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ep93.キャンプ飯を目指して

目標:錫食い鉱を王都に納品しろ

 お言葉に甘えて荷馬車を借り受けることにした俺達は、市場に出てそのまま昼飯も兼ねた旅支度に取り掛かる。


 王都までは五日ほどで着くだろうとのことで、それだけの食糧と水を買う必要があった。

 しかし飲み水に関しては、経路の途中で川を渡るのでそこまで気にしなくて良いと通りを歩きながらオルドが言うものの、川の水をそのままというのはあまり気が進まなかった俺は通りがかった金物屋の鍋が目についた。


 生水を飲むのが心配なら、一度火を通してしまえばいい。あれなら水を煮沸することもできそうだ、と思ったのと同時に、野営中にその鍋を火にかける光景が頭に浮かんだ。


 包丁にも似たナイフを手に入れたからだろうか、この世界で自ら料理をするという選択肢が急に目の前に現れたように感じた俺は、まだまだ人の捌けない人ごみの中で興奮気味に虎の動かない腕を引っ張る。


「なあオルド、鍋っ、鍋買っていい?」

「あァ? 要らねェだろンなもん。どうせ短い間の旅路だ、わざわざ持つ必要もねェだろ」


 虎の言うことはもっともだった。

 わずか数日の間のためにわざわざ手間と荷物を増やす必要はないという合理性は俺にも理解できた。

 しかし、それだけでは諦める理由にはならない。それはどうかな、と俺は口を開く。


「そりゃ荷物は少ないほうがいいだろうし、持たなくても平気だろうけどさ……やっぱ旅の途中でもあったかいものが食いたいじゃん」


 ミオーヌに来るまでの旅程でも思ったが、やはり辛い旅の途中だからこそ非常食めいたものばかりでなく調理された温かい食事を摂るべきだ。


 短い間とはいえ、旅の間は乾いたパンと木の実や焼いただけの野生動物ばかりというのも味気ないはず。

 ぬるい重湯やぐんにゃりと冷えた煮物だけでは闘病生活を乗り越える気が起きないように、人の活力と食事は切っても切れない関係にあると思う。

 なくても平気だから、というのは持たない理由にはならないのだ。


 俺の言葉にいまいち反応の悪い虎に、俺は続ける。


「旅の途中で手間をかけてその時にしか食べれないものを作り出して、後になってあの時のアレはうまかったとかまずかったとか語り合うなんてのもいかにも冒険者らしいだろ? それにほら、鞄に入るくらいの大きさなら中に荷物詰めてしまっておけるしさ!」


 正面からそう言われた虎は俺を一瞥して「否定はしねェが……」と切り出す。

 しかしそのあとに続く言葉を探すように開いた口を動かして、結局何も言わずに肩を竦めた。


「……却下する、理由もねェか。仕方ねェな、鍋代はお前持ちだぞ」

「やった! さすがオルド、話のわかるネコ科!」


 合理性の刃を収めたオルドが「ぶっ飛ばすぞ」と凄むが、動かない腕ではぶっ飛ばしようがないはず。

 俺はせめて蹴飛ばされないようにひらりと脇を抜けて、欠伸をしている男の店主から両手に取っ手のついた中型の鍋を一つ購入した。

 そのあと、重たい食料を買う前に職人通りであのトカゲの刃物商を覗いていこうと思ったのだが……店じまいしたのか、机一個分のスペースを空けて忽然と店がなくなっていた。


 閉店するにはずいぶん早いなと思いつつも、妙だったのが隣の武具屋に聞いても「そんな店あったかねぇ」と言うばかりで、どうも本気であの刃物商を認識していなかったようで。

 オルドは「流れの店だったんじゃねェのか」なんて言って、不良品を売られたわけでもないのでそこまで気にすることもないだろうと説いてくる。

 それはそうだし、鞘の秘密だって使ってるうちに何か気づくかもしれない。

 どこか釈然としない、漠然とした胸のもやを抱えたまま俺は買い物に戻るのだった。

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