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ep87.今はただそれだけで

目標:錫食い鉱を王都に納品しろ

 ばたん、と虎が出ていったあとで、自分の過去の話をされて気まずかったのかなと閉まったドアを見つめていた俺に、宿屋のおやじが話題を振る。


「お客人……いや、スーヤさん。アイツが命を賭けて助けるくらいだから、あんたも同じような夢追人なんだろう?」

「えっ?」

「アイツを頼むぜ、今じゃすっかりひねくれちまったが元々仲間思いの純粋なやつでな。力になってやってくれ」


 それは……誰のことだろう。いや、疑うまでもなくオルドのことだというのはわかっている。

 それでも俺が即座にそれを飲み込めなかったのは、今聞こえたフレーズがいまいち理解できなかったからだ。


「命を賭けて、って?」

「なんだ、聞いてねえのか? ……いや、あー……そうか、口が滑ったな」

「???」


 宿屋のおやじは目を丸くして俺を見たあと、自分の失言を責めるように目を逸らす。

 いまいち何を言おうとしているのかが呑み込めなくて首を傾げる俺に、宿屋のおやじが周りを気にしつつ続けた。


「まぁ、丁度外してるし構わねえか。俺から聞いたっつうのは内緒にしておいてほしいんだが……お客人、あんた坑道の奥で頭を打って意識を失ったんだろう?」

「え、ええ。そのはずですね」

「んで、その頃にはオルドリウスの……オルドの魔法で大百足とやらを倒した後だったと」


 頷く俺に、宿屋のおやじは声を潜めてこう言った。


「てことは、あんたが意識を失う頃にはあの野郎の腕もすっかり動かなくなっちまってたはずだ。その状態で、どうやってあんたを外まで運び出したと思う?」

「あー……なるほど」


 確かに、言われてみればそんなことは不可能だ。オルドの腕は今日一日見た限り完全に力が入らないようで、精々が指先を軽く握る程度しか動かないはずだった。

 それに、あの大技を放った直後ともなればその麻痺はもっと重篤だったはずだ。当時の様子を思い返す俺の頭に、次第にどうやってそんな状態で平均的な体格の俺を運んだというのかという疑問が湧き起こる。


「救助隊の人が来てくれたんじゃないんですか?」

「違うな、あんたとオルドを保護したのはもっと後、坑道の……中腹付近だったって聞いたぜ」


 誰からそんなことを聞いたのかも気になったが、とりあえず棚上げしておく。ダンと名乗ったこの店主はイレイネとも既知らしいから、おそらくはその線だろうと思いながら。


 今のオルドの様子と聞いていた話に鑑みるに、足の麻痺は腕ほどに深刻ではなく、少し休めば動くようになっただろうことはわかった。

 だからといってあの腕の様子だ、まさか俺の体を蹴って運んだのかと馬鹿げた妄想もするが、それにしては俺の体は傷も少ないしそんなはずもないだろう。


 助けてくれたという結果にばかり目が行って、どうやって助けたのかというのは思いつかなかった。

 魔法で、とかどうにかして背負って、とか答えに窮していると、ダンは禿頭を愉快そうに震わせて答えを指差す。


「ココだよ。それこそ、あの見た目に相応しい様子でな」


 宿屋のおやじは、無精ひげの生えた自分の顎を指していた。

 顎、口を使って俺を運搬する方法とは。

 そのネコ科の風貌から、動物の猫が連想される。


「……まさか、噛んで?」

「暗闇から現れた姿を見た救助隊の何人かは、てっきり食ってるのかと思って腰を抜かしたらしいぜ」


 そんなの不可能だ、と思ったがあの体格なら平均的な人間男性一人、噛んで運ぶことくらい不可能じゃないのかもしれない。

 しかし噛むってどこを、と思って自分の体を見回す俺に宿屋のおやじは「ちょうど腰の部分、下穿きの境だな」と教えてくれた。

 背中に手を回して生地を触って見ると、確かにちょっと伸びてヨれているような気がする。


 ここで宿屋のおやじが全くの嘘を言うメリットはないはず、その上ズボンの腰部分に牙の痕らしい凹みが感じられるとなるとこれは事実なのだろう。


 しかし、それを何故黙っていたのだろう。


 記憶が正しければ、あの時は崩れ出した岩盤から助けた結果頭を打ったわけで、暴れ回った大百足のせいでその後に崩落が続いてもおかしくないくらい天井はガタガタになっていたはずだ。


 そんな中で、意識のない俺を抱えて……咥えて脱出することがどれほどリスキーなのかは素人の俺にも想像がつく。

 一人ならまだなんとかなるだろうに、わざわざ重荷となる足手まといを抱えていては落盤から逃げ遅れたり、諸共潰されたりする可能性だってあったはずだ。


 そんなリスクを背負ってまで俺を助けたというのを、どうして言わないのか。

 そもそも、わがままを言ってついてきただけの俺をどうして助けようと思ったのか。


 意識のない人間を咥えて坑道を脱出するような苦労を好んでするタイプとは思えない。

 そもそも大百足の住む鉱山に挑む前に、助けるような手間はごめんだということも言っていたはずだ。


 それを、何故……というのは、実はなんとなく想像がついた。

 わざわざ苦労して助けてやったと俺に教えてしまうと、何故そこまでして、ということを聞かれるだろうから黙っていたのではないか。

 そして、そこまでして俺を助けたのは……自分で言うには烏滸がましいことだが、大百足を相手取った俺の活躍を認めて、助けるに値すると認めてくれたからではないだろうか?

 あるいは、そこまではいかずとも、あの時崩落から助けられた借りを返そうとしたのではないか。

 助けられた分俺を助けただけで、今の状況はそれ以上恩の着せようがないフラットな状態とオルドは認識しているのではないか。


 もちろん、俺も身を挺して庇ったのだからそれくらいしてくれるべきだろうという意見は合理的だ。


 だが、あの時の俺はなんていうか……見返りとかそういうものを何も考えず勝手に体が動いていたので、想像でしかないがオルドがそのような形で応えてくれたのだとしたら意外だった。

 一人でさっさと脱出して後で安全圏から助けを呼びに行く手段だってあったはずだ。


 それをせず、自らも命を懸けて応えてくれたとすれば……。

 その全ては身勝手な想像でしかないが、仮にそれが事実だとすれば、冒険者として数段上を行くあの虎と並び立てているように思えて、俺は少しだけ自分を誇らしく感じてしまった。



「ふぅ……さて、くだらねェ話は終わったか? ダン、こちとら食事中だぞ。いつまで居座ってるつもりだ」

「おっと、怖い怖い。噛まれる前に俺も退散するかね。スーヤ、酒や飯の追加が入り用ならいつでも言ってくれよな」


 ドアを足で押し開けるオルドに言われて、宿屋のおやじは肩をすくめると、俺に意味深な目配せを残して虎とすれ違うように部屋を出ていってしまった。


 それから、少し気まずい沈黙が流れた。

 聞いてはいけない話を聞いてしまったようで、ちょっとした後ろめたさに苛まれて言葉が出てこない。

 気まずそうに木のスツールにどっかりと腰掛けて何も言わないオルドはオルドで、きっと本名を隠していたことや、自分が夢を追う冒険者だったことを知られてしまって恥じているだろうということも想像がついた。

 だから、俺から聞いてみた。


「あのさ……聞いても良かったのか?」

「何がだ」


 具体的に何がって言われると、ちょっと言いづらい。

 やっぱりなんでもない、と臆してしまいそうになる心を奮い立たせて、俺は続きを紡ぐ。


「当時の話とか……冒険者になった理由とか」


 それは今しがたの話の内容もそうだが、俺が目を覚ました時の話でもあったがそれはすんでのところで口にせずに済んだ。

 オルドはフンとつまらなさそうに鼻を鳴らして返す。


「……お前が聞きたがってたからな」


 それだけ言うと、虎は飯の続きだと言わんばかりに顎をしゃくってまだほんのり湯気を立てている肉を示す。

 最初は俺が聞きたがっても教えてくれなかったのに、その心変わりの理由が知りたい気持ちはあるにはあったが……言葉にするのも、追及するのも野暮なように思えた。

 テーブルの上に余っている、葉野菜を酢で漬けたものをフォークに乗せて俺は虎に突きつける。


「肉ばっか食ってないで野菜も食えよ」

「俺ァ生野菜しか食わねェ。漬け物なンざお前にくれてやるよ」

「お前なぁ……」


 だからこそ、自分と同じように、冒険に夢と理想を抱いている男に認められたような気がするのも黙っておこうと思う。

 ただの錯覚かもしれない。それでも、宿屋の鐘の話と同じだ。

 どういうつもりで話したかという真実を確かめなければ、俺が思ったままのそれが事実と変わりはない。


 今はただ、それだけで十分なように思えた。

本日はここまでとなります、次回更新は1/15です。


あけましておめでとうございました。馴れ初め編が終了という感じですが、今後もゆっくり進めていこうと思います。

本年もよろしくお願いします!

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