ep62.いざ闇の中へ
目標:大百足を討伐しろ
一般的に、鉱山における採掘法には二種類ある。
一つは、屋外の地面をそのまま掘り進めて地表から鉱石を採掘する露天掘りという手法。
そしてもう一つは、坑道を作り山や地中の鉱床から鉱石を採掘し運び出す坑内掘りという手法で、今回問題となっている第三鉱山はこの坑内掘りを採用しているのだという。
そもそも背面と側面を丘と小山に囲まれたミオーヌの町には、三つの鉱山がある。
日常で使われる石炭や鉄鉱なんかをメインに掘り出す第一、第二の鉱山は側面の山の頂上付近から木々を伐採し、漏斗型に掘り進める露天堀りで地表から鉱石を採掘しているらしい。
しかし、純度が高く質の良い宝石や貴金属なんかは隆起した山の下に眠っていることが多いために、第三鉱山は背面の山に坑道を地下へ掘り進める坑内掘りで採掘を進めているそうで、ほとんど地中を進むようなものなので魔物の出現が少ないのが隠れたメリットだとイレイネは語る。
岩盤を食い破ってくる魔物は稀だろうし、百足以外の魔物は存在しないはずだとも言っていたので、ゲームと違って雑魚敵を倒しても経験値も金も手に入らない現実に生きる身としてはその方がありがたいように思えた。
また、坑内掘りのデメリットとして坑道を地下へ掘り進めているために光源の確保が難しいというものがある。
ただ、これに関しては封鎖してしばらく経っているので坑道内の明かりは全滅しているだろうからと、管理組合の事務所を訪れた俺とオルドへ一メートルほどの松明を数本と薪を多数詰めた背負子をイレイネに用意してもらったので、明かりの問題については解決できそうだった。
坑道内には光源となる火鉢や燭台がいくつかそのまま残っているそうなので、そこで火を起こしてかがり火にすることで光を確保できるだろう。松明はオルドに持って先導してもらうことにして、大きな籠に紐を取り付けただけの簡素な背負子は俺が引き受けることになった。
更に、最大のデメリットとして坑道内に立ち入った俺達が落盤事故に遭う懸念があった。
崩落を防ぐため坑木で天盤は補強されているはずが、岩盤をものともせず突き破って巣食う大百足が何か悪さをしていないとも限らないので注意が必要だと言うイレイネは、同じく鉱山関係者だという屈強な男衆を救助隊として鉱山の外に待機させておくと言っていた。
事故が起きた際、あるいは討伐に成功した際の救助や運び出しに当たるとのことだが、生き埋めになるという未体験の恐怖を前に果たして地上にいながら地下の落盤を察知できるのかという意地の悪いことを考えなくもなかったが、それでも挑むと決めたのは自分なので信じて任せるほかないだろう。
それに、信じて任せるというのは向こうにも同じことが言えるはず。
大丈夫、冒険を望んだ自分の覚悟はそれしきでは臆さないはず。
あくまで落盤とか救助とかというのは最悪のケースを想定して悲観的に備えているだけで、自分たちはサクッと魔物を退治して脱出すればいいのだと楽観的に物事を考えることで士気を保つことにした。
「それから……一応こちらも、差し上げておきます」
「これは……?」
鉱山の管理組合だという石造りの事務所内で、机に広げられた鉱山内の地図を囲んでいた俺とオルドに差し出されたものを見て、俺は聞き返す。
見た目は薄い木綿の巾着で、丁度俺が持っているお守りと同じようなサイズだった。
「こちらで使用している魔除けです。これを燃やした煙は魔物を痺れさせたり退ける効果があるので、無用とは思いますが坑道内が魔物で溢れていた際にお使いいただければ無駄な消耗を防げるかと……ですが、今回出現した大百足には効き目が薄いようですのでご注意ください」
イレイネの説明を聞くのはオルドに任せて、俺はそれを背負子の中に持っておくことにした。オルドが確かめるように尋ねる。
「試したのか?」
「えぇ。ただ、その時は平然としてたそうです。嗅覚に作用するものなので、何かもっとにおいの強いものや魔力のあるものを一緒に燃やせれば更に効果的な煙が出せると思いますが……そのままでも、坑道内の蝙蝠やスライムなどには効き目がありますので」
スライムとかいるんだ……と思わず興味をそそられてしまうが、大体こういうファンタジーもののスライムっておどろおどろしい動く粘液という感じなのであまり期待しない方がいいだろう。
魔除けについても同様に、効果を期待して下手に使うよりは道中の安全確保に使うほうがいいなと取り決めて、光源となる薪と一緒に俺が預かることにした。
念のため、最低限の水や食糧、そして医薬品をオルドが。
そして坑道内で必要になるものは俺が持つことにして、俺達は鉱山の前に立つ。
聳え立つ山をぐるりと囲むように、いくつかの入り口が麓に設けられているが、俺たちが見据えているのは一番大きい搬出用の出入り口だった。
入り口に灯されたかがり火が、山の地中へ続く下り坂をうっすらと照らし出していて、その奥ではぽっかりと暗い闇が口を開けて俺達を待っているようだった。
その闇の奥から、今にも大百足が襲いかかってきそうな恐怖を感じる。
だが、そのいかにもという見た目に初めてのダンジョンだ、と胸が躍る自分もいて、妙な心地だった。
「じゃあ……行ってくるぞ」
「はい。オルド様、スーヤ様お気をつけて。ここで吉報をお待ちしております」
後方に救助の後詰めとなる男衆ずらりと控えさせて、イレイネがぺこりと頭を下げる。中には人間の他にもオルドと同じように獣の頭をした獣人らも見かけた。
さっきは嫌味っぽいことを思ったが、こうして目の当たりにするとこれだけの人数が味方なのだと心強さを感じてしまうのは俺が単純だからだろうか。
きっとうまくいく、何かあってもすぐに助けてくれるはずだと勝手に勇気づけられた俺は、同意を求めるようにオルドに言う。
「これだけ人がいてくれるなら、閉じ込められても安心だな」
「どうだかな。一生懸命救助したと思ったら中で干からびて死んでいた、なンてこともザラだからな」
うっ、と俺が言葉を詰まらせる。
オルドの言葉に怯んだ辺り、俺には魔物と戦って死ぬかもしれないという戦う覚悟はできていても閉所で生き埋めになって死ぬかもしれないという洞窟への覚悟は少し足りていないみたいだっただ。
痛いところを突いたと見えて、虎の顔がにやりと意地悪そうに笑む。
「やっぱ辞めとくか? ソイツを俺に預けてここにいてくれてもいいンだぜ」
「誰がッ。俺だって冒険者になるんだ、これくらい覚悟してるっての!」
売り言葉に買い言葉で返す俺にオルドは肩を竦める。それで、拘泥するでもなくさっさと踵を返して坑道に向かう。
「そこまで言うなら、大百足退治と行ってみるか。さっさと終わらせて、あの尖り耳をブン殴りに帰るぞ」
「おうよ!」
自らを鼓舞するように力強く応えたあとで、「殴るのはオルドに任せた」と俺は付け足したのだった。




