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ep84.いっぱい食べる虎の過去

目標:錫食い鉱を王都に納品しろ

「あ、どうぞー」


 俺は虎の口にスティック状に切られたキュウリみたいな野菜に、あっさりとして発酵の浅いチーズをディップしたものを押し込みながらドアに向かって投げかけた。

 大きな口が小刻みに動いて、ざくざくぼりぼりと野菜を嚙み砕くのは少し愉快だった。


「よっと、どうだ。うちの飯の味は」


 虎が俺の手から与えられた野菜をぼりぼりと咀嚼しながら、嫌そうな顔で入室してきた人物を見る。

 振り返ると、宿屋のおやじが大きな葉っぱの皿に姿のまま串を打って焼かれた魚を数匹と、水音を立てる鉄差しを持って俺たちが囲んでいるテーブルに近づいてくる。


「ありがとうございます、ご飯もおいしいです。なあオルド」

「塩気が足りねェな」


 両手も動かないくせに、ふんぞり返って横柄な態度で鼻を鳴らした虎に俺が何か言う前に、宿屋のおやじはがははと笑った。


「そりゃ結構、塩気の違いがわかるのも命あってのことだからなぁ! ほれ、こいつはおまけだ。今朝町外れの川で釣れた魚を塩焼きにしてきたぜ。それに、うちの人気の大麦酒だ。存分に飲んでくれい!」


 少し片付いてきたスペースに葉っぱの皿と、ツンとした酒精がにおい立つ鉄差しを並べて、空いた木皿や鉄皿を重ねて回収する宿屋の店主が禿頭を光らせながら愉快そうにそう言った。

 一通り食べて、オルドの食事補助に専念していた俺がじゅわじゅわと脂が立てる音に惹かれてそちらを見ると、塩を振られて焼き目をつけられた魚の皮の表面が俺を誘うように香気を立てている。

 思わず喉が動いてしまう俺は、指先がオルドの牙の表面に当たるのも無視して残りの野菜を虎の口にねじ込んで次に備えた。


 肉料理と一緒に食べるための薄焼きのパンや、動物の肝臓と野菜を煮込んだスープのほか、ナイフで薄く切り取りながら食べる豚のロースト肉や浅く酢で漬けた葉野菜などはこのおやじが用意したもので、味も申し分なく十分美味なものばかりだった。


 怪我人に肉ばかり食わせていいのかという思いはあったが、血を多く流した身としては肉類を多く摂ったほうが良いことは間違いないだろう。

 それにどうやらこの世界では怪我人にこそ精のつくものを食べさせるという文化のようで、俺たちがボロボロだと知りつつもボリュームのあるメニューを宿屋のおやじは存分に供するのだった。


 しかしそれが迷惑であろうはずもない。

 特に虎に関しては、文句を言うような口ぶりではあるものの俺に食べる暇を与えないくらいローストされた肉を俺に要求し、次々に平らげていったのだった。


 オルドのそれが本心ではないことを宿屋のおやじが見抜けたのは、元々勝手知ったる仲だからなのか、テーブルの上の皿のいくつかが完食されているのを見たからなのかは判断がつきそうもない。

 それでも、宿屋のおやじは心底嬉しそうに口を開く。


「町はお前さん方の噂で持ち切りだぜ、流れの冒険者が大百足を討伐してくれたってな。何しに戻ってきたのかと思ったらそういうことだったとはな、人助けたぁ立派になったもんじゃねえか、オルドリウスよ!」

「……その名で呼ぶなっつぅの」


 宿のおやじは重ねた皿をテーブルの端に置くと、今度はまだスライスされていない塊肉に刺さったナイフへ手を伸ばしながらそう言った。

 それを受けて、じゃくじゃくと嚙み砕いた野菜を嚥下したオルドが自分の黒々としたゴムのような唇をぺろり、と一舐めして、不機嫌そうにそう返す。

 じゅわじゅわと身の脂が音を立てる川魚の串を手に取ったまま、その偽名を聞きつけた俺は尋ねてみる。


「あれ、おやじさん。オルドリウスっていうのは……」

「あァ、そうか! 今はオルドって名乗ってんだな、悪かったなぁ」


 またガハハと笑って、手元も見ずに宿のおやじは塊肉をスライスしていく。

 偽名だと知っていたのか? いや、あるいは予想通り本当は偽名ではないのかもしれない。ともかく、この禿頭のおやじが過去のオルドを知っていることは間違いない。


 肉を薄く切り分ける手慣れた給仕のような手つきは一見の価値があったが、俺はその話に聞き返す。


「あの、オルドリウスって……昔のオルドが名乗っていた名前なんですよね。その時のオルドってどういう人だったんですか?」

「お、なんだお客人は知らねえのか? なあ、聞かせてやっても構わんよな?」


 虎はあからさまに嫌そうな顔をするが、ぶすっとした様子で「勝手にしろ」とだけ言うと、俺が手に持った魚を食わせるよう催促してきた。

 骨があるから食べにくいんじゃないかと思って口元に近づけると、そんなことお構いなしに頭ごとバリバリと食べ始めて、人語を解する獣さながらの食いっぷりに少しばかり怯んでしまう。

 エラも、中骨も砕くぎらりと並んだ歯列が覗くと、差し出した俺の手も食われそうなイメージを抱いてしまってちょっとだけ肝を冷やした。


「よーし、そうだなぁ。あれは……こいつが初めておれの宿に来た時のことだ」


 宿屋のおやじは不満そうに虎が了承したのを聞いて、揚々と語り始めた。

今回はここまでとなります。次回更新はちょっと先で、1/12を予定しています。


皆さん良いお年を……。

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