ep76.夢現
目標:???
暗闇の中を揺蕩っていた。
ここがどこで、自分が誰で、何があったとかはどうでもよかった。
自分のようなものが暗い水の中に溶けている。
それ以外には、何も考えられそうになかった。
……。
……。
……。
……。
……あー……。
………………あーあー、テストテスト。
そういうわけでね。
こっちでは初めましてかな。いやいや、向こうでも初めましてだったけどね、そんなことはどうだっていいか。
見てたよ、すごい無茶をするもんだね。
こっちまでハラハラしちゃって、スリル満点だったよ。いいB級映画って感じでさ。
でも、キミのおかげであの虎の人は救われたようなもんだからそこは誇っていいと思うな。
──うるさい。この声はなんだ。
──俺は、また死んだのか。
うん、そうだよ。
……ウソウソ、そんなわけないって。
でもどうかな、生きてると思えば生きてるし、死んでると思えば死んでるんじゃないかな。
どうせ夢みたいなものだよ。ここで起きてることも、この時間だってそう。
それに、死ぬのは慣れてるんでしょう?
暁原くんならさ。
──暁原。そうだ、暁原愁也。その響きには覚えがある。それは一体、誰のことだったか。
──どうして俺が知ってることを、こいつも知っている?
そう身構えないでよ。
僕は戦いたいわけじゃないし、敵対しようとも思ってないからさ。
じゃあ何しに来たんだってなると思うんだけど、実はそれが僕にもわからなくってね。
何しろ、僕だってまだこのスキルの使い方を探ってるところでよくわかってないんだよね。
ほら、こういう異能力バトルモノにはよくあるだろう? 自分の能力が解釈によって色々とできることが増えるやつ。
あぁいうのってさ、結構苦労してその力が増していくのに実写版のドラマとか映画では何故か最初から使えたりするんだよね。
そういう改悪って僕は結構好きでさ、まあ僕って原作派だから実写とか見たことないんだけど。
今の僕がまさにそれなんだよね。主人公らしくスキルを拡大解釈して無双したいんだけど、これがなかなかうまくいかないんだ。
だからこうして、暁原くんの前に現れたことには僕が一番驚いてるんだよ。
トライしてみたのは自分だけどさ、まさか本当にうまくいくとは思わないだろ? そういう意味でもさ、随分未知数なものを持たせてくれたと思わない?
その辺り、暁原くんはどうしてる?
なんのスキルも持ってないからわからない?
──何の話をしているんだ。いや、そもそも俺は話をしているのか。これはただの妄想なのか?
──わからない。何も。どういうことなんだ。
わからない? それとも、なんで知ってるかって? そりゃもう答えはひとつしかないだろ?
知りたかったから知った、それだけだよ。
なんでも知ってるよ、知らないこともね。ミステリアスな美青年は全て知ってるのさ。
でもさ、それも怪しい話だよね。
ただ見定めるため、自分が楽しむためだけに軍神さんがキミを殺し続けたって本気で思ってる?
──軍神……軍神。
──そうだ、あの野郎を殺さないと。殺された分、殺してやらないと気が済まない。
──アイツはどこだ。武器はどこに行った。
三万五千八百六十三回。
それだけ殺されてなお相手に立ち向かう気力のある自分が、数多の死の経験と苦痛を味わってなお人間らしく物を食べて、人間らしく喋って、人間らしく振る舞っている。
そんな自分が、本当に、まだ普通の人間だと思ってる?
ヒントはおしまい。
推理でも考察でもあとは好きにして欲しいな、啓示を与える謎の美青年としてもミステリアスさは大事だと思うからね。
もしかしたら全くの嘘を言ってるかもしれないけど、その辺りのことを考えるのは得意だろ?
まあこれも嘘なのかもしれないけどね。嘘をついてるかもしれないっていう嘘、それでも僕の話を信じてみるかは……ずばり、キミ次第です。
僕が誰なのか、最後までわからないままこの話が終わるスリルを味わって欲しいな。
でも敵意がないっていうのは本当さ。
だから、今のヒントはお近づきの印に僕が知っててキミが知らないことをちょっとだけ教えてあげた……ってことで、これからも仲良くしてくれると嬉しいな。
──意味が……わからない。
──こいつは誰で、俺は何で、ここはどこなのだろうか。俺は、何だったか。
──思い出せない、いや最初からわかっていない。なんでもいい、殺せれば。殺さないといけない。
──俺がされたように、俺が苦しんだように、俺が死んだように。殺す、殺す殺す殺す殺す……。
まだ混乱してるのかな? 通信時に何かに干渉しちゃったのかな……。
それともキミ自身の問題かな。まあいいや、ここは夢の中みたいなものってことで。
もしかして僕だって、キミの中に眠るだけのもう一人のキミかもしれないよ?
……あぁ、それいいかもね。
じゃあこの場はそういうことにしておいて、せっかくこうしてお話しできるんだ。
それならそれでうってつけの議題があるよ。
ねえ、あの虎の人はキミがそこまでして助ける価値がある人だった?
それだけじゃないよね、自分とは全く関係ない事件に首突っ込んで、あんな目に遭うことくらい想像ついたよね。
別にいてもいなくても関係ない話に割って入って、痛くて苦しい思いをした。
その分の見返りは、価値はキミにあったの?
それともキミってそんなに馬鹿なのかな。
損得勘定が欠落して誰かのために身を切って施さざるを得ないタイプのサイコパス? 放課後に走り幅跳びの練習してる系男子?
もう一人のキミである僕から言わせてもらえば、そんなこと普通はしないけどね。わざと辛い思いをしに行くようなとんでもないマゾとしか思えないよ。
戦わずに、何からも干渉されず、危険を侵さないのんびりとした生活を送る。
キミの目標ってそうだったんじゃないの?
殺され続ける日々で散々痛い思いをしたことをもう忘れた?
ちょっと優しくされたからって、憎くてたまらないネコ科相手に簡単に懐いちゃうほどあの五年間はどうでもよかった?
親切にされた分、自分も何か役に立ちたいって思っちゃった?
つい最近まで寝たきりだったひ弱な現代人が、その道一筋のプロの冒険者と肩を並べて戦えるとでも思ったの?
……それは言い過ぎか。
ひ弱な現代人ってのはもう一人のキミである僕も同じだもんね。
まあそれは嘘なんだけど。
本当はキミのこともどうでもいいから好きにしてくれて構わないんだよね、僕も見ていてスリルのある映画は好きだからさ。
でも、登場人物の心情描写があまりにお粗末なんじゃない? とも思うわけなんだよね。
キミはキミをどう思う? 今の自分が何をしたいのか、本当にこれでいいのかって胸を張って言える?
そんな目先の冒険カッコ笑いカッコ閉じなんてことよりもさ、もっと他のことをした方がいい気がしてこない?
この世界が何なのか、神とはなんなのかって気になってこない?
──何を言っているのか、まったく理解できない。
──だが、そうだ。俺は……こんなことをしている場合じゃない。生きると決めたのだ、何があろうとも。それに。
──冒険が待っているんだ、ここではないどこかへ、まだ見たことのない病室の外へ行かなければ。
──自由に動く体ならある。願ってやまなかった自由がある。
──こんなところで寝ている場合じゃない。そうだ、俺は寝ていたはずだ。寝ているからには起きなければ……。
……逆効果だったかな。それに、ピンと来てなさそうだ。
それなら、これ以上はやめとこうかな。
謎は小出しにしていった方が楽しいだろうし、それを解くスリルを奪うようなことはしたくないからね。
うんうん、非常に有意義な話し合いになったようだね。
今回のところは、これくらいにしておくよ。
いやいや、僕と別れるのが寂しいのはわかるけどね。何せこの僕だもの、別れを惜しむのは当然のことだよ。
──……いや、そもそも。
──そもそも、お前は誰なんだ。なんなんだ、ここは。夢の中にしては、おかしすぎる。
あれ、僕のこと見えてない?
まあ何でもいいよ。別に僕のことなんてどうでもいいだろ。
だからね、さっさと忘れてくれていいよ。それで、忘れた頃にまた来れたら来るよ。
その時まで、キミがどっちのスリルを取るのかハラハラしながら気が向いた時に見守っていてあげるから安心して欲しいな。
くだらない冒険なんかに命を賭けるのか。それとも……。
……。
……あ、別に続きはないよ。
ここではぐらかしたら勝手に重大な真相っぽく思ってくれるかなって思って黙ってただけさ。
え、もう聞こえてない?
残念だなぁ、夢の中で啓示を与えるミステリアスな美青年に次に会うのはいつになるかわからないのに……。
浮上するように、意識が覚醒していく。
不定形だった自分の体が、四肢がはっきりと知覚できて……俺は、暁原愁也としての意識を取り戻した。




