ep67.ハンター達
目標:大百足を討伐しろ
『戦闘になったら俺が気を引く。お前さんはその隙に叩くか、応援を呼んでくるかを自分で判断して動け』
『剣も矢も弾くような相手だぞ、どう戦うんだ?』
『まずは探る。何が通用するのか、通用しねェのかをな』
「オラ、こっちだクソ虫野郎!」
鉄パイプで電柱を殴ったような硬質な打撃音が坑内に響く。
相手が巨大な百足と聞いていた俺達がどう戦うのかを事前に打ち合わせしていた通り、オルドは大百足が俺に背を向けるように誘導して戦っていた。
虎は地鳴りを上げて高所から滑り落ちてくる体当たりを避けたまま、巻き上がった土煙に紛れる俺と対照的に百足の視界にわざと残るように動いて、硬質そうな足や顎先を剣で叩いて注意を引いている。
大百足の頭部には目となるような器官は見受けられなかったが、足よりは細い触角をしきりに動かして飛び回るオルドに角状に伸びる顎を正確に向けているところを見るに、あれがセンサーかあるいはなんらかの受容器官として働いていることは間違いないだろう。
しかし堅牢な外殻は虎の膂力と大剣の重量をもってしても切断することは難しいようで、がきんがきんと剣戟が絶え間なく響いていた。
百足と冠するだけはある無数の足はそれ一本が騎士の持つ槍のようで、虫が身をよじったり体を曲げるたびに代わる代わる襲いかかってくるのを、虎は五指に穴の空いたグローブに覆われた手で担いだ剣一本でいなす。
広い室内を縦横無尽に動いて、這い回る大百足を相手に大立ち回りを続けるオルドの邪魔にならぬよう、俺は広間を取り囲むらせん状のスロープを駆け上がった。
段差に上がって、高所から俯瞰すると大百足の姿が詳細に観察できそうだった。
ぐねぐねカサカサと蛇とゴキブリを合わせた動きで這い回る姿や、大きくて気持ち悪い百足という点に気を取られずに落ち着いて見てみると、その身幅もあって市民プールのレーンがそのまま百足の形を取ったようなサイズに感じられた。
正確にはわからないが、体長は二十メートルほどもありそうだ。
ただし虫とはいえその質量はかなりのもののようで、転がっている鉱石の塊を物ともせず跳ね飛ばしたり蹴飛ばしている。
こうして眺めていると、百足のサイズ感もそうだがその長大な体が躍起になって追い回し、頭部や胴体をぶつけるように攻撃を繰り出す先の虎がいかにうまくそれらを捌き、そのまま注意を引いているのかがよくわかる。
まるで降り注ぐ槍の雨のような節足を、虎は余裕を感じさせる足運びで後ろに下がって回避し、かと思えば剣を打ちつけて弾き返していた。
がぁん、と鉄の塊をぶつけ合ったような轟音が断続的に響いていて、俺が受け止めれば吹き飛んでしまうだろうという威力のそれを百足は軽々と受け止めている。生き物らしさよりも無機質さのほうが目立つ大百足からは、足を打ち返す虎の一撃一撃でダメージを受けているかどうかを見て取るのは難しそうだった。
斬撃が届かなくとも、打撃としての威力はあるはずだが果たして虫の痛覚をどこまで信用していいものか。そしてそれは対峙しているオルドが一番感じていることのはずだった。
脳裏に会話が蘇る。
『何も通用しなかったら、どうするんだ? やっぱ逃げるのか?』
『俺が勝算もなくこんな仕事を請けるアホに見えるか? ……とはいえ安全策から程遠いのも事実だがな、使わねェで済むならそれに越したことはねえンだが』
虎はそう言っていたが、明らかに使用するのを躊躇っていた奥の手をここでただ待っているだけというわけにもいかないし、このまま戦闘を任せっきりにするのではついてきた意味がない。
こっちはこっちで、できることをしないと。俺は少し高い所から百足の全身を見回して弱点を探った。
全身が硬質な外殻で覆われていようとも、その可動域だったり関節はそうもいかないのがセオリーだ。
モンスターを狩猟するゲームでもそれはそうだし、鎧を着こんだあの白ライオン相手に戦っているときも俺は同じようなことをしていたはず。
そのうえ、少し小高い傾斜に立つ俺の眼下でぐねぐねと鰻のように暴れ回る大百足は理科や生物の教科書で見覚えのある節足動物の見た目をしていた。
連結した電車のような構造で、巨大な岩石塊を思わせる体節を繋ぐくびれた部位が上からだとよく見える。
狙うなら、あそこだ。ぎゅっと剣を握りしめる。
足元に履いた運動靴はだいぶ土に汚れていたが、そのグリップ性はまだまだ健在で力強く地面を掴んでいた。
楕円状になっている広間の外周を走るように傾斜を上っていた俺は地上から数メートルほどの段差の上から、ぐねぐねとのたうち回って虎を捕まえんとする百足の尻尾部分を見下ろしている。
目の前の虎に気を取られているのか、あるいは元々俺のことは勘定に入れていないのかこちらを気にした様子はなさそうだ。
俺が入院していた時の病室は三階にあって、度々中庭で五体満足にはしゃぐ子供の姿を窓から眺めたものだ。
その時と同じような高さだった、狙った一点を見据えて俺は握っている剣の刃を下に向けて逆手に構える。
落下攻撃はゲームなんかだと高威力だが、高度が高ければ高いほど良いというわけでもないだろう。
それに、頑強そうな相手の関節を狙うのがセオリーとは言え果たして明らかに全身が硬そうなこの魔物相手にも同じことが言えるのだろうか。
刃が通らなかったり、着地に失敗して転げ落ちたらどうしよう。
失敗したときのことを考えると、何か他にもっといい方法があるのではないかと躊躇が俺を支配するようだった。
しかし。
がきん、がぁんと響く重低音が俺を芯から奮わせた。
ビビって誰かに任せるのは性に合わない、刃先を下に向けた剣を力強く握る。
「ッ……やってやるさ」
視界の先で、高所に立つ俺をちらりとオルドが一瞥しながら百足の頭突きのような一撃を躱すのが揺れる炎の明かりに照らされて見える。
視線が交差したのは一瞬のことで、虎はふいと百足に向き直って俺の胴体ほどもある突き出た顎肢へ力強く剣を打ち込んだ。
あの数コンマで何か感情を読み取るのは難しいようだったが、それでも俺の足を動かすには十分だった。
この戦いについていくと決めたのは自分だ。
「行くぞっ……!」
ならば、こんなところで臆すわけにはいかないだろう。




