78『大抵のことは全部自分に返ってくるやつ』
『──お疲れ様です。まずは、登録者数四十万人突破、おめでとうございます』
…その日の配信を終え、ごろごろしていたオレに、泉水さんからチャットで送られてきた『今お時間大丈夫でしょうか?』というメッセージ。
まーた宵あかりとかいうやつが何かやらかしてしまったのかと戦々恐々としながらも、時間ないです無理です! とはとても言えず、通話することになったのだが…開口一番、泉水さんが言った言葉は、オレが予想していたものとはまったく違うものだった。
「え、えっと…あ、ありがとうございます…?」
とりあえずお礼を言いつつ、こっそり自分のチャンネルのホーム画面を確認する。…本当だ、いつの間にやら四十万人超えとる…。
『…もしかして、いえ、もしかしなくても今初めて知りましたか??』
「ひえっ!? い、いえ…その…!」
オレの心を読んだかのような言葉とこいつはよぉ…という通話越しでも滲み出る雰囲気に盛大にビビる。ごにょごにょと言葉を濁していると、はぁ、と大きな溜息の音が聞こえてきた。泉水さんがお説教をする時の合図だ。予備モーションを知ったところで回避不可なので何の意味もないけど、一応心の準備と謝る準備くらいはできる。
『数字にばかり拘りすぎるのも問題ですが、無頓着すぎるのもそれはそれで問題かと』
「うぅ…す、すみません…」
『…まぁ、ここ最近は特に忙しかったですから、無理もないかもしれませんが』
泉水さんの声から怒気が霧散したのを確認して、ホッと一安心する。短めのパターンで助かった…今日もなんとか乗り切れたな…!
『それで、ここからが本題なのですが』
…と思ったが別に乗り切れてもいなかったようだ。さすがに四十万人突破おめでとう! と言いに来ただけじゃない気はしてたけど!
再び覚悟を決めつつ話を聞く体勢に入る。神無月さんと会話してる時ほどじゃないが、いきなりどんなことが飛び出してくるか分かったもんじゃないからな…。
『何か、四十万人突発の記念企画などは考えていますか? 宵あかりさんの方でアイデアや希望があれば是非お聞かせください』
「えっ!? え、えーっと…」
『特にありませんか?』
「う、うーん…?」
二十万人の時は記念ボイスのシチュエーション決めをした。三十万人の時は気付いた時には中途半端な数になっていて、まぁいいか! って感じで放置したから何もしてない。…てかたぶん、泉水さんがわざわざ企画どうするって聞いてきてるのそのせいだな?? またテキトーなことしやがって過去のオレはよぉ…!
『特に希望などがないようでしたら、こちらで企画の内容をご提案させていただいてもよろしいでしょうか?』
「え゛っ!? い、いや、それは…」
絶対運営さんに決めさせたらとんでもないことになるやつじゃん! 過去の無茶振りの嵐からしてもまず間違いない。そうならないためにもなんとか絞り出せオレ!! えーっと…そ、そうだ!
「ま、マシュマロを読みます…!」
『普段も読まれているかと思いますが』
「えっ!? じゃ、じゃあ…す、3Dを使って…!」
『3Dアバターを使うのは私も賛成です。ですが、3Dアバターでマシュマロを読むだけというのは』
「えーと…じゃ、じゃあコラボ! だ、誰か呼びます!」
百々ちゃとか仄ちゃんを呼べばオレのしんどさもグッと軽減される。あとはマシュマロでも読んでお茶を濁せばいいのだ。ふっふっふ…勝ったな!
『なるほど…3Dアバター同士でコラボですか』
「そ、そうです3Dアバター同士でコラボ…あ゛っ!?」
そうじゃん!! 百々ちゃ達まだ3Dモデル作り途中らしいし、オレだけ3D使うってわけにもいかないじゃん! いやそういう配信もあるかもしれないけど泉水さんに釣られてオレまで3Dアバター同士でって言っちゃったし!! となるとコラボ相手は…お、落ち着け、落ち着いて今すぐ訂正を…!
「あ、あの! や、やっぱりコラボは…!」
『とても良いアイデアだと思います、ご相談して正解でした。それでは宵あかりさんのご希望通り、3Dアバターでのコラボ配信、という形でお話を進めさせていただきます』
「え、えっと…!」
『本日はお時間をいただき、ありがとうございました。具体的なコラボ相手や企画内容が決まり次第、再度ご連絡させていただきます」
「あのあの…!!」
『それでは、失礼いたします』
「……………」
パタリ、とベッドに倒れ込む。優しいのはこのお布団くらいだ。世界はとっても怖いもので満ち溢れている。
願わくば、朝目覚めたらやさしいせかいになっていますようにと願って、全部忘れてふて寝することに決めたオレだった。
◇
「…さすがに強引だったかしら」
宵あかりさんとの通話を終えて、一息つきながら考える。以前私がマネージャーとして担当していた永遠遥歌さん、彼女たっての希望だったのでこういう形にしたけれど…ここまでやらなくても彼女なら、ちょっと絶望した後になんやかんやでやりますって言ってくれるでしょうに。
「これじゃあ神無月副社長のことをどうこう言えないわね…」
相手に考える間を与えず、矢継ぎ早に捲し立てて気付けば要求を飲ませるというやり方は、とても良いやり方とは言えない。…けれどまぁ。
「やっぱり彼女の反応は最高of最高ね」
通話越しでも分かる彼女の小動物的な、そしてその場その場での必死な反応はとても素晴らしいわ…。怒られている時以外の、ハプニングに遭遇した時の反応も一級品。敢えて具体的な言葉にするなら『これおいしすぎりゅ〜〜♡♡♡♡』と言ったところね。表情があれば一番だけれど、通話の場合ならこっちも表情が緩むのも気にせず済むし、実際後半は間違いなく世間にお見せできない顔になってしまってたもの。こればかりは仕方ないわ。
「…それしても、ようやく二人がコラボするのね…」
これまでもコラボしたこと自体はあったけれど、二人っきりでのコラボはこれが初めて。自分のかつての担当と、今の担当。その二人のコラボだなんて、どこをどう見ても美味しいに決まってるわ。しっかり成功させないと。
「そうと決まれば!」
再び仕事用のPCへと身体を向ける。その二人のためにも、マネージャーとしてできることは全部しないとね。
宵あかりさんのアーカイブをBGM代わりにして、夜が更けていく。今日も今日とて、私は夢のような職場にいた。
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