ep78.冒険者の在り方
目標:???
俺とオルドが坑道に消えて数時間後、断続的に鉱山から響いてくる地響きに控えていたイレイネを含む管理組合の面々はすぐに戦闘の気配を察知し、救助隊の突入タイミングを計っていたという。
ぽっかりと空いた坑道の奥から伝わってくる地面の揺れに救助隊らも救助に入るべきかどうかとざわついていたが、その数十分後に町を揺らした地鳴りが決定的となって坑道に立ち入り、捜索を開始した。
奥の採掘場から岩盤が崩落する轟音が入口付近まで響いてきたが、それ以降はしんと静まり返ってしまったこともあって、もしかしてやられてしまったのではないかと凶報を予感する男達を引っ張るようにイレイネは先頭を進む。
大百足を警戒しつつ殆ど灯火が消えた坑道をゆっくりと進んでいったところ、坑道を引き返すように暗闇からのっそりと現れたのが……俺を連れたオルドだった。
オルドはそのまま救助隊に意識のない俺を預けて大百足の討伐を報告すると、それを受けたイレイネが随行していた数人の下位冒険者を採掘場の様子を偵察しに向かわせた。
それによれば最深部は天井の三分の一ほどが崩落してしまったそうで、スロープを下りた先は立ち込めた塵や土煙で見通しも悪く、あちこちにごろごろと岩塊が転がって足の踏み場すらなかったという。
目を凝らしてみれば、落盤した巨大な岩石や鉱物が積みあがってできたと思われる山の下敷きになっている百足の脚が見えて、地面がぬかるむような夥しい血溜まりを作りつつぴくりとも動いていなかったことから完全に息絶えていると判断したらしい。
そのまま新たな魔物が入ってこないように一晩魔除けを焚いて、夜が明けた今は崩れた鉱石と死骸の運び出しを行っているとのことだった。
「中はひどい状態でした。立ち込めた煙は肺に悪く、あれほどの質量が崩れたと考えると……巻き込まれたスーヤ様がこうして無事に目が覚めたことは奇跡に近いでしょう。本当に、よくご無事で……」
イレイネがしんみりと言うが、俺はなんとなく気まずくて尋ねてみる。
「えっと、俺って……どれくらい寝てました?」
「そう……ですね、丸二日くらいでしょうか。町一番の医者を呼んで、頭や腹部の傷だけでなくその他の外傷も手当はさせていただいたのですが……体調はいかがでしょう? どこか優れなかったり、気持ち悪かったりなどしませんか?」
「あ、いえ。確かに……ちょっと痛むには痛みますけど、大丈夫だと思います」
言いながら、そういえば何か不愉快で、それ以上に重要な情報を忘れているような気がした。
まったく思い出せないそれは、現実にあったことのような気もするし、ただ寝ているときの夢で見ただけのような気もする。
どちらにしろ、そんな気がするというだけなのでそれ以上の情報は引き出すべくもなくて、俺はイレイネに控えめに頷きかけた。
男物のズボンを穿いて、作業着然とした恰好のままイレイネはそれは何よりです、と微笑んで……それから、バツが悪そうに言う。
「……オルド様が、意識を失っているスーヤ様を連れて戻ったのを見て、正直に言うと後悔してしまったのです。やっぱり頼むべきではなかった、と」
叱られて反省している子供みたいな、落ち込んだ表情で俯いた女性の茶髪が揺れる。
よく見れば、毛流れの美しい茶色い毛束はあちこちに塵や砂を巻き込んでいて、ついさっきまで鉱山にいたのだろうという汚れ方をしていた。
「町の利益のために、人の命をまた犠牲にしてしまった。それもほかならぬオルド様のお連れを。……この町の鉱山で年にどれだけの人が亡くなっているか、ご存じですか? それは鉱山内の事故だけでなく、魔物による被害とその対応に当たった冒険者を含めると、命を落とされた方の数というのはけして少なくはないのです」
悔いているような語り口に、俺は何も言えないでいる。イレイネが何を言おうとしているのかは、まだわからなかった。
「もちろんそれが稀なことはわかっています。それでも、いくら自己責任とはいえ、報酬を用意しているとはいえ、ギルドへ依頼を出すのは私の仕事なんです。だから冒険者様方が亡くなってしまったのは、スーヤ様が傷ついたのは……元はと言えば、仕事を持ち込んだ私が原因なのです」
「そんなことは……」
ない、と言おうとした。
冒険者の仕事は自己責任で、命のリスクと報酬の額を天秤にかけて仕事を請け負うのだから、気に病む必要はないはずだ。
そう言おうとして言葉が出なかったのは、俺が仕事を受ける側の気持ちしかわからないからだ。
ゲームでもなんでも、描かれるのは危険な仕事を受けるか断るかの立場の者だ。その仕事を依頼した側が、どういう気持ちで相手を見送るのかは考えたことがなかった。
「また私のせいで、と思うたびに、誰かが私の指示で命を落とすくらいなら、誰にも指示などしない方が良いのでは、と。いっそそんな鉱山なら閉じてしまえ、と思ってしまう日もありました」
剣と魔法のファンタジー世界で、さらに人の命を簡単に奪う魔物が生息しているとなれば、その死生観も倫理観も現代日本とはかけ離れているだろうという先入観がないわけではなかった。
冒険者などはその最たるもので、憧れていたフィクションと違って現実のそれは命を賭して危険を承知で金を稼ぐ血生臭い稼業であることも俺は薄々理解し始めている。
そして、この鉱山の管理組合とやらは鉱山内の魔物の討伐については冒険者ギルドに委託しているという。
鉱山の問題は鉱山を管理する者たちの問題だが、手に負えない仕事だけを冒険者ギルドに委託する。そういうビジネスも、提携の形だ。
だから今回のように、中位冒険者にそれ相応の依頼するのは何も間違っていない。
その結果が絶対ではないということを除けば。
そんなケースは稀だと言うが、果たしてイレイネは、一人の苦学生でしかなかったこの女性は一体何人の冒険者を同じように差配して、そのうちの何人の死に立ち会ったのだろう。
それを自己責任だから、とか金を払っているから、と合理的に割り切れるような人には見えない。
何と言ったら良いものか、というかどうしてそんな話を病み上がりに聞かされているのかと思う俺に、イレイネが続ける。
「……でも、そんなことを考えることこそ、冒険者様方に失礼ですよね」
「えっ?」
重くなってしまった空気を吹き飛ばすように、イレイネがにこりと微笑む。
「わかってはいたのです、冒険者様も危険を承知で請け負ってくださってるんだと。それでも冒険者様が冒険者であるのにはそれぞれ理由があって、けっして全員が全員押し付けられた仕事を嫌々請け負っているわけではないのだと……スーヤ様達に、気づかされたのです」
お二人の事情は存じませんが、と付け足したイレイネがこの間の口論について話しているというのはすぐにわかった。
「傷を負いたいと思う人がいないように、嬉々として命を差し出すような冒険者はいないでしょう。それでも、冒険者様は皆それぞれ身を危険に晒す覚悟と生きて戻る誇りを持って、仕事を引き受けてくださっている。依頼しておきながらそれを信用せず、失敗したらなんて考えるのは……依頼を受けてくださる方に、あまりにも失礼だと」
イレイネはまっすぐ俺を見据えながらそう言うと、改めて深々と頭を下げて「ご無礼をお許しください」なんて言うので、慌ててしまった。
そんなことを言われても俺はまだ冒険者ですらない上に、そもそも今回の件だってオルドに任せておけばもっと丸く収まったかもしれないのだ。
それを元々の依頼があるからと、錫食い鉱とやらを手に入れるためにとやむにやまれぬ事情を盾にして首を突っ込んだのは俺の方だ。
わがままを言わなければ俺がこんなふうに傷つくこともないし、イレイネが心労を重ねることもなかったはず。
冒険者見習いでしかない見知らぬ男が不相応の相手に挑んで本当に生きて帰れるのかというのを心配するのは当然のことで、その上わがままが発端でしかない俺の振る舞いから冒険者全体にレッテルを貼るのは何か致命的な間違いのように思える。
だけど俺個人に対する考え方はどうあれ、おそらくはオルドがそうであるように冒険者には冒険者をする理由が、目的がある。
そして、その実力にもプライドがある。
それを考えると、イレイネの言葉の何が間違っているのかというのは指摘しづらく思えた。




