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ep97.ねんがんのばしゃをレンタルした

目標:錫食い鉱を王都に納品しろ

 シングルベッドくらいの大きさをした幌のない荷台に積まれて、転がらないよう縄で縛り簡素な持ち手を作られた鉱石の隣に自分の荷物と剣を積んだ俺は、足元を嗅ぐように頭を下げたり、周囲をきょろきょろと見まわしている馬の様子を眺めていた。


 荷馬車というからには確かに馬が引くんだろうけど、それが獣人だったらどうしようと人に言えない危惧を抱いていた俺は日本でも見たことのある動物と変わらぬ存在に一人胸をなで下ろした。


 見知った姿、種類の生き物といえど、それでも生きて動いている馬とこんな距離で接するなんて初めてだ。小学生の時の遠足で行った動物園では馬や羊なんかとのふれあいコーナーもあったが、当時既に足が弱くなっていた俺には縁のないものだった。

 明らかに人よりも巨大な動物は俺が思ったよりも鋭い目つきをしたまま石畳の上を嗅ぎ回って鼻を動かし、ぶるる、と嘆息するように鼻息を漏らした。


 その巨大さで暴れられたら手が付けられそうにないなと少しだけ怯えてしまうが、わざわざ連れてきてくれたイレイネと馬引きの小僧曰く人には慣れているそうなので暴れるようなことはないだろう。

 何かあったらどうしようと思いつつ、俺はおそるおそるといった手つきで張りのある首に触れる。短くも密度の濃い毛並みは思ったよりも固く、一本一本にしっかりとした太さがある

 ようだった。


 同じ動物でも虎の、オルドの毛はもうちょっと柔らかいのになと思いつつ、馬の獣人がいるとしたらこうした似た顔の動物のことはどう思っているのだろうと疑問が浮かぶ。

 鉱山夫の中に牛や猪の獣人を見かけたような気がするが、馬はどうだろう。これまでのことを考えるとおそらくは存在するのだろうが、その場合動物と獣人の関係性はどういうものなんだろうか?


 考えられるのは、人と猿の関係と同様に近縁種として認識はしているものの動物は動物として扱っているという線だが、それにしては獣人と動物間では形質が似すぎているようにも思う。

 形質が似ているというと、逆に牛の獣人は牛肉を食べられないのだろうか。むしろ、羊や鶏の獣人がいるとしたらその肉は食えるのだろうか。

 ならば獣人というのは、その肉体というのは……と空恐ろしい妄想にまで発展したところで思考を打ち切る。気になるテーマではあったが、この疑問を明らかにするのはちょっと恐ろしいように思えたので、ひとまず頭から思考を追い出してオルドを待った。


 肝心の虎はというと、少し離れたところでイレイネと話し込んでいる。

 馬車を引いてやってきたイレイネは補助にやってきたくすんだ金髪の少年を管理組合に送り返すと、意を決した様子でオルドを話に誘った。

 先刻の話通り、旧知の仲らしいし二人だけで積もる話もあるだろうからと手首から先が辛うじて動くようになった程度の虎に頭からすっぽりと外套を被せて送り出した俺は、ただ待っているだけというのも暇なので荷物の積み込みを済ませることにした。

 オルドも少しだけ怪訝そうにしながら、事前に聞いていたからかこれに快諾し、今は宿屋の傍やT字路になった道路を二人でぶらつきながら話しているみたいで、荷物を積んでいる間に見えた人影は今は少し遠くにあった。

 その会話の内容は聞こえないが、盗み聞きするべくもない。邪魔をする気にもならないし、俺はオルドの大剣を荷台に寝かせて、後方のあおりを立てて荷物が落ちないように柵とした。


 改めて馬車を眺める。

 幌もなく、装飾もない木と鉄のみの武骨な荷馬車はこうして見ると馬車というか、ただの荷車という印象を受けなくもなかった。

 木枠のベッドにそのまま四輪をつけたようなそれは、馬の胴体を締める革紐と鎖で連結した引き手に申し訳程度の御者台が設けられていることで辛うじて馬車として認識ができているが、あるいは人間が引いてもそのまま機能しそうではある。


 馬車というと個室をそのまま馬に引かせて貴族が御者の手を借りて降りてくるというこの時代の高級車のようなイメージがあったので、目の前に現れた簡素なそれにはなんとなく肩透かしというか、期待外れな感じがしなくもない。

 ただそれも一瞬のことで、荷物を下ろすときのために後ろのあおりが鉄の蝶番で開くようになっている荷台は積荷を脇に寄せればその上に横になれるほどの広さがある。

 夜は地べたでなく、この上で横になって寝てもいいだろう。

 そう考えるとただの荷馬車というだけでなく移動する自分たちの拠点のように見えてきて、それはそれでテンションが上がるものだった。

 我ながら単純だなと思って視線の先の大通りから角を曲がって忙しそうに動き回る人々の姿を眺めていると、すぐそばの宿屋のドアが開くのがわかった。


「おう、スーヤ殿。もう出発か」

「はい、オルドが帰ってきたらもう行こうかと」


 宿屋のおやじ、ダンがその場に立っていた。怪我のために滞在が長引いた俺達の宿泊費はそれなりの金額だったが、蒸し風呂だったり歯ブラシだったりとそれに見合うサービスは受けれたと思うので文句はなかった。

 ダンは首を巡らせて、遠くの方でイレイネと話すオルドの姿を認めて、その方向を見ながら俺に言う。


「気をつけてな。王都までは一本道だ、天下の直轄領で魔物も賊も出るわけはねぇと思うが……あんたらの無事をウェスタ様に祈っておくさ」


 ありがとうございます、と返事をしつつ、ウェスタ様って誰だ? と疑問が頭をよぎると同時に妙な聞き覚えがあった。

 そういえばモイリの村を出る時にも同じことを言われたな。旅の安全を祈る定型句のようなものか? と思っている俺に、近づいてくる気配に気づいた。


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