいる姿を見せると折れてくれたようだった。
「この親子二人揃って顔が良すぎるでしょ…!」
「本当にお母さんなんですか?? お姉さんじゃなくて??」
「まぁ分かるけど、それはわりと舞も刺さるやつじゃない?」
「前もこの表情には勝てなかった…」
「ママのママはすごいな…」
いつもご飯を食べる時はリビングに置いているダイニングテーブルを使っているが、今日は人数が人数なので滅多に…というか、ほぼ正しい用途で使われている記憶のない客間で食べることになった。記憶を掘り起こしてみてもせいぜいママが軽い運動…エクササイズ? をする時に使っている程度のはずだが、部屋の中は綺麗に片付けられている。普段のフローリングの部屋とは違う、畳の匂いがした。
オレの夕ご飯用に作ってくれていたものに加えて作り置きしていた料理も出し、さらにママが張り切って何品か作ったので、テーブルに並んでいる料理の数は凄まじい。なんならちょっとみんなが引いてしまうくらいに。それでもみんなクリスマス配信が終わってすぐ家に来てくれたわけで、やっぱりお腹が空いていたのだろう。ママの「遠慮せず食べてくださいね!」という言葉の通り、しっかりと食べてくれているようだった。
「相変わらず、とても料理がお上手ですね」
「そっか、莉緒は前にも来たことがあるんだもんね…いいなぁ」
「うふふ、ありがとうございます。お酒もありますので、よろしければ是非!」
「私は車なので…」
「あっ、じゃあ私頂いてもいいですか!」
「あ、その…舞ちゃん、でしたよね? いつもうちの子と仲良くして頂いてありがとうございます。けれど、お酒は二十歳になってからに…えっ、大学三年生…!? そ、そうだったんですね…!」
てっきりひかると同学年くらいだと…とママはまーちゃんの実際の年齢を知って驚いていたようだった。これはオレも初めて会った時同じ勘違いをしてしまったので気持ちはよーく分かる。なんなら年下かも…? と思ったまであるからな。そんな一幕もありつつしばらく食事をしながら談笑を続けていると、ママと何やら話をしていたりーちゃがオレの方へ向き直って言った。
「ひかるはこれからどうしたい?」
「これから…」
ま、まずはちょっと怖いけど運営さんに声が戻ったって連絡しないと…あ、あと迷惑をかけただろうし永遠さんや他の先輩たちにも連絡をして…それにリスナーさんたちも心配してるだろうし…考えれば考えるほど、やらなきゃいけないことはたくさんあるな…?
そんな内容の話をすると、りーちゃは一瞬驚いた顔をしたあと、頭を撫でてくれた。ママに至っては少し泣きそうになっていて、他のみんなからも不思議な目線を貰って少しビビってしまった。大人しく撫でられながら、もうひとつ、オレがどうしてもやりたいと思っていることを伝える。
「運営が何と言うかだが…それがひかるのやりたいことなら、私は良いと思う」
「まぁあの運営なら面白がって断らないとは思うけど」
「次はちゃんと全部自分の力で、ということですね!」
「ひかるちゃんがやりたいように自由にやればいいよ!」
「ひかるがやりたいなら、私たちは全力でサポートする」
みんなさっきと同じくらい驚いていたけれど、否定的な意見は出なかった。…きっとこういうところが居心地がいいと感じる理由なのだと思う。本当にできるかは分からないけれど…もしそれが叶ったなら全力でやり切ろうと、そう決意した。
「……ところでさ、今の話とは全然関係ないんだけど…」
せーちゃんが意を決したように言う。真剣な表情に釣られてオレまでそんな表情を浮かべてしまった。
「ひ、ひかるちゃんは…その…精神的には今も男の子…ってことでいいんだよね??」
「えっ??」
意外な質問だった。しかし考えてみるとどうなんだろう…今もオレはバッチリ自分が女の子の身体に入った男だという自覚はあるし、もちろん好きなのも女の子だ。ということはせーちゃんが言う通り、やっぱり今も男なんだろう、たぶん。
少し考えてそんな結論に至り、今食べていたグラタンを飲み込んでからせーちゃんに伝える。
「ふふふ…そっか…そうだよね…!」
「せ、せーちゃん…?」
感じたことの無い圧につい食事の手を止めて怯む。助けを求めたりーちゃからも同じような圧が…い、いや、これはなんなら三期生みんなから…!? ど、どうしたら…!? と悩んでいると、オレの皿に料理を追加しながらママが言った。
「うちの子と仲良くしてくれるのは嬉しいですが、まだこの子は子供です。くれぐれも間違いのないように」
いいですね? というママの言葉と笑顔で、みんなは正気に戻ってくれたようだった。特にりーちゃはガチ謝りしてるように見える。ま、ママがこんなに怖いと思ったのは初めてかも…? しかし、こちらへ向き直る時にはいつものママの表情に戻っていた。
「……いっそ、私もVtuber? …になってしまうべき…?」
そんな言葉がママから聞こえた気がするがさすがに…いや絶対に気のせいだろう。ハンバーグカレーうまー…。
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