ep96.全自動自然風乾燥機オルド
目標:錫食い鉱を王都に納品しろ
これは最近になって知ったことだが、オルドは特に用事もなく寝ていても構わない朝に惰眠を貪るのが意外にも好きなようだった。
特にここ数日は腕も動かな商売あがったりの休養の日々が続いていたからか、午前中に俺が鉱山の様子を覗いたり、町医者の元へ傷の予後を診てもらったりして戻ってきてもまだ寝ている、なんてことはザラだった。
腕が動かず体も満足に動かせないとなると、寝ているくらいしかやることがないのだろうから俺もそれを無暗に起こすようなことはしなかった。
しかし今日はそうも言ってられない。
こうしてうつ伏せにぐぅぐぅと寝息を立てる様子を見ていると動物園にでも来たような気分である。仰向けでないあたり、寝ぐせを整えた後頭部や首元の毛のことを一応気遣ったことが窺える。
しかしうつ伏せとはいえ二度寝されたら身だしなみを整えた意味がなくなるだろうがと思って、二度寝するくらいなら一緒に挨拶に来いよと力なく寝ている尻尾に恨めしい視線を送った。
「……ふが」
すると、まず尻尾がのそりと起き上がった。うつ伏せになったまま空気中のにおいをかぎ分けるように高鼻を使って黒鼻をすんすんと動かしている。
俺が持っているオムレツのサンドイッチのようなパンから漂うにおいを嗅いだのか、虎はもぞりと身動ぎすると腕も動かないというのに顔をシーツに擦り付けてその場で力強く伸びをしてみせた。
「馬車、宿屋の前に着けてくれるってさ」
「ふあ~あ……あふ。おぅ、ご苦労」
大口での欠伸にこっちまで眠くなってしまいそうである。
もぞもぞと起き上がってベッドに腰かけたままのオルドはまだ耳が寝ているようだった。
「そういえばイレイネさんが出発前に話したいことがあるって言ってたけど」
「あー……?」
思い当たる節がないのか、オルドは怪訝そうな目を俺に向ける。
「こっちまで来てくれるらしいから話してきたら? 昔馴染みなら積もる話でもあるんだろ」
「ンなもんねェと思うがな……まあ、了解だ」
オルドは未だにどういう用件なのかと納得していない様子だったが、ひとまず俺の言葉に頷くと当然のように口を大きく開ける。
そのまま「ん」なんて言って俺の手に持つサンドイッチを要求してくるのが手がかかる子供というか、傍若無人な動物のようで鼻についた。
だが、不思議とこの世界に来た頃ほどの嫌悪感を抱くわけではなかった。
人を小間使いか何かのように扱うその態度に対する苛立ちは正当なものだが、正当であるからこそそもそも腕が上がらなくなった理由を考えて俺は溜飲を下げる。
葉と麻縄の包みを解いて、切られた一つを虎の大口に放り込みながら俺は自分のを一口かじる。
ぼそぼそとしたパンは表面を焼かれてカリッとしていて、間に挟まった焼き卵が意外にもしっかりと豊かな風味とボリュームを感じさせていた。香ばしいパンと卵の間に挟まった新鮮な葉野菜と酢漬けの玉ねぎがしゃくしゃくと歯に楽しく、朝食にするには丁度いい軽食だった。
もう一口かじりつきながら、俺は部屋の入口付近にまとめられた荷物に目を向ける。
「もぐ……食べ物の類はオルドの鞄だったっけ?」
「んぐ、おぅ。そいつを積むだけだな」
咀嚼しながらマズルごと顎をしゃくって、自分の大剣と麻袋を指すオルドは流石というか、昨晩のうちにある程度確認は済ませていたらしい。
というより腕も動かないとなると、荷物も俺が運ぶしかない。そのため必然的に手間が少なく済んだのだろう。
俺は俺で、衣服を洗濯したり昨日買ったナイフや火打ち棒なんかは身に着けておこうと思ってアレコレ出しっぱなしにしたままである。
少し急いでパンを口にしまいこんで、もう一切れを虎の口に押し込んで残りを机の上に置いて手を空ける。
そのままマントを身に着けながら、ナイフと火打ち棒を腰に提げようと思って、しかし火打ち棒を上手に括れなかったので諦めて頭陀袋の中にぶち込んだ。
代わりにナイフは鞘の部分に長めの紐が結んであったので、紐を帯のように脇腹で締めることで腰に佩くことができた。
これが刀だったらまるきり侍だな、なんて思う俺は刃物をそれっぽく装備している自分の姿にちょっとだけワクワクしてしまう気持ちを抑えられなかった。
鞘に入れたままの折れた剣と、自分の頭陀袋の口を締めようとした俺は、中を検めながら考える。
「えーと……火打ち棒持った、水持った、鍋も入れた……食べ物はオルドが持ってるから大丈夫、学ランも入ってる……」
「昨夜干してたやつは入れたのか」
「それがあった!」
オルドに言われて朝日の差し込む窓際に目を向ける。
窓枠のところに昨日洗って干しておいたパンツがそのままになっていた。手に取ってみると昨日強めに絞って水気を切ったがまだちょっと湿っているようで。
別にこれくらいなら問題ないだろうと思わなくもないが、着替えとして持っていきたいのにこのままだと生乾きになってしまうだろうか。
そうなると逆に臭くなってしまいそうだし、そもそも濡れた状態の衣服をほかのものと一緒に入れておくのも気が進まなかった。
今後も旅を続けるならそれくらいのことを気にしないくらいの方がスムーズだろうが、どうにかして善後策を考える。荷馬車がどんなものかわからないけど、そこで乾かしておくか? と考えたところで。
「おい、次。まだか」
あー、と口を開けてサンドイッチを要求するネコ科の毛並みは、昨日あれだけ丸洗いしてずぶ濡れにしたというのにさらさらと乾いていて。
それで、思いついた。
等分されたサンドイッチをつまみつつ、俺は中途半端に湿っているボクサーパンツを片手にオルドに振り向いた。
いやあ便利。魔法って便利だ。




