ep94.終わりの予感
目標:錫食い鉱を王都に納品しろ
さて、旅支度とはいえその大部分は食糧の買い込みで、火種となる麻縄も補充してしまうと残す買い物は俺の剣くらいだった。
日持ちする食品の購入はオルドに任せていたが、それを含めた諸経費は大体銀貨四枚ほどかかった。しかし俺も今は自由に扱える金があるので、虎に銀貨二枚支払おうとすると少し嫌そうな顔をされたのが印象的だった。
大方また恩に着せて将来の恩賞を弾んでもらおうと企んでいたのだろうが、そうはいかない。
銀貨を手渡して返却は受け付けないとばかりに財布のひもを絞めた俺は、そのまま聞いてみる。
「それで、オルドオススメの鍛冶屋さんとかってないのか?」
聞かれた虎は、通りの露店で購入した貝の串焼き……の串を咥えながら大儀そうに俺に目を向ける。
近くの川から生きたまま貝を獲ってきて、店先で殻から外した身をニンニクと塩で焼いた串焼きは絶品だ。
黒々とした見た目の怪しさとは裏腹にコリコリとした歯ごたえと磯っぽい香りが食欲をそそる。思わずお代わりしようと思った俺は食いすぎると中るぞと言われたのでしぶしぶ諦めたのだった。
ちなみにオルドは店の前で、俺に串を持たせたまま少し冷めたものをほとんど一気食いする勢いで貝の身をたいらげていたので、串しか咥えていないという状態である。
串を手ずから食べさせるのはまさに獣に餌を与えているような感覚で、味わう素振りもなくいっぺんに食い尽くしたのは餌付け同然に俺の手から食事を与えられる姿が人の目に触れるのを嫌ったのだろうという予想はつく。
しかし、もしかしたら単に猫舌だから冷めたのを一気食いしただけかもしれない。どちらにしろ、腕が動かない状態で食べ歩きは無理があるのではないかとも思ったが、町で見かけてうまそうだと思ったものを俺だけ食べているというのも気まずいので言わないことにしておいた。
「あるにはあるンだが……聞いたところによると、どうも店を引き払ったらしくてな」
「ありゃ。引退しちゃったのか?」
「どうだかな。居所は掴んでるがいまいち何やってンだかがわからねェんだよな……隠居するような歳でも性格でもねェと思うんだが」
俺はまだ貝の汁が染みついている串を口に咥えながら、ぶつぶつ言いながら肩をすくめる虎を見上げた。葡萄の枝を切り出したという串はどことなく香り高くて、何もないのについ串を噛んでしまう。
オルドの大剣を作った鍛冶職人に会ってみたい、自分の代わりの剣を探したいという思いもあったが、鍛冶職人というものを実際に目の当たりにしたいだけという気持ちもある。少しだけ残念に思いつつ、提案してみた。
「出発前に会ってみてもいいんじゃねえの?」
俺の声に、オルドがちらりとこちらを一瞥した。
「いや、それがもういねェんだと。王都に向かうって聞いたのを最後にこの町にゃァ来てねェらしい」
「あぁ、そういうことか……それならちょうどいいじゃん、王都でちょっと羽伸ばすついでに訪ねてみても」
「別に構わねェが……お前はいいのか?」
「俺?」
急に話を振られて、首を傾げる。別に鍛冶職人に会うこと自体何の問題もないはずだが、どういうことだろうか。
意図を理解していない俺に、オルドは器用にも獣の口に串を咥えたまま喋り出す。
「もともと俺の馴染みの鍛冶屋で剣を調達する算段だったンじゃねェのか?」
「あ」
「……忘れてたな?」
じとりと睨む虎の目から目を逸らす。
折れて元々の三分の一ほどの長さになってしまった両刃の剣は、未だに捨てられずに持ったままだった。武器としては役に立ちそうにないが、とはいえ当座の道行としては不安があるわけではない。
いざという時に護身用にもなりそうなナイフも買ったことだし、安全だという街道を通る王都への道中くらいは問題ないだろう。
しかし、このまま剣を調達できないとなると困ったことが一つ。
「冒険者試験、素手じゃ厳しいよなぁ」
「そりゃそうだろ。得物は持っておいた方がいいだろうな、それも使い慣れていればなおさらだ」
オルド曰く、冒険者になるための試験は決まった形式がなく、その内容は複雑なものではないが毎年バラバラであるということだった。
というのはその年の冒険者ギルドが求めている人材を採るためで、期待される能力があるかどうかを測っているのだとか。
東の多民族国家の内紛が激化した年には、ベルン王国に流れてくる難民や兵士くずれの山賊の対応のために対人能力の高い冒険者を。
新たなダンジョンが確認されたり、北の魔族らが力を増していると噂が流布される年には対魔物能力の高い冒険者を。
はたまた銀の採掘量が減って、銀貨の価値が高騰し出した年には目利きや算術、交易に長けた冒険者を採ったなんてこともあるようで、対策を立てて事前に準備するというのは難しそうだった。
それはつまり何が起きても柔軟に対応できるような実力がなければ冒険者にはなれないということで、ただでさえ試験内容がわからず不安なのに使い慣れていないナイフや間に合わせの剣を使って万全でない状態で臨むというのはなるべく避けたい。
それなら今この場で新しい剣を買っておいて、王都までの道中で扱いに慣れておいた方がいいようにも思える。
しかし、オルドがオススメする職人が作った剣ならそれなりに質も高いはずだ。愛用の一本として自分が気に入るものを持っておくのは俺の中の冒険者像として大事な意味を持つようにも思えるのだった。
うーん、と通りを歩きながら考える俺は、ふと思いついて聞いてみる。
「冒険者試験って、応募してそんなにすぐ行われたりしないよな?」
「あー……まぁ、そうだろうな。それがどれくらい空くのかはわからねェが少なくともその場で試験、ってことはないだろうな」
それを聞いて、決心がつく。
「うん、じゃあ王都ついたらとりあえずユールラクスさんに納品して、冒険者ギルドで募集試験に応募してくる! そのままオルドおすすめの鍛冶屋さんを教えてもらいたいんだけど……いいか?」
「別に構わんぜ。俺も腕が治るまで次の仕事は休暇の予定だ」
まるで煙草のように串を咥えながら、「それに」と虎は嘯く。
「どうせお前さんとも、それっきりだろうしな」
その声はわざとらしく平坦で、無機質に聞こえた。
とはいえ、だからこそ俺も気づかされた。
王都に着けば、この仕事が終われば……オルドとはお別れだ。
何日か寝食を共にしただけなのに、ましてや毛むくじゃらのネコ科の獣人相手なのに、なんとなくそれを寂しく感じてしまうのはどういった感情の変化なのだろうか。
自分が別れを惜しんでいることがバレるわけにはいかないと理由もなく感じて、察されないように努めて明るく振る舞った。
「うん、悪いけどそれまではよろしく頼むな」
フン、とオルドはいつものように鼻を鳴らす。
たまたま連れ合っただけの相手に、個人的に差別意識のあるネコ科の獣人に自分がこんな気持ちになるとは思いもしなかった。
今となってはすっかりこの黄色い毛むくじゃらを、ネコ科というカテゴリでなくオルドという個体として見れているように思える。
だからだろうか、せっかくどういう人物なのかわかってきたところなのに、という思いになってしまうのは。
小さく頭を振って蟠った感情を頭から追い出して、歩幅の大きい虎に負けじと大股で歩きながらその隣に並んだ。
冒険者として生きていくのに慣れたら、こんな別れにも慣れるのだろうか。
その自信はなかったが、今はただ祈るようにそう思うのだった。
本日はここまでとなります、次回更新は1/22です。
もうちょっとだけ続くんじゃよ!




