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ep74.断ち分かつ風

目標:大百足を討伐しろ

『こちらで使用している魔除けです。これを燃やした煙は魔物を痺れさせたり退ける効果があるので、無用とは思いますが坑道内が魔物で溢れていた際にお使いいただければ無駄な消耗を防げるかと……ですが、今回出現した大百足には効き目が薄いようですのでご注意ください」

『大百足には試したのか?』

『えぇ。ただ、その時は平然としてたそうです。嗅覚に作用するものなので、何かもっとにおいの強いものや魔力のあるものを一緒に燃やせれば更に効果的な煙が出せると思いますが……』


 そう、仕掛けとは、鉱山に入る前に受け取った魔除けのことだった。


 その効き目が薄いことは実証済みで、その先入観のために受け取ったときは気づかなかったし思い至らなかった。

 だが、イレイネからもらった魔除けはにおいに作用すると言っていた。


 ならば、これが効かない道理はないのだ。

 何せそれは。


「はぁっ……はあ、そうだよな……そりゃあ、くっせぇよな……余所者の猪のウンコに、からっからに乾いても、虫が寄りつかない香草だもんな」


 気づいてしまいさえすれば、仕掛けるのは簡単だった。

 村でもらったお守りの香草と一緒にしてあった獣の糞を、魔除けの袋と一緒にまとめて燃やすだけだったからだ。


 懸念は、この広い採掘現場内にそれだけの量で足りるのかというのと、煙が上方に立ち込めるまでどれくらい時間がかかるのかというところだったが……魔除けというだけあってあの量でもしっかりと制圧できたようだ。

 ずきずきと目を痛めてまで粘った甲斐があったな、と口の端が吊り上がる。


「へへ……馬鹿と煙はなんとやらってな。そんな上の方に張り付いてたらさ、煙もモロに食らっちまうだろ」


 目に入った砂粒を取ろうとして、しかし両手は乾いた血と塵にまみれていたので、諦めた。


 思考が口から勝手に漏れるのは疲労のためか、あるいはあれだけ俺を苦しめた大百足がまんまと自分の策にハマってくれた喜びからかというのはちょっとわかりそうもない。


 オルドに聞こえそうもない独り言をぶつぶつと呟く俺に答えるように、頭の上からギィィと苦しむ声が聞こえる。

 燃えた布袋から立ち上り、百足の体を痺れさせるに至った煙で充満した天盤はうっすらと霞みがかって見えた。


 それで、粘着力がなくなったテープみたいに大百足の体が落下してくる。

 あちこちが痛む体を引きずって、血に濡れた体で飛び退りながら、俺はできるだけ声を張り上げた。


「後は……任せた、ちょっと休む」

「応とも」


 巻き込まれンじゃねえぞ、と静かに、しかし力強く言い放つオルドの近くまで下がって、よろよろと距離を取るとそのまま尻もちを突いた。


 ずずん、と百足の質量が離れた俺達の足元を揺らす。

 同じ高さまで降りてきた百足は、ぐったりとしたままもがくように無数の足で空を掻いていた。


 俺の仕掛けは成った、ならばあとは飛剣の英雄に任せることにする。

 虎は片足を引いて、正面に構えた剣を振りかぶるようにぐっと持ち上げる。


 そのまま剣道の面よろしく、力強く一歩踏み込むと上段から切りつけるように空気を切り裂いた。


「くたばれ、クソ虫野郎ォ……!!」


 怒声にも似た咆哮が迸る。重々しく掲げられた大剣が振るわれる。

 落下してきた百足の質量に巻き上げられて、もうもうと立ち込める土煙を切り裂く一陣の風が吹いた。


 ゴッ、と縦に飛んだ刃が痙攣する百足に迫る。

 ぎちち、と丸まったまま頭を持ち上げる百足の頭が、見えない刃に裂かれて緑の血を噴き上げた。


 オルドの放った刃は百足の頭を縦に割るだけでなく、丸まっている胴体を切り開いて、容赦なくその図体を裁断していった。

 あれほど硬かった外殻も易々砕いて、ごぎべぎと重厚な破砕音が響き渡ってその威力の凄まじさを物語る。


「うぉッ、おぉ……すっげぇ」


 大百足の体を切断した風の刃は轟音を立てて鉱山の壁にくっきりと巨大な裂け目を作ると、そのまま立ち消えた。


 俺がその威力に息を呑むと、分断された百足はびくりとその身を大きく跳ねさせて死後の硬直か、あるいは脊髄の反射か、ばらばらになったまま激しくのたうち回り始めた。


 二十メートルほどもある図体が暴れ回るので、切られた部位がずるりとズレて緑色の断面を露わにする。

 大量に血も噴き出ているというのに、その状態で釣り上げられた魚のように地面に体を打ち付けてのたうち回るのがなんともグロテスクだった。


 まあ虫だし、百足だし即死しないくらいの生命力はあるか、と俺はその光景を眺めていたが放っておけば死ぬだろうという確信は揺るがなかった。


 何せオルドの剣によって体の三分の一ほどが切り取られて、頭も割られているばかりか歪に分割されているのだ。

 おびただしい体液の量が採掘場に染み込む速度を大きく上回って流れ出していて、絶命するのも時間の問題だろうと思った。


「ふーっ……」


 終わった、勝ったんだ。


 生きて帰れるんだ、と俺が勝利を実感して地面にへたり込んだまま数メートル先の虎に目を向けて……気づいた。



 その頭上の岩盤がぐらりと揺らいだのを。



「オルド、上! 危ない!」


 俺が叫ぶと、剣を振り下ろした体勢のまま弾かれたように天井を見上げた虎は、しかし危険を察したにもかかわらず一歩も動かずにいた。


 それどころかその太い両腕をぶるぶると振るわせてがらんと大剣を取り落とすと、顔を忌々し気に歪めて緩慢に足を動かす。

 まるで足に怪我を負った病人がリハビリするようなたどたどしい足取りで一歩後退する虎の姿に、魔法の反動で動けないんだとすぐにピンときた。


 ぐら、と岩盤が崩れる。

 大小併せた岩の塊が虎と百足に降り注ぐ。


 もはや一刻の猶予もなかった。

 そう思うと、苦しいはずの体は思いのほか軽やかに動いた。


 鉱石が転がる地面を蹴って、飛び出した。剣すら手放して、ずきずきと全身が痛むのも気にせず、殆ど倒れそうになりながら駆ける。


 体当たりを食らわすような、あるいは飛び掛かるような勢いで俺は両手を伸ばす。ヘッドスライディングよろしく頭から飛び込んで、虎の巨体を突き飛ばした。

 体重の違いがあるとはいえ、全速力で駆け込んだ俺の質量でもなんとか虎を動かすことに成功したようだった。


 後ろによろけるように倒れざまに遠ざかる虎の顔は、驚愕の色に染まっていた。


 瞬間、ごつっ、と鈍い音がした。


 走って突っ込んだまま無防備な側頭部に衝撃が走る。

 目の前に星が散って、急激に意識が遠のいていく。


 致命的な岩の塊からは避けれたと思ったけど、やっぱり駄目だったか。

 がらがらと何かが崩れ落ちて強かに打ち付ける音がする。全身から力が抜けて、意識を保つのが難しくなってくる。


「スーヤ!!」


 絶叫にも似た声が俺に届いたが、その声はどこから発せられたのかもわからない。

 

 うん、がんばったよな。

 ただの日本人にしては、数年分殺され続けただけの素人にしては健闘したはずだ。


 それでも、あれだけ大口を叩いておいて結局オルドの言うとおりになったなと思うと、ネコ科の言うとおりになったことが癪に障るどころか、むしろ力になれなくて申し訳ない思いでいっぱいになって。


「テメェ……ふざけるンじゃねェぞ! こんなところで寝るンじゃねェ!! 起きろ、起きやがれ!!」


 オルドが遠くで何かを捲し立てているが、肝心の俺の耳にはそれは急速に近くなったり、あるいは遠のいたりして波打って聞こえる。

 だが、なんとなくその声が怒気に満ちていることと、怒鳴れるほどに無事だということはわかった。


 ごめんオルド、やっぱ俺なんかが首を突っ込むべきじゃなかったな。


 それでも、あんたが死ななくてよかった。

 俺が同じネコ科の野郎相手にこんなこと思うなんて、自分でも変な話だと思うけど。


 それ以上は、何も考えられそうもない。

 視界が狭まるように、俺の目の前は真っ暗になっていった。

本日の更新はここまでとなります、次回更新は12/22です。

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