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ep86.自分の理想を誰彼構わず喋る時期

目標:錫食い鉱を王都に納品しろ

 宿屋のおやじはもうだいぶ前の問答にまだ思うところがあるようで、立ったまま腕を組んで心外そうに言う。


「まあよ、ヒトにゃあそれぞれ事情がある。だから連中の言うことも間違っちゃいねえんだろう。……だが、それと同じように夢に生きることだって間違ってるワケがねえんだ、笑われるようなモンでもねえ!」


 そうだろお客人、と急に同意を求められたが、話を蒸し返す禿頭になんと言っていいかわからず曖昧に頷いておいた。


「んだから言ってやったのさ、それを言うならおれがこうして宿を持って、死ぬまでお客人らをもてなすこととまだ見ぬ地を求めて死ぬことに何の違いがあるんだ、ってなぁ!」


 それとこれとはだいぶ違うと思うけど、というのは言葉にしないでおいた。


「……そンな話もあったな」

「そうだろうそうだろう、それを聞いた時の奴らの反応ったら痛快だったなあ!」


 平然と虎が言って、宿屋のおやじががははと笑い飛ばす。元鉱山夫らしい剛気な笑い声だった。


「だから、最初からそンなもん気にしちゃいねェっての」

「だったらまたオルドリウスって名乗りゃいいじゃねえか。聞いたぜ、あの頃はギルドでも散々言ってたらしいじゃねぇか! いつかこの地の歴史に、偉大な冒険者としてオルドリウスという名を刻むってなぁ!」

「おう、ぶっ飛ばされてェならそう言ってくれよ」


 今に噛みつくぞという虎の剣呑な様子を、がははと宿屋のおやじが笑った。


 その話に、ひとつの仮説が俺の中で浮かび上がる。

 冒険者になった目的を語りたがらずはぐらかしたその態度から、オルドリウスという名の由来を隠匿した理由が線を結んで繋がっていく。

 もしかして、オルドと名乗っていたのは。


「……本名で活動していた時期が、黒歴史だから?」


 ぎろりと睨まれた。黒歴史ってそういえば造語らしいけど、こっちじゃどんなふうに翻訳されたのかが気になるところだった。


「そンなんじゃねェよ。オルドリウス、なンて大げさな名前で活動する気がなくなっただけだ」

「やれやれ、強情なのは変わらねえか」


 そういうことにしておこう、とばかりに宿屋のおやじが肩を竦める。

 まあ、真意とその名前はともかく……今回の事件を解決した中位冒険者というだけでなく、そういう事情でも名が知られていると考えるのが妥当だろう。

 大柄な虎の中位冒険者というのがそうそういるとは思えない。

 冒険者ギルドに立ち寄った際にやけに注目を浴びていたのは、その時のことがある程度噂になっているのではないかと思ってしまうのは考えすぎだろうか。


 しかし実名はともかく、オルドが冒険者になった理由を隠していたのはつまりはそういう理由だったのだ。

 自分の夢に、理想にその生活を捧げていることを俺に言えず、口にするのを憚っていたのは自分でもそれがどれほど非合理的で、馬鹿げた理由かというのをわかっていたからだろう。

 幼稚だ、馬鹿げてると詰られながらも、一人自分の信念を貫いて戦い続けてきたオルドは自分がただの夢想家あることを知っていたのだ。


 どうして今になってそれを俺に語ったのかはわからないが、自分のことをあるかどうかもわからないものに命を賭けるバカだと思うか、とオルドは言っていた。

 俺の答えは変わらない。どうせ死ぬならベッドの上で干からびて死に行くより、希望を持って何かを探し求めて死ぬほうがいいと思う。


 それを思うと、オルドのそれを笑う気にはなれなかった。今となっては、中途半端に欠けて切り込みの入った丸い耳や褪せた毛並みからは人ならざる獣じみた威圧感の他に、どことなくスレてしまった印象を抱くようで。


 とはいえ、恥を隠そうとする態度には相変わらず見栄っ張りだなと思わざるを得ないが、さておき。


「強情もクソも、本当のことだ。今はオルド、ただのオルドだ。それだけだ」


 オルドは俺が持っている串に刺さっていた魚の残りを齧り取ると、およそ食事中とは思えない咀嚼音を立てながら行儀悪く立ち上がる。

 きっぱりと愛想のない調子で続けながら、のしのしと俺と宿屋のおやじの脇をすり抜けてドアまで歩いていく。


「オルド?」

「なンでもねェ、便所だ」

「一人で平気か?」

「お前な……ぶっ飛ばすぞ」


 両腕が動かないとなるとその辺りも大変そうだなって思って聞いただけなのだが、ぐるる、と猛獣のように睨まれて俺は思わず身を縮こまらせたのだった。

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