ep5.分析と発見と兆候
目標更新:???→軍神を認めさせろ
挑み続けて、死に続けていくうちにわかったことがいくつかある。
一つ、俺の体は寝たきりの状態だった時からかなり回復していること。
これはこの世界に来た時から、筋肉が萎縮していく難病が進行したことで命を落とした俺が自分で立ったり息をしたり、しゃべったりできている時点でわかっていたことだ。
しかし、更に驚いたことにはこの体は魂だけになってもちゃんと成長し続けていることだった。
剣もまともに振れない、すぐに息切れする体であのライオン野郎に勝つのはとてもじゃないが無理と見て、生き返ってからウォーミングアップのつもりで素振りや柔軟体操を続けるようになった俺は、気づけば剣に振り回されるようなこともなくしっかりと握ったまま腕を振ることができるようになっていた。
体力もかなり向上して、寝たきりになる前はトイレに行くだけでも息切れして気持ち悪くなっていた俺だが、今ではちょっとくらい全力で駆けても問題ないくらいになった。筋肉が衰えていない体って素晴らしい。
関節の柔らかさについても、最初は地面に手がつかないくらいだったのが死んで戻るたびに指先が、次いで手のひらがつくようになっていて、身体に関しては著しい成長を遂げていた。
ちなみにこれらの理屈に関してを問うたところ、「知らん」と俺を殺しながらのご回答をいただいた。
「だが、そうだな……元より貴様の肉体は魂の映し出す器でしかない。肉体が育まれればそこに備わる魂が己の器の形を忘れ得ぬように、魂が育てばその意識があろうとなかろうと映し出す器も育まれる。最も、根拠などないがな。おい、聞いているのか?」
へーそうなんだ。
俺を貫く前に言ってほしかったな、クソ野郎め。
二つ目は、蘇生された俺は獅子に言われた通り必ず石のモニュメントの前にいることと、気力体力共に十分な状態で戻ってくるということだった。
死ぬ前の運動や筋トレが、生き返ってもちゃんと効果があるということに感動した俺は、いっそ獅子に挑まず飽きるまでトレーニングしてやろうと思ったが最初のころは筋肉疲労ですぐに動けなくなってしまった。
そこで、死に戻った際に新たに発見したこの原理を利用して俺は蘇ったらまず筋トレを行い、疲れてヘトヘトになったら獅子に挑んで殺される、というルーティンをしばらく繰り返すことで効率的なトレーニングをすることができた。
腕が上がらないくらい剣を振り回した腕やもう歩けないというほどに走りこんだ足が、死んで蘇るたびに回復を経て少しずつ太くごつくなっていく様を見るのはまるで人為的に筋肉の超回復を起こしているようで気味が悪かったが、これも魂が俺の体がどう成長するかを忘れていないためということなのだろうか。
とはいえ、そもそも魂だけの体で筋肉の仕組みを考えても仕方ないことなので考えないようにした。
三つ、白獅子は殺気を発していない俺には何もしてこないということ。
最初は剣を向けると襲い掛かってくると思っていたのだが、試しに見える範囲で素振りしてみたところ特に何もされなかったので、何かトリガーがあるのだろうということはすぐわかった。
剣を持ち、相対した状態でどう戦うかと考えた段階で槍を構えて臨戦態勢に入ったので、こちらの戦闘する意思をどうにかして察知しているのは明らかだった。
実際に思考を読んでいるわけでもないだろうから、殺気のようなものを感知しているのだと仮定して、何も考えないようにして近づけるだけ近づいてから一気に襲い掛かってみようと試みた。しかし剣の届く範囲に、あるいは剣を振ろうと思った瞬間にそれまでただ立っていた獅子が武器を構えたので、どうやらこの説が正しいらしい。
そしてこれを踏まえて、生来の暗殺者でもないし才能のない俺が殺気を持たずに攻撃を仕掛けるなんてどだい無理な話なので、暗殺する考えは早々に諦めた。
そのほか、遠くから弓矢や銃で攻撃した場合はどうなるかなど試してみたくはあったが、無いものをねだってもしょうがない。
ともかく、この獅子と敵対する条件はそんなところだろう。
それ以外にも、今の俺は睡眠や食事を必要としないことや、死ぬたびにまき散らしている血や臓物の類は蘇ったら消えているなど幾つか細かいことも含めて気が付いたことがあるが、役に立ちそうな情報はこのくらいだった。
それと、肝心のセーブポイントとなっている石柱には傷が残るようだったので、ひとまず俺は死ぬたびに回数を剣で刻んでいくことにした。
傷が残るなら破壊することもできるのだろうが、なんとなく復帰地点となっているものを破壊するような行為は取り返しのつかないことになりそうでやめておいた。
最初は数えやすいように五刻みにしていたが、やがて十刻みにすることにした。
俺や獅子よりも大きなモニュメントなので当分死んでもそうそう傷だらけにはならない……はずだ。
立ち向かうと決めたがそもそも運動慣れしていないし、死ぬことの恐怖に目を瞑ったりして獅子の槍がどこを狙い何をされて死んでいるのかわからないまま死んでいた俺は、死亡回数が百を超えるころにようやく獅子の槍が俺の体に刺さるまで目を開けていられるようになった。
それから、どこを狙おうとしているのか判断できるようになるまで更に二百は死んだ。
しかし相手の狙いがわかったところで、それを避けようにも体が追いつかない。個人的には、この頃が一番キツかった。
何故なら自分から即死する攻撃を外して、わざと意識を残し苦しむようなものだからだ。激痛の記憶に吐くものがない嘔吐感に耐えながら死んだ回数を刻んで、完璧に避けれるようになるまで死に続ける日々が続いた。
槍を躱しきれず傷を受け、意識を手放すまでの時間を繰り返すのはまさしく地獄の責め苦に近く、流石に少し心が折れかけた。
いや、白状すると少し心が折れていたのかもしれない。
獅子に挑む頻度を減らして、寝転んでひたすら不貞寝したりもしたが満足に動く体があるのに退屈にしているというのも落ち着かなく、気の済むまで走ったり剣を振ったりして気を紛らわした。
それから駄目元で獅子に挑み、また苦痛を味わい、恐怖が薄れるまでトレーニングをしてと、死ぬ間隔を長めにとることで自分の心を誤魔化しつつ毎日を繰り返した。
最も、ここでは日付の概念などないのかもしれないが、ともかく。
反応しきれずに手足を何度も持ってかれるのでできる限り槍の当たる面積を縮めたり、素早く体を動かせるようにべったりとつけていた足を軽く浮かせたりして立ち方を模索し続けた。
体が追い付かないなら防御しようと思って剣で受け止めようとした結果、剣を握る腕が衝撃に耐えきれずひしゃげて痛い思いをしたことで、正面から受け止めないように工夫し続けた。
死んだ回数が千を超えたころ、それがようやく実を結んだ。
剣道さながらに相手に切っ先を向けて両手で剣を構える俺は、獅子が放つ槍が顔を狙っているとわかったので、ぎりぎりまで引き付けてから大きく動かずに足を滑らせるように運び、体を横に向けた真半身になって頭の位置をズラす。
ぶおん、とメジャーリーガーがバットを思い切り素振りしたような轟音が顔のすぐ横を通り過ぎた。鼻先すれすれの鉄の棒を見つめて、俺の口が思わず緩む。
「っ、やった……!」
「相手を討つまで気を抜くな、未熟者!」
避けた! と歓喜する間もなく、素早く引いた槍による二突き目で俺は死亡した。
むくりとモニュメントの前で起き上がる。
そうだよな、避けるんじゃなくて一撃入れるのが目的だもんな。
起き上がって剣を素振りしながらぼんやりと考える。ただ、槍を避けれたことはそれまで全く敵うイメージが持てなかった獅子を相手にすることの一筋の希望となった。
今までは散々殺され続けるだけで、どう槍を避けるか考えるだけで手いっぱいだった。これからは、どう一太刀入れるかを考えなくてはならない。
それはつまりどのようにあの獅子を出し抜くかという思考に近く、自分があの獅子より一枚上を行くイメージがまるで持てずに辟易とするものの、今までの鬱憤もあって俄然これまでよりやる気が出るようだった。
自分より長い得物を持った相手にどう攻撃するか。
とりあえず、自分から仕掛けてみた。
わかりきっていたことだが、剣が届く前に串刺しにされた。
当然だ、リーチの差がある以上こっちから仕掛けようにも相手が一方的に攻撃できる空間が存在するのだから。
それを掻い潜って自分の距離に持ち込むほかない、攻撃を避けつつ距離を詰められないか挑戦することにした。
避けて、死んで、避けきれず死んで、避けたと思ったら死んで。
段々と意固地になってきているフシはある。思い通りに攻略できないゲームにイラつくように、俺はそのうち死ぬことに対する恐怖より獅子の理不尽なまでの強さに対する苛立ちの方が勝っていった。
素振りをしながら考えて、トライアンドエラーを繰り返した。
最初から的が絞れないように動き回ってみたりとか、なるべく近づいた状態で戦いを仕掛けてみたりとか手を尽くし始めたのはこの頃からだった。
そしてこう考えるようになったのは、自分が死んでしまうかもという恐れよりも、どうにかしてこの白ライオン野郎をぶっ飛ばしたいという思いが完全に勝った証といえた。
ネコ科らしい顔に対する恐怖が薄れてきたと思ったら、今度は代わりに沸々とした怒りが湧いてくるようになってしまった。
当分の間、ペットとしての猫を純粋な気持ちでかわいがれそうにないなと思ったのだった。