ep58.腹立たしくも素晴らしい巧妙
目標:目的の鉱石を確保しろ?
それに気づくと、喉につっかえていた骨が取れたように、違和感の点が繋がって一つの線になる。
俺は顔を上げて、首を振った。
「駄目だ、オルド」
「あァ?」
わかりやすく苛立ったような声音を取るネコ科の顔にわずかにたじろぐと同時に、お門違いの殺気を巡らせそうになるが懸命に押さえる。
角を立てないようなるべく同意しつつ、俺が今気づいたそれを口にする。
「いや……もちろん俺も、鉱山を占領するような魔物と戦うなんて聞いてた話と違うって思うけどさ、最初からなんかおかしかったんだよな。ユールラクスさん……やけに『何があっても』とか『最低一つは』とか念を押すなって思わなかったか?」
「……ッ」
言われた虎は、しかし頭の回転は早いようですぐに俺と同じものに気が付いたらしい。
最初は大して深く考えていなかったが、こうして全体が見えてくると……あれはこの時のための布石だと考えていいだろう。
そしてこれが、オルドの借金の肩代わりであることを考えると。
俺はなるべく相手に理解を示してもらえるように、ゆっくりと続ける。
「鉱石を持ってきてほしいとしか言われてないけど……それに対して、何があっても持ってくるようにって言われて同意したのは俺たちだ。それに……ほら、俺らの事情もあるし。多分だけど、ここは素直にユールラクスさんの思惑通りに持っていくしかないと思う」
「……ちっ、あの野郎……」
虎は沈黙したまま、苦い顔で俺を見る。一杯食わされた認識はあるだろうが、それでも荒れて怒鳴り散らすようなことがない辺りが逆に恐ろしくもあった。
無論俺も同じ気持ちではあるが、怒りよりも先にうまいことやるものだと感心してしまって、それほど熱くならずに済んだ。
俺は宥めるように首を振って肩をすくめると、イレイネに向き直った。
「イレイネさん。その魔物と、鉱山について教えていただけますか?」
既知のオルドではなく、縁の浅い俺から聞かれたイレイネは大きな瞳を丸くして、ちらりと虎を一瞥しながら答える。
「……わかりました。今回確認されている魔物ですが、その見た目を表してそのまま大百足と呼んでいます」
「百足……って、あのムカデ? 虫の?」
「はい。ですがその体の長さも幅も、昆虫のそれとは比べ物になりません。岩盤を砕く顎を持ちながら、足の一本だけで槍の一本ほどもあると報告されております。その身幅は……この机が二つぶんくらいでしょうか。冒険者の男性からは両手を広げても足りない、と言われています」
今俺達が囲んでいる正方形のテーブルは一辺が大体一メートルほどで、大の男が両手を広げても足りない幅となると二メートルほど、というところだろうか。そんな身幅のムカデというのは、ちょっと想像がしづらい。
どういう見た目なのかと思案する俺の渋い顔を、イレイネは魔物に戸惑っていると受け取ったらしく、言いにくそうに続ける。
「それからその体長は、偵察に行った冒険者様が七人全員並んでも足りないほどだったと報告を受けております。……あの、大丈夫ですか?」
「ん、あぁ……大丈夫です、続けてください」
イレイネが気遣うように言うので、続きを促しつつ「いいよな、オルド」と話を振る。
反故にするか請け負うかで揺れているだろう虎はぶすくれた様子で火が付きそうなほど酒精の高い酒を一息に呷って、それからようやく「おう」と答えた。
「巨体ですが素早く、常に伏せたように平たく這っているほか、壁や天井に張り付いて移動する姿も確認されています。錫食い鉱の鉱床が存在する最深部の採掘場に巣穴を作っているようで、おそらく様々な鉱石を食していることから体表は岩同然に硬く、矢も通らなかったとのことです」
「岩とか食うんだ……あの、四人も亡くなったのはどういう状況だったかわかりますか?」
「え、えぇと……確か、天井からその顎で噛まれて亡くなった者のほか、その機敏さに圧し潰されたり……それこそ、岩をも溶かす極めて危険な消化液を噴射されたという報告も受けており、極めて高い攻撃性があると思われます」
こんな女性に死体の話を聞くのはどうなのかなと思ったが、そこはさすがの魔物が蔓延るファンタジー世界の住人らしく、俺が意図した攻撃手段や危険性について少しだけ戸惑いながらもすらすらと答えてくれた。
むしろ戸惑ってたのは俺が聞いてきたことに対してだろうか、さておき。
「うーん……なるほどなぁ」
消化液とかマジで魔物っぽいじゃん、とは言えずさも思慮深いかのような態度で唸る俺は、そのまま続ける。
「イレイネさん。鉱山の中って広いんですか?」
「そう……ですね。坑道自体はいくつか道が分かれておりますが、錫食い鉱の鉱床は最奥の採掘場となっている広間に確認されておりまして、件の魔物もそちらを根城にしているようです。坑内の地図はこちらでご用意いたしますので、そのほか必要な装備があればこちらからお持ちいたしますが……」
イレイネはきっと、どこに泊まっているのかを聞こうとしたに違いなかった。
何かを思い出したように中途半端に言葉を切る茶髪の女に、俺は頷いて返す。
「はい、お願いします。場所は……大丈夫ですよね?」
「裏手通りの突き当り、でしたね。ではひとまず地図だけでも後程お持ちしますが……オルド様も、それでよろしいでしょうか?」
イレイネがそう尋ねるので俺もオルドの方を見ると……めちゃくちゃ白けた目を向けられていた。




