表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

66/175

ep65.闇から這い出るモノ

目標:大百足を討伐しろ

「……いないね」

「……そうだな」


 明かりを灯す台座を部屋の中に複数見つけて、全てを灯すと多少薄暗い個所を残しつつも部屋の全貌が少しだけ明らかになるようだった。

 きょろきょろと周囲を見渡しながら、足元に革と鉄でできた大剣の鞘が転がる壁沿いの上り坂入口まで戻ってきた俺がそう言うと、虎も苦々しく同意した。


 この広間に大百足と呼べるような魔物は見当たらなかった。


 その他にも先を照らせない大穴を地面や壁に見つけることはできたし、人が掘り進めたのではないと証拠づける痕跡もその場に確認できたが、その入り口から照らした限りだと巣穴の奥にもその姿や気配を感じ取ることはできなかった。


 その穴の幅を大百足が満足に通れるサイズだとすると、高さは俺の身長ほどもあり、横幅は巨漢のオルドを寝かせてもなお大きいようで、そんな大きさの百足が本当に存在するのかと思うと少しだけ気後れしてしまう。

 そこまで大きい虫は見たくないなと今更になって怖じ気づきつつ、俺はオルドに向き直る。


「どうする? あとはこの……上の方くらいだけど、行ってみる?」


 この空間に見当たらなければ、ぐるりと部屋を囲んで壁沿いに上まで続く傾斜のどこかか、あるいはその途中の巣穴にいるのかもしれない。

 俺達が最初に足を踏み入れた坑道への出入り口は坂を下り切った場所の真上にあって、大体一周しながらスロープを降りてきたが分岐している道の全てを確認したわけではない。


 下ることを優先したため、分岐するような上り坂の先の調査はできていなかった。

 台車が無理なく上り下りできるような緩やかな傾斜で伸びるらせん状のスロープを指して俺が言うと、虎は「おう」と曖昧な返事をして足をそちらに向けた。


 手すりも何もないただの坂道を上がっていくと幾らか明るくなった底の採掘場を見渡すことができて、階上はオルドに任せて俺は下を見張りつつ後ろをくっついて歩いていく。

 その途中で来た道から逸れるように上り坂を上がっていくと、途中で二個ほど灯火台を見つけたのでまたそこに着火するがもうだいぶ薪も少なくなってしまった。


 道中を明るくしてきたとはいえ、帰りの松明分は残しておいたほうがいいよなと思って背中の籠に刺さったままの長い木材を気にしつつ坂道を登りきると、それほど高くもないが低くもない、数メートルほどの高さから下の様子を一望できるようだった。


 下から見上げた時も思ったが、やはりというかなんというか飛び降りるには少し躊躇する高さである。

 それに、下の灯りだけでなく、渦を描く坂道に点々と灯したかがり火のおかげで部屋の全体図がうっすらと浮かびあがって見えるようだった。

 どうやら分岐していた傾斜の終端は入ってきたときとほとんど反対側にあるようで、対岸には同じくらいの高さの足場と接続されてぽっかりと口を開ける出口が見えていた。


 立ち止まって岩肌を照らすオルドに並んで、俺は幾分明るくなった下層を見回しながらさっき見かけた大穴から這い出てきたりしてないかなと思いつつ目を配っていると、崖になっている傾斜の終端に大型の灯火台を見つけた。


 円筒形の台座を持つこれまでのものより大きな火鉢は脇にまだ使えそうな薪が詰んであったので、それを土台にして背中の籠に残っていた細かい木片を足して火をつけた。


 オルドはその間下を見下ろして、あるいは辛うじて光が届く天井を照らすように腕を伸ばして周囲を見渡している。

 しかし変わらずなんの物音も、気配すらしない俺は大きく育つ火を尻目にオルドに言う。


「やっぱり……いないな、あの巣穴から逃げたのかな?」

「いや……どうだろうな。近くにいる気はするんだが……」


 虎が口の先端の黒い鼻をヒクつかせながらそう言う。

 獣人だから嗅覚が人より優れているのだろうか? 俺も真似してふんふんと空気を嗅いでみるが、近くで木が燃えている煤っぽいにおいしかしなくて諦めた。


 報告されている通りの質量を持つ大百足がこの鉱山内に自然発生するわけはない。

 外から坑道に迷い込んできたと考えるのが有力で、そうなると入ってきた道を戻って外に出て行ったということも可能性としては十分にあり得る。


 話に聞いていた最深部にその姿がないとなると、今度は巣穴を調べるしかない。

 ただしそれがどれほど危険な行為なのかというのは冒険者見習いでしかない俺でもわかる。

 暗闇から襲撃されるリスクを負い続けるのは思ったよりストレスになるようで、地の利を手放し好んで縄張りに立ち入る危険を侵すことも考えるがあまり気は進まない。

 せめて姿さえ見えれば俺でも戦える気はするのだが、闇の中を手探りで進むのはまだ慣れなかった。


 移動に備えて下ろした背負子に手を伸ばして、残りの薪や油布、もらった魔除けを検めながら、どうしようかと今しがた着火したばかりの灯火に向き直る。


 何か音が聞こえた気がして、不意に天盤を見上げた。

 しかし視界の先には音の発生源たる生き物の類は見受けられない。

 石がぶつかるような軽い音がした気がしたのだが、聞き違いだろうか。あるいは、岩盤から染み出た水なんかが岩を叩いたのかもしれない。


 それから、ぼこぼことまばらに隆起した岩と隣接した闇が目に留まったのはそこだけ暗くなっているのは何故なのかと思ったからだ。

 オルドの立つ位置からはちょうど飛び出た岩場で陰になっているので、見落としていたのかあるいは、松明で照らしきれなかったのだろう。

 それが天井に空いた大穴だと気がついた俺が僅かに身じろいだことで、焚いたかがり火が揺らぐ。


 闇の中に、確かに何かが蠢くのが見えた。

 見間違いかと目を凝らしていた俺はその一部始終を目の当たりにして、ぎょっとした。


 人間というのは本当に驚愕したときは満足に声が出せなくなるようだった。


「仕方ねェ、もう一度周りを調べてみるか。それで何もなけりゃあ戻って……どうした」


 採掘場を見下ろしながら周囲に松明を振って辺りを見渡していたオルドが俺に振り返るが、俺が中途半端に上を見たまま固まってるのに気づくと眉根を寄せて俺の視線の先に目を向ける。

 訝しむように眉根を寄せて天井を見上げて、俺と同じものを見ると猫目をカッと見開いた。


「……スーヤ。まず下に降りるぞ」

「お……おう……」


 目を離さないように見上げたまま、ゆっくりと後退する。


 天井にいびつに突き出ている岩の塊を抱くように、にょろりと巣穴から伸ばした赤錆びた頭部を覗かせる異形がそこにあった。


 錆びを思わせるおどろおどろしい色をしたその体は俺が起こした火にわずかに照らされて、妖しく光を跳ね返している。

 胴体は岩肌のように隆起した外殻で覆われた無数の節によって連なっていて、その体節一つが俺の体ほどもあった。


 電車の車両を切り詰めたような連結体からはそれぞれ一対の脚が伸びていて、一本がまるで槍を思わせるほどに長く先の鋭い歩肢が天井の岩盤を器用に掴んでいる。

 頭の先からは発達した顎が悪魔の角のように湾曲して突き出ていて、足と同じく伸びた一対の触覚が俺達の存在を察知して揺れていた。


 道路がそのまま質量をもって起き上がったような扁平な大百足は、信じがたいことに一切の物音を立てずに巣穴から這い出してきていた。


 この大百足が真上に張り付いていた空間を今までのんきに捜索していたのかと思うと、どうして気付けなかったのかと自責の念が恐怖を伴って騒ぎ立てる。

 しかし大百足は俺達が慄くのを感じ取ったのか、ぎゅち、と金属が軋むような形容しがたい音を立ててその顎肢を動かすのでひょっとしたら今まで寝ていたのかもしれないと直感した。


 そう考えると殺気や気配すらも感じとれなかったのも頷ける。

 それを裏付けるように、明かりに照らされて浮かび上がる体節がうごめくのを見た俺は首の後ろがざわざわして言葉にできない嫌な予感を覚えた。


 天井に突き刺すようにして張り付いている頑丈な脚の一本一本が溜めを作ってぐっと力むのが見えた。

 一つ一つが岩石のように巨大な体節が僅かに揺れて、ぎちぎちと軋む顎が忙しなく開閉すると共に湿った音が伴ってくる。


 逆さに頭を揺らして、まるでえずくようなリズムで音を立てる百足が、でこぼこと光の陰影を作る外殻が、だらんと垂れた頭が俺達を捉えて殺意に漲る。


 無意識のうちに、肩にかけた剣の紐を強く握っていた。

 足下に放った背負子に中途半端に手を突っ込んで握りしめたまま、体が緊張に強張るのを感じる。


「オルド、やばいかも……!」


 それで、言い終わるのとほとんど同じタイミングだった。


 ぐぅんとスイングした大百足の頭が、まるで振りかけるようにその顎先から黄緑色の体液を放つ。

 じりじりと後退っていた俺達へ、そこに放置されたままの背負子へびちゃびちゃと降りかかったそれらは、途端に肉が焼けるような音を立ててけたたましく泡立っていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ