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ep83.祝勝会もとい餌付け会

目標更新:???→錫食い鉱を王都に納品しろ

 突然だが、俺とオルドも互いに怪我というほど外傷は酷くない。


 血が出るような外傷というよりはむしろ魔力放出による両腕の麻痺を患ったオルドはともかく、俺は全身に細かい擦り傷や切り傷、そして打ち身に筋肉痛などを負っているものの命に別状はなく、頭を打ったことが一番の重傷だった。


 一番の出血を伴う傷といえば大百足の突進が掠って裂けた脇腹の傷だが、見立て通り肋骨の表面を滑るようなものだったので内臓まで達していることはなく、ぱっくり裂けた傷を寝ている間に縫い合わせられた今となっては出血も落ち着いていた。


 そのため、体を捻ったり上半身を動かすとくっつきかけた傷口がズレてずきりと痛んだり、全身の火傷痕や打撲痕が鈍い痛みを発し続けているが、動けなくなるほどではなかった。


 もっとも頭の怪我はその時何ともなくても後々でぷっつり亡くなる切っ掛けになることも少なくない、というのは病院にいるときに散々聞いた話なので、全身の怪我の痛みもあってしばらくは大きく動き回らないよう安静にしつつ、今後自分がそうならないことを祈るばかりである。


 さて、そんなことだから俺は両脇に露店で買った料理や桃の果実酒の小樽なんかも多少の痛みに目をつぶれば持って帰れたものの、どんだけ買ってくるんだと呆れながらも肉の焼けたにおいに尻尾を躍らせたオルドはそうはいかない。


 何しろ両腕が全く動かないのだ。

 一度確認したが、指先に軽く力を込めたり軽く曲げることは可能だが指先、親指の先と人差し指がぎりぎりくっつくかどうかというところで、腕自体は全く持ち上がらないという。

 そんな虎が満足に食事をするとなれば。


 鉄のフォークに刺した鶏肉の塊は、骨付きのままぶつ切りにした腿肉を赤味のあるスパイスに漬け込んで窯で焼き上げたような料理で、まだ湯気を立てている。

 焼き目のついた香ばしい肉はスパイスの香りのほか、肉質から滲んだ鶏のエキスと混ざりあった香辛料がそのジューシーさを空気に混ぜて俺達に伝えていた。


 ぐぁぶ、と尖った牙の並んだ口元に差し出された肉の塊を一口で食いながら、虎はだらんと下げた腕の手の中に弱々しく握った石ころを弄ぶ。

 表面がすべやかで、艶やかなそれはあの鉱山から俺達が唯一持ち帰れた戦利品だった。

 それを握るように、あるいは転がすように手慰みに触れつつ、ぼりぼりと骨ごと鶏もも肉を噛み砕くオルドが言う。


「んぐ……で、あん時はたまたまコイツが手の中にあった、ってか」

「うん、もちろんそれが今回の目的の鉱石だってことは知らなかったんだけど……でも、それ以外には変わったことはないんだよな」

「だったらなおさら、あん時のお前は確実にこいつから何らかの影響を受けていたはずなンだがな。なんか思い出せねェのか?」


 そう言われてもなと返した俺は、動物の餌付けそのものといった様子で虎に飯を食わせながら当時のことを思い出していた。


 オルドの見立てでは、これがその錫食い鉱石とやらの一部であり、その原石であることは間違いないという。

 うっすらと魔力を感じるらしいそれは、しかしそれ以外に何か作用する効力はないようだった。


 そして、虎が言っているのは膝を突いた俺が百足の脚を切断したときの話だ。


 あの時は極限状態だったこともあって、たまたま弱っているところに刃が通ったとか虎が打ち込んで弱っていところが斬れたとかラッキー程度にしか考えていなかったが、冷静になって考えてみればオルドの一撃すら軽々と弾くほどの硬度を持つ殻を俺程度が切断できるわけもないことは明らかだ。


 それもあんな中途半端な姿勢で振るって、手応えはむしろ物足りないほどの軽快さで切断してみせたのだ。

 その仕掛けは俺にもわからなかったが、遠くで己の魔力を研ぎ澄ませていた虎ははっきりとそれがわかったという。


「まあこの石はともかく……確証がねェんであまりこういうことは言いたくねえが、あの時は確かに俺以外の魔力の流れが感じられたンだ」


 魔力に目覚めているものにとって、自分以外の魔力の感覚は明確に異なって感じ取れるという。


 それをあの瞬間、俺から感じたというのか。


 もちろん、あの場に俺と虎以外の誰かがいたようなこともない。であれば俺が魔法を使ったということになるのだが。

 そう言われてもいまいちピンと来ないのには理由があった。


「となるとお前が魔力に目覚めたどころか、何らかの魔法の領分に足を踏み入れたに違いねェんだが……今はどうだ?」

「……なんにも。魔力って、一回目覚めちゃえばそのあとは結構簡単に操作できるもんじゃないのか?」


 そのはずなんだがな、と虎が手の中の石ころを握りながら嘯く。


 虎が言うには、あの土壇場で俺が魔力に目覚め、無意識に何らかの魔法を行使したことで百足の脚を切断してみせたのだろうとのことだが……実際に何の代わり映えもしない身体感覚を確かめる俺には、そんな都合の良い主人公みたいなタイミングで新しい力に自分が目覚めるとはどうしても思えないのだった。


 魔力を感じ取る修行も毎晩行うには行っていたが、それに目覚めるのには数か月、下手すれば数年かかると言われているようなものがこんな短期間で取得できるとは考えにくい。

 しかもそれが絶体絶命のタイミングとなるとなおさらだ。

 そんな都合のいい話があって良いのだろうか。答えがあるわけもない疑問に突き当たって、俺は手を動かす。


 んが、と口を開ける虎にしゃきしゃきの葉野菜と表面にたっぷりの香辛料を摺りこんで焼かれた鶏腿肉を薄焼きの生地に包んだものを放り込むと、俺は虎の手からその小石を借り受けた。


「じゃあやっぱり、こいつが俺の体に何かしたのかな」

「むぐ、さてな。他人の魔力に反応するような何かがあって、それをきっかけにお前さんが魔力に目覚めた……のかもしれねェ。どっちにしろあの野郎に見てもらえば早いだろうが」

「掘り出すのはもうちょっとかかりそうなんだよな」


 あの調子だとな、と言いながら太い喉を上下させた虎がテーブルの上の俺が露店で買ってきた肉団子を顎でしゃくって示すので、粗く挽いた肉をこねて丸めたものを鉄板で焼き付けて、焼いた卵を上に乗せたそれを腕の動かない虎のためにフォークで食わせる。


 体が思ったように動かなくなる、というのと似た症状を経験し、一生付き合ったことのある身としては、その大変さと苦労が身に染みてわかる。

 まして、大百足を仕留める決め手となった一撃を放ってくれたことについては素直に称賛したい気持ちがあった。

 その労いの気持ちのために、介助すること自体に抵抗があるわけではないが、いつまでこれを続けさせるのだろうかというのは気になって、聞いてみた。


「それまでに腕、治るのか?」

「あぐ……どうだかな。指先くらいなら動くようになってきたからもうちょっとだとは思うが、断言はできねェっつぅのが正直なところだ」

「……別にいいんだけど、それまでこれ続けるのか? 俺が」

「手も使わず犬みてェに食えってか?」


 犬食いがごめんだという気持ちには共感できた。

 腕まで動かないくらい進行した頃は既に点滴や呼吸器のお世話になっていたが、仮に満足に食事ができていたとしたら誰かに食べさせてもらう方を望んでただろうからだ。


 文句を言うわけではないし今すぐ辞退したいくらい不満というわけではないが、だからと言ってネコ科の大男に俺が献身的に介護することは何かが違うような気がして、自分のもどかしさを誤魔化すために酸っぱさの際立った甘い果実酒で口を濡らすのだった。


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