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ep88.次なる旅へ

目標:錫食い鉱を王都に納品しろ

「……それでは、本当に明日発ってしまわれるのですか?」


 崩落した岩盤の運び出しがほとんど終了した鉱山の入り口では、次の段階としてどうにかして大百足の死骸を引っ張り出す作業に取り掛かっており、鉱山夫達が荷引き用の馬や牛を伴って忙しそうに行き来していた。


 曲がりくねった坑道からそのまま引きずり出すのは非現実的と見て、幸い広い採掘場の中で事切れているのもあって小分けに切り出して運び出す案が採用されていた。

 当初はあんな硬い殻をどうやってと反対する鉱山夫達も、節目の部分はそれなりに刃が通るはずと俺が意見したのをきっかけにそれなりに進んでいるようで、冒険者ギルドの解体班主導のもと運び出しを進めているところだった。


 冒険者達が持ち込む魔物の死骸を解体することに慣れている解体班の男達も、川のような大百足の解体は初めてのことらしく、怖気づいていたり逆にテンションが上がっていたりと様々な反応を見せている。

 もしかしたら俺が倒した猪もあの中の誰かが解体したのかもなと思いつつ、隣にいるイレイネに頷いた。


「はい。その……オルドの腕がどうも治りが遅いみたいで。このまま待っててもいいんですけど、王都になら魔力関連の症状にも詳しい医者がいるって言うんでそっちを当たってみようかと。……それに」


 坑道から助け出されて……大百足を討伐して、五日ほどが経った頃、俺とオルドは王都への出発を決めた。

 理由は単純で、元々の目的である鉱石……錫食い鉱は、採掘場から除去された岩盤の中に大量に混じっていて、そのうちの一塊を問題なく調達できたからだ。


 俺とオルドは目的の鉱物のほかに必需品や食料を補充してから出発しようと話し合ったものの、ずっしりと重たい鉱物の塊をどう運搬するかというのは議論の余地があった。


 有力なのは駄載獣を借りて、今鉱山からトロッコを引いて出てきた馬や牛などに同じように荷を引かせて運ぶことだった。

 しかしオルドの腕が満足に動かない以上俺一人で駄獣を御しきれるはずもなく、結局人力で運ぶしかないだろうという結論に至ったために、俺はその塊を見繕いつつイレイネにもらったズボンの礼を言いに鉱山の入り口まで来ていたところだった。


 運び出された岩の塊の中に、俺の頭ほどの大きさでずっしりと重たい鉱石を見つけて、これにしようと決めた。

 もっと大きいのもあったが、持ち上げようとしてくっつきかけた脇腹の傷がびちりと痛んだので慌てて下に落とした。満足に動けるのが自分だけとなると持ち運ぶのに無理のないサイズがちょうどよいように思えた。

 それに、どちらにしろ納税の季節が終わり馬車や人手に空きが出てくれば安定して採掘、供給ができるようになるはず。俺達がそこまで大量に持ち運ぶ必要はないだろう。


 そして、出発を決めた理由のもう一つに、王都では魔法の後遺症についても治療が受けられるというものがあった。選別を手伝ってくれたイレイネに、出発まで管理組合の小屋にこの鉱石塊を預かってもらえないかと掛け合いがてら雑談していた俺は、自分で言いながらここ数日のオルドの介助の日々を思い出す。


 オルドの腕の容態は相変わらず芳しくなく、依然として俺が着替えや風呂、食事を介助する日々が続いていた。俺の症状といえば皮がずる剥けた手の擦り傷やわき腹の切り傷、それに頭や全身への細かい打ち傷というところだったが、手はすっかりかさぶたで覆われているし、頭も多少打撲傷が残る程度でその後特に変わったことはないし、幸いにも状態が急変することもなくて済んだ。


 オルドも腕が動かないこと以外は健康で、最初のうちは王様気分で俺に世話されることにも不満はなさそうだが、ここ最近では目に見えてストレスが溜まっているようだった。

 どのようにして、という己のイメージが不足したまま頑強な大百足の殻を裁断する風の刃を具現化したオルドは、その腕に手酷い代償を求められた。

 それについてはオルドも承知の上だったはずが、ここ数日になって元々自由だった腕が不自由になった不便さに対する苛立ちが隠しきれていない。


 介助することに不満や文句があるわけでもない俺としても、あれほど逞しく太い両腕が肩からだらんとぶら下がっているだけというのは見ていて痛ましく、嘗て衰弱していった己を見るようでいたたまれない。

 元々鉱山の町に長く滞在する予定ではなかった虎に、回復や報告のために王都行きを打診された俺は、回復する術があるなら是非そうしたほうがいいと思いつつ、また別の目的からそれに同意した。


「冒険者の募集試験が、そろそろだって言うんで」


 俺が冒険者を自由な稼業や、身寄りのない若者がとりあえずの身分を確保するために名乗る職業というイメージを持っていたのは、ギルドに行って適当な書類に署名するだけで冒険者になれると思っていたからだ。


 しかし、現実は違った。報酬を受領した後日、街をぶらつくついでにミオーヌの町の冒険者ギルド出張所へ冒険者への登録について聞きに行ったところで初めて知った。

 冒険者はそれぞれ認定を受けている都や街で、決められた日の試験を受けて合格することで名乗ることができる、免許制の職業だということを。


 考えてみれば当然のことだった。冒険者という職業が身分証明として効力を持つならば、立ち寄っただけで登録できるような肩書が身分証として足り得るはずもないことは自明の理で、同時に誰でも登録ができるならば冒険者見習いという言葉もないはずだからだ。

 そして、そのための認定試験がなんとベルン王都でわずか二週間後に行われるというので、すっかり冒険者を志すつもりの俺としては遅れるわけにはいかなかった。


「あぁ……そういえば、そんな時期でしたものね。ということは、スーヤ様も受験を?」

「えぇ、と言ってもどこまでやれるのかわかりませんけど……」


 というのは、王都で行われる冒険者試験は倍率が高く、国中の若者や冒険者志望の腕利きが集まるという話だからだ。

 正直、学生だった自分としては試験と聞くだけで少しだけ気が重くなるようだが、受けずに諦めるつもりもなかった。

 イレイネは不安がる俺にふわりと微笑みかける。最初のころはどことなく表情が硬く、笑顔のぎこちない印象だったのに今となってはその表情は暖かみに溢れていた。


「スーヤ様なら大丈夫ですよ、あんな大百足を退治してくださった町の英雄ですもの」

「えッ……い、いや、それは……そこまではしてないっていうか」


 イレイネは狼狽える俺をくすくすと笑うが、どうも冗談を言ったつもりはなさそうだった。


 英雄、英雄か。なるほど、オルドの気持ちがわかった。

 そのつもりがないことで無駄に持ち上げられると、確かにどことなくむず痒いものだった。

 思わず否定したが、謙遜みたいな感じになったのがまた恥ずかしい。

 イレイネは笑いながら、ふと思いついたように言う。


「そうですわ、それでしたら王都までの馬車を一台お貸しいたしましょうか?」

「いいんですか?」


 もちろんです、とイレイネが言う。

 この時代、この文明での移動手段としてそれがメジャーであることはもちろん納得しているが、ファンタジーと言ったら馬だよなという興奮がちりちりと俺の体を急かす。


 しかし、俺に馬を引かせる経験はおろか、乗馬の経験などあるはずもない。一朝一夕で乗れるようになるとも思えないし、オルドがあの腕で手綱を操れるだろうかと考えた俺は、さりとてそれだけの理由で断るのも惜しい気がした。

 馬を借りて乗ってみたい気持ちはあるが、果たしてそう簡単にうまくいくとも思えない。悩む俺にイレイネが言う。


「いえ、この場で決めていただかなくても大丈夫ですよ。そうですね、明日の朝とかにでも言っていただければご用意できますので」

「えっ、いいんですか?」

「もちろんです。費用も私付けで構いませんので、ご不要ですよ」


 冒険者ギルドから受け取った報酬は、鉱山の大百足退治のため管理組合が捻出した資金である。

 それを既に受け取っているというのに、この上馬車までタダで貸してくれるなんて、と俺はさすがに遠慮してしまいそうになるが、素直に馬車を借りる必要があるわけではない。

 オルドに相談してみてからでもいいだろう、と思ってわかりましたと返事をしつつ礼を重ねるとイレイネはにっこり笑んだ。


「錫食い鉱に関しては大百足の運び出しと整備が終わり次第、順次掘り出しを開始すると思いますわ。それまでに何かわかったことがありましたら、私にも教えてくださいね」

「わかりました、すぐお知らせします」


 この時代に遠隔地から連絡を取るとしたら手紙か何かをしたためるのが一番だろうが、果たしてオルドは俺の代わりに筆を執ってくれるだろうかというのは目下の懸念だったが、さておき。

 そんな俺の返事を聞いて、イレイネは「……その、実はもう一つよろしいでしょうか」と悩んだ末に口を開く。


「はい、何でしょう?」

「あの……差支えないようでしたら、オルド様に……出発前にお二人でお話ししたいことがある、とお伝えください。大事なお話なんです」


 目をそらして、伏し目がちにイレイネがそう言った。大百足の掘り出しや、他の鉱山での作業に従事しているのだろう半裸の猪の獣人や、上半身が泥まみれの人間の男などが俺達の傍を通り過ぎざまにもじもじしているイレイネをちらちらと気にするのがわかった。


 なんでオルドに? と疑問に思ったが、よく考えたらオルドとイレイネはなんだかんだで旧知の仲らしいし積もる話もあるのだろう。

 オルドは怪我……というか魔力の後遺症で療養中だし、イレイネは鉱山の再興で忙しいのでゆっくり話す時間も取れなかったのかと思うと、大変そうだもんなと同情的な気持ちにもなる。


 頷いた俺にイレイネはどことなく思いつめた表情で強張った笑みを返してくれた。

 今回は俺が下手を打ったが、オルドだって同じ冒険者としていつどこで失敗してもおかしくはない生活を送っている。それを考えると、明日にでも死んでしまうかもしれない友人と話せるうちに話しておきたいのだろうとその気持ちには同意するばかりで。

 しかし俺が第三鉱山前を後にした際に、男衆がワッとイレイネを囲んで「がんばれよお嬢!」「ついに来たな!」なんて言っていたのはどういう遊びでどのような文化なのかというのはちょっとわからなかった。

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