ep82.金を受け取りめしにしましょう
目標:錫食い鉱を王都に納品しろ
報酬を受け取り、冒険者ギルドを出た俺達は管理組合にも立ち寄ったところ、張り出されていた仕事の枚数から察しはついていたが予想通り事務所内は大わらわだった。
大百足を運び出す手配や崩落した岩の片付け、俺たちの本来の目的である錫食い鉱の掘り出しに加えて、大百足が侵入した経路や巣穴の調査やその後の鉱山の運用方針の会議などもあるそうで、まさに巣をつついたような騒ぎになっている。
通りがかった恰幅の良い男性にイレイネの所在を聞いたところ、第三鉱山で死骸の運び出しの指揮を執っているそうで、そういえば第三鉱山にいると言っていたなと思いだした。
ズボンを用意してくれた礼を言いたかったのだが、どのみちしばらくは俺も怪我の痛みが遠のくまで、あるいはオルドの腕の回復を待つためにも数日滞在することは事前に決定している。急ぐような用事でもないので、後日訪れることにした。
町中はどことなく祝勝会の雰囲気が漂っていて、露天商や道行く町娘ですらも第三鉱山の百足の話をしていた。
倒したのが俺とオルドだということはあまり知られていないようで、大百足を討伐した冒険者については存分に尾鰭のついた噂となっていたが不思議と悪い気はしなかった。
そして、それを飛剣の英雄伝説その二だなと笑う気になれなかったのは、俺の懸念が別のところにあったからだ。
人通りの多い町中をおっかなびっくり歩く俺を見かねて、オルドが言う。
「……お前なァ、もうちょっと堂々と歩いたらどうだ。逆に目立つぞ」
「い、いや……わかってるよ、わかってるんだけど……いきなりこんな大金を持たされるとさ……!」
「アホか、妥当だろうが。そうでなくともこっちは死にかけてンだ、少ねェくらいだぜ」
フン、と虎が鼻を鳴らしてそれから夕食の話をし出すのだがイマイチ俺の耳には入らなかった。
オルドが用意してくれた衣服は、意外にも丈やウエストもしっかり俺の体とサイズが合うようで、ベルト代わりの革紐をしっかり締めて穿くとなかなか動きやすくて俺好みだった。
そんなズボンの膨らんだポケットを気にしながら、俺は傍目にも挙動不審に町中を歩く。
冒険者ギルドの窓口に呼ばれた俺達は、机の内側で腰掛ける受付嬢と今回の報酬についての話をした。
濃い色の金髪をした女性は、机の上でちゃりちゃりと貨幣の音を立てながら算盤に似た道具を弾いて、今回の討伐対象の大百足について少し話をしてくれたのだった。
頭部を縦に両断され、胴体を中途半端に切り分けるように分割された大百足は失血多量で死に至ったとされている。
されている、というのは崩落で多数の岩盤の下敷きになったこともあり、その遺体の掘り出しが完了していないからだ。
動かなくなった頭の一部は引きずり出せたが、厳密な死因や急所はどうかを精査するには時間がかかりそうで、しかし完全に絶命しているのは確かなために討伐は完了と見て良いとのことだ。
しかし、頭部を失い、完全に絶命しているにもかかわらず、中途半端に欠けながらも全長の三分の二ほどの長さでそのまま残っている図体は現在も時折びくりと動くことがあるようで、死後の硬直かあるいは体に残った魔力で動いているのではと語る受付嬢の説明には、いかにも百足らしい生命力だなと思ってげんなりした。
また、行方不明になっていた冒険者達についても遺体の一部が巣穴から発見され、ギルドに登録されている分は遺族へ届けられたという。
しかし、あくまでそれは一部だけで、まだ巣穴の奥までは探せていないこともあって行方不明になったままの冒険者全員の生死が確定するまでは依然捜索を続けるとのことだった。
食べられてしまっているのではないかというのはオルドの指摘だが、よくもまあそんなデリカシーのないことをさらっと言えるものだと驚いてしまう。
しかし受付嬢もこの現実的な指摘には重々しく同意するしかなかったようで、大百足の胴体を引きずり出せたら並行して解剖を進めるという。
そして報酬を計算するにあたって、討伐した百足の死骸の処遇について求められた。
考慮すべくは利用価値だが、人を食していることから食肉には向かないがその全身を覆っていた外殻は岩石さながらの強度を誇りながらも嘘のように軽くて、それなりの値がつくだろうとのことだった。
この場で所有権ごと売却するか、数日間ギルドで保管してから決めるかと尋ねられて、オルドは俺に全て売却していいか聞いてきたが、自分で倒した魔物の素材で武具を作ってもらうことに少し憧れのある俺は、加工用に一人分の素材を残してほしいと頼んだ。
虎は意外なことにこれをすんなり承諾し、受付嬢に同じように伝えてくれた。
冒険者ギルド付けで預かっておくので、切り出せたら引き取りに来るか、手紙で送り先を教えてほしいと言うのを頷きつつ、受付嬢はその分を差し引いて報酬を計算しなおすと革袋から数枚の銀貨を取り除いて、口を縛った革袋を机を挟んだまま手渡してくる。
確認を求められたので、腕が上がらないオルドの代わりに受け取った袋を紐解いて中を見て……驚愕した。
報酬額は十九枚のウェスタ金貨、それに七十五枚のケーニッテ銀貨で支払われたからだ。
そりゃ確かに、少し膨らんでるなとか、重たいなとは思った。
でもそれはあれだけ大きな百足なのだから、支払われる銀貨も数十枚分だろうという目算で、きらきら光る金色のコインがここまで含まれているとは思わなかった。
受付嬢曰く、大百足の討伐代にウェスタ金貨五枚とケーニッテ銀貨二十五枚、そして大百足の遺体の売却でウェスタ金貨十枚とケーニッテ銀貨五十枚、そして魔石期待率とやらを換算して都合四枚という内訳らしいが、俺はそんなことよりも初めて目にした金貨に目を奪われていた。
女の横顔が彫られたきらきら輝く金色のコインは、銀貨と同じような五百円玉サイズで、とてもじゃないがこれ一枚で銀貨の百倍の価値があるものとは思えない。
千円程度の銀貨の百倍というと、これ一枚で十数万円ということになる。そう考えると、一気に百万円越えの金銭を渡されたことになって、受け取るだけだというのに思わず手が震えた。
持っているのも恐ろしくてすぐにオルドに手渡そうとするが、慌てる俺を前にニヤニヤと笑いながら腕が動かないのでそのまま預かっていてくれというオルドを呪いつつ、無理やりポケットに押し込んだ俺は、一刻も早くこれを手放して楽になりたいと思うばかりだった。
両替したような大量のコインが袋の中でぶつかり合って音を立てるので、あまり音を立ててくれるなと願う俺をあざ笑って一歩ごとにぢゃりぢゃりと鳴るのがなんとも心臓に悪かった。
そんな俺の苦労も露知らず町中はどことなくお祭りムードのように浮かれ調子だったが、力自慢たちはこぞって落盤した採掘場の片付けや手伝いに行っているためか酒場や食堂のひと気は疎らである。
しかしオルドはそのどれにも入るつもりはないようで、肩越しに俺に振り返った。
「用は済ンだな。お前も腹減ったろ、帰って飯でも食うか」
確かに、丸二日寝ていた俺の胃は起き抜けに軽く水分と気付けだという酸味のある果実を摂ったくらいで、ようやく動き出した頃合いだった。
オルドの言葉が呼び水となって慢性的な空腹を自覚した俺は、食事にすることに異論はなかったが、前みたいにどこかで食っていかないのかと気になって通り過ぎた店を指して尋ねると虎は首を振って返す。
「別料金だが、宿のおやじに用意させてある。お互い病み上がりで、俺の腕もこんなンだしな」
オルドがそう言うので、なるほど確かに腕が使えない状況で大衆の目に晒されながら食事をしたくはないだろうなと思った。
俺も俺で、まだあちこちが痛むし外で食事をするとなると完食するまでに時間がかかりそうだ。反対する理由もなくて頷く俺に、オルドが言う。
「……つっても、出来上がるまでもうちっと時間があるか。戻って待つか、その辺で気になるもんがありゃァ先に買ってきてもいいが、どうする?」
「あ、いいの? 実はちょっと気になってたんだよな」
町の大通りには色んな食べ物の露店が並んでいて、串に刺した肉塊をぐるぐる回しながら焼いていたり、ミンチ肉を丸めたものを熱した鉄板で煙を上げながら焼いているものなどが特に俺の興味を引いていた。
「おう、いいぜ。んじゃ俺ァ先に戻ってるからよ、適当にウマそうなのを頼むぜ」
「一緒に来ないのか?」
「荷物持ちにもならねェからな」
「そっか、わかった。……いや、でも俺も一旦帰ってからにしようかな。それで買い出し行ってくるよ」
二度手間だろ、とオルドは非難するように言うが、頑なな俺の態度にすぐに説得を諦めたようだった。
買い出しに行くことは構わないが、こんな大金を持って平然と買い物ができるほど俺の肝は太くない。
それに、まだ猪を倒した時の小遣いだって余っているのだ。
この金はオルドに預けて、それから買い出しに行ってちょっとした祝勝会をするとしよう。




