勉強を教えてくださいと伝える迄に
夏ですね。暑い。
今日も異常に暑かったです。この暑さは毎年続く可能性が高いってテレビで言っていました。最悪……
突然ざわつき出す教室。
「剛志」
近くを通りかかった剛志を優太は呼び止めた。
「どうした?」
「いやな。今、急に教室の雰囲気が変わったと言うか……なんかざわついてない?」
「教室の前側の入口見てみ。2学年の……2大マドンナの一角が、何故か来ているんだよ。
珍しいよな。彼女が独りっきりで居るなんて……」
剛志の視線の先を追って行くとこの先には、クラスメートの男子数人に囲まれ涙目で縮こまる夏葉の姿。それは自身の知る天真爛漫でイタズラ好きな彼女のイメージからはかけ離れた姿に優太は驚く。
あんぐりと口を開け固まる優太に気付くこと無く、剛志は教室入口周辺を見渡し、
「本当に珍しい……。やっぱり静さんは居ないのか」
残念そうにつぶやいたのだった。彼は2学年の二大マドンナの最後の1人。静おしであった。
ちなみに3学年にも2人のマドンナが存在している。すずと彼女の親友の明海という少女である。
いまだに呆然としていると、夏葉と目が合う。
「せんぱいぃっ!」
見付けた優太の姿に、花が咲くような笑顔を浮かべる。
『っ!』
夏葉のその嬉しそうな表情に驚き、そして見惚れるクラスメート達。優太とすずの2人はよく目にしていた彼女のコロコロ変わるその愛らしい表情は、他のクラスメート達にとっては静と一緒に居る時以外では1度も目撃した事はないのだ。それだけあり得ない光景であっただっあ。
だから、『二人の関係は?』と誰もが疑問に思うのは無理もないだろう。
先輩。先輩。先輩!
心で叫びながら夏葉は優太へ向かって走る。この時、彼女の頭の中は心の叫びからもわかる通り優太の事でいっぱいであった。
静以外のクラスメートと話す事さえまだ勇気が必要な超絶人見知りである夏葉にとって、上級生の教室に行くことや知らない人達に囲まれて注目されるということは、苦手を通り越してもはや恐怖でしかなかったのだ。
自分からここに足を運んでいる時点で自業自得ではあるのだが今の夏葉にとって優太の存在は、このいろんな意味で地獄の現状を救ってくれる正に白馬の王子様であった。
「せんぱい。せんぱい!」
『……っ!』
『せんぱい』と連呼しながら感情のまま優太に抱きついた。彼女の突然な行動に今度は優太も含めたクラス全体が驚いていた。
夏葉の少し高めな体温。匂い。そして、冬服の制服越しからも分かる彼女の柔らかさにパニックを起こした優太は、その身体を引き離そうと抱き締めて……無意識による自身の行為に驚きつつも慌てて引き離そうと動く。
すると。
「やだ。せんぱい。先輩!」
離れまいと夏葉はぎゅっとコアラの子供の様にしがみつく。
パニック状態に陥っている夏葉の目を見て、優太はゆっくりと話す。
「夏葉ちゃん。落ち着こうか……よし。
まずは深呼吸。吸って、吐いて。吸って……そうもう1度……」
「すう。はー。すうー。はー」
優太の言葉に従い彼にしがみついたまま夏葉は深呼吸を繰り返す。
深呼吸の効果なのだろうか夏葉は徐々に落ち着きを取り戻して行く。対して優太は彼女が深呼吸をする度にその顔が赤く染まっていった。
何故なら、暑さで着崩していたワイシャツの首筋に夏葉の吐息が吹きかかるのだ。優太の体にこれまでに感じた事の無い快感が走り抜けていく。
首筋への吐息攻勢を耐え、少しだけ夏葉から視線をずらして優太は尋ねた。
「落ち着いたか?」
『俺は落ち着いていないが……』と、そう心で付け加える。
「はい」
夏葉は一言答えると優太を見つめ、首を傾げながら再び口を開いた。
「先輩。なんだか顔が赤くないですか?」
「気のせいだよ。何でもないから……そ、そんなことより何故ここに?」
流石に『夏葉ちゃんの吐息が気持ち良すぎて悶えていました』なんて変態じみた事は言えず、取り乱しながらも話題を変える。
優太の言葉に夏葉も当初の目的を思い出して、姿勢を正して言う。
「先輩。お願いです。私に勉強を教えてください!」
「えっ?」
予想外のお願いに、今日何度目かのぽかーんとした表情を浮かべた。
その優太の反応に、
「先輩。受験勉強が有りますし忙しいですよね。
私のテスト勉強教えるどころじゃないですよね。ごめんなさい」
慌てて謝る夏葉にクスリと笑い。
「別にいいよ。いい復習になるしね」
諦めかけていたところにまさかの了解の言葉である。夏葉はすごく嬉しそうに表情を綻ばせる。
「ありがとうございます。先輩。
これで赤点回避できるわ!」
「赤点を回避できるかできないかは夏葉ちゃん次第だよ?」
「声に出ていたっ!」
苦笑いの優太と顔を紅くする夏葉。
「教えるとして。問題は何処でやるかだよな……
お互いのどちらかの家でってのもなぁ。今回は二人っきりだし……夏葉ちゃんも不安だろうから……」
ぶつぶつとつぶやきながら何処で勉強会を開くか優太は考える。
そんな中で夏葉が、
「あの……私は先輩となら……」
「よしっ!
駅前の図書館でどう?」
意を決して話しかけようとした夏葉に気付かずに優太は言ったのだった。
「はい。それでお願いします」
そう答えると夏葉は残念そうに項垂れた。
尚、夏葉が去ったあと、嫉妬に狂った男子のクラスメートに囲まれ、質問攻めにあった事はいうまでもないだろう。
【勉強を教えてくださいと伝える迄に】を最後までお読みいただきありがとうございます。
夏葉の性格について……
優太か静の傍だと本来の明るい性格ですが、二人が居なかったり離れていると超絶人見知りを発揮してしまいます。
優太が彼女の特性を知らなかったのは、常に優太の側に夏葉が居たので超絶人見知りモードの彼女を見る機会が無かったからです。優太の目にはかなり新鮮にうつったことでしょう。
ちなみに矛盾もありますが、独りで出歩くのは嫌いではありません。
引き続きよろしくお願いいたします。