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ep81.ギルドのピンクチラシ

目標更新:???→錫食い鉱を王都に納品しろ

 まるきり二日寝込んでいたというのは本当のようで、再度立ち上がった俺はどこか懐かしい筋肉の強張りを感じながら少しフラついてしまった。

 しかしそれも、固まった筋肉を解してやれば問題なく動けるようになって、打撲による内出血や塞がりかけている切り傷がずきずきと痛むことには痛むが、ゆっくり歩く分には問題なさそうだった。


 歩ける程度まで回復したら今回の報酬を受け取りに行くかとオルドは言うが、ただ寝ているだけというのは懲り懲りだったので半ばごねるようにして俺は今から行こうと告げた。

 虎は目を丸くしながら、お前がいいならいいけどよ、なんて言うが確かについ十分前まで寝ていたやつが急に出歩くのもどうなのかと思ったが、そもそも意識を失っていただけで病気などではないから問題ないはずだと自分に言い聞かせる。


 穿きっぱなしだったズボンは土砂や塵を吸って沁みた血が真っ黒に乾いてがさがさになっていて、小麦色のズボンは今やひどい有り様だった。

 ベッドに掛けるようにして置いてあったブラウンのズボンは見立て通り俺の替えらしく、イレイネが用意してくれたのかなと思いつつ身に着けた。


 しかし上着は用意されていなかったようで、それらしいものは見当たらなかった。

 まあそこまで世話焼いてもらうわけにもいかないよな、と血の沁みが残ってヨレたシャツに袖を通し、干しっぱなしだった外套を身にまとった俺はオルドに並んで外に出る。

 こっちだ、と歩き始めたオルドはマントのないボタンシャツ一枚の姿だったが、ぶらぶらと振られる両腕のために歩きづらそうだった。


 それで、元々は俺の便利道具の肩代わりとしてのおつかいなのに、報酬が出るのかと尋ねてみた。あまりの自然さに疑問を抱く暇もなかったが、よくよく考えてみれば大百足を倒したのは俺達の目的の錫食い鉱の確保のためで、まだ目当ての鉱石を納品できていないのに報酬が出るのかというのは至極まっとうな疑問だった。


 しかし、そんな俺にオルドは当然と言わんばかりに答えた。


「鉱石を運ぶのがあの野郎に言われた仕事。クソデケェ虫を倒すのはこの町から頼まれた仕事で、それぞれ別モンだ。カネが出るのは当たり前だろ」


 言われて、そういうものかと釈然としないまま俺はオルドに随伴したが、その心は少しだけ浮足立っていた。

 冒険者を志すと決めた時から、気になっていないわけではなかった。

 こういうファンタジー世界にありがちな、ギルドという存在に。


 冒険者が集い、仕事を受けたり併設の酒場で屯して仲間を募集しているギルドの光景は創作でもよく描かれているが、ついに自分もその一員にと思うと感慨深いものがあった。

 仕事を受けに来た者や、これから未開の地へ共に挑むのに相応しい仲間を探す者、そして一仕事を終えて酒場で騒ぐごろつき同然の屈強な男達。


 おい坊主ここはガキが来るところじゃねえぞ、なんて絡まれちゃったらどうしよう、あちこちで腕相撲とか飲み比べとかしてるんだろうな、なんて想像していた俺を出迎えたのは…………どちらかというと、市役所や郵便局、あるいは病院の受付といった佇まいだった。


「……はい、冒険者証の確認をいたしました。オルド様、この度の討伐お疲れさまでした。貢献度の登録後、報酬をお持ちいたしますのでそちらにお掛けになってお待ちください」


 広めの石のカウンターに三つほど並んだ窓口の奥で、受付嬢らしい女性がそれぞれ訪ねてきた冒険者の応対をしている。

 カウンターの奥を含めて教室ほどの広さの屋内に酒場などあるはずもなく、手狭な印象だ。

 しかも受付の奥では紐で綴じられた羊皮紙の束が陳列された棚と机を忙しなく行き来して手を動かす事務職員達が見受けられて、しかも数人掛けのベンチがその窓口の傍に数台設置されているとなるといよいよファンタジーさなどはまったく感じられなかった。


 これで番号札とか渡されたらまんまそれだなぁなんて思いつつ、脇腹や手のひらが発する痛みを堪えながら硬いベンチに腰掛けた。


 きょろ、と周りを見渡しても俺が想像するような酒場があったり、ごろつきと見紛うような冒険者達が腕利きの仲間を集めるべく目を光らせている……なんてこともなくて、剣や斧など思い思いの武器を携え冒険者然とした薄汚れた男衆はベンチに座って手続きの完了を待つばかりで、その様子はどこか余裕がないようにも感じられた。

 武器を持ってるその姿に俺はこれぞ冒険者だ、とテンションが上がらないわけではなかったが、それを上回る臭気に気勢をそがれていた。


 むっとした汗臭さをまとうだけならまだしも、耐え難いアンモニア臭を漂わせる冒険者の男もいて、なるべく距離を置いた位置を俺は陣取る。

 なるほど、明日をも知れぬ冒険者というのは結局のところ住所、収入不定の日雇い労働者と同じということか。

 余裕のない男衆は早く報酬を受け取りたいのか、あるいは手続きが長引いているのかで苛立っているようにも見えた。


 それでも、明らかにこちらを意識してじろじろと見てくる視線を感じる。

 冒険者ギルドに立ち入った主人公を訝しむ視線はフィクションでもありがちだが、それとはまた種類が違うようで、俺が黒髪黒目だからだろうか予想以上に居心地は悪かった。


 黙って座っていることに耐えかねて、依然として両腕をだらんと垂らしたまま大股を開いて座るオルドに尋ねた。


「なあ、ギルドって……大体こんな感じなのか?」

「何がだ」

「いや、想像よりこぢんまりしてるっていうか……小さいっていうかさ」


 さすがに周りに人がこれだけいる中で、あまりマイナスなことは言えなくて差し当たっての感想を口にした。

 腕の動かないオルドはそれだけで俺が言わんとしていることを察したらしく、「あぁ」と声を上げてふんぞり返るようにベンチに腰掛けながら尻尾を揺らした。


 ちなみに腕が動かないから、中位冒険者の証明書は俺が提示した。

 ストラップ紐の付いた手のひらサイズの銀の板は宿を出るときに預かっていたもので、表面に名前と思しき文字列やその他の情報の他にギルドのものらしいエンブレムが刻まれていて原始的な印象を受けるが、それなりに重量がありつつ鈍い光を放っている辺り、しっかりとした銀を使っているらしく、見るからに貴重な品であることが窺える。


 これが中位冒険者の証だということと、先ほどから窓口へ向かう冒険者らが一様に同じような形状で銅色のものを手にしていることから、どうやら下位、中位、上位の冒険者証はそれぞれベースとなる鉱物が違うらしい。

 銅、銀と来るとなると上位冒険者は金色なのだろう。

 魔法の格付けといい、その三種類の金属をやけにモチーフとしているなと思った。


「ここはただの出張所でしかねェからな。そもそも冒険者より労働者のほうが多い町だ、仕事も鉱山の警備や流れの商人の護衛程度しかねェし、王都にも近いとくりゃァこんな規模でも十分なのさ」


 ふーん、と相槌を打つ俺に「見てみろ」と虎が言うので、少し手狭な建物の中で目を引く大きな掲示板に目を向けた。

 辺が撓んだ三角形を作る木製のボードに張り付けられた不揃いの羊皮紙達は仕事の依頼書であり、危険度の低いものから下に張り付けられていくとオルドは言う。


 見てみると、その文字は読めなかったが確かに掲示板の大きさの割には張り出されている依頼書の数もまばらで、その多くはボードの下のほうに固まっているようだった。


「お前文字は……読めるわけねェか。今は俺らの仕事の後処理的なもんが多く溜まってるみたいだぜ」

「へぇ、どんなの?」

「そうだな……『第三鉱山における軽作業』、『第一鉱山の短期警備』、『第三鉱山の奥地調査』……おっ、こいつは報酬もいいな。『鉱山周辺の実地調査』、巣穴らしいものを見つけたら更に上乗せだとよ」

「巣穴……あぁ、確かにあの百足が開けた巣穴とかもそのままだもんな」


 文字の読めない俺の代わりに遠くの依頼書を音読するオルドのそれに、俺は頷きながら返事をする。

 百足が入ってきた巣穴を考えると、あの坑道は山を貫通してどこか外に繋がっているのだろう。それなら反対側からまた魔物が入ってくる可能性だってある。

 それを防ぐための依頼だろうというのは想像がついた。


「あの百足どっから来たんだろうな?」

「さてな、山の向こうとかじゃねェか? えー、『第三鉱山補強作業手伝い募集』、『オッス、逞しい雄野郎募集、報酬即払い』……はは、報酬高っけェ」

「何読んでんだよ……」

「『溜まったあなたの蜜を美しいミツバチ達が吸い取ります』、『蜜蜂の里は冒険者ギルドから歩いてすぐそこ』……いいな、俺も腕がこんなンじゃなきゃ行くンだが」

「……なあ、それほんとに仕事?」

「立派な仕事だろうが」


 そんな土木工事の求人もあるんだなと思いつつ、如何わしいチラシを読んでいたらしいオルドをじろりと睨むが、どこ吹く風という様子で詭弁を弄するので俺はもうそれ以上聞かないことにした。


 何とはなしに室内を見回すと、革紐に結ばれた赤銅色の板をぶら下げる狼の獣人がそのうちの一枚をべりっと剥がして受付に持っていくところだった。

 うわ、二足歩行する犬だと思って眺めていた俺は、そのイヌ科が俺を一瞥するのに気づいて、慌てて視線を逸らした。


 しかし、気が付いた。見ているのは俺ではなくて、俺の隣の巨漢にその焦点が合っていることに。

 それで、改めて周囲を見回した。

 注目を集めているのは、食堂で飯を食った時と同じく俺が異国人然とした風貌だからだと思ったが、どうもその関心はオルドに寄せられているような気がする。


 そしてあちこちの声に耳を澄ましてみれば、あれが中位冒険者か、風の剣の、とかそういう類の内緒話が日本語として俺に聞こえてくるので間違いないだろう。


 陰口などではないだろうが、噂をしているその声が気にならないといえば嘘になるが、明らかに聞こえているはずのオルド本人が取り合わないので俺も努めて無視をし続けたのだった。


本日はここまでとなります、次回は12/29更新予定です。


メリークリスマス!

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