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ep56.鉱山の女

目標:目的の鉱石を確保しろ

 麺を食べ終わった虎がまだ湯気が立つスープを四苦八苦しながら飲み進めているところで、来客があった。


「オルド様、こちらでしたか。お待たせいたしましたわ」


 顔を上げると、虎に声を掛けてきた女性と目が合う。


 肩の辺りで切りそろえた暗く茶色い髪を揺らして、ぺこりと女性が頭を下げる。

 俺の隣でオルドが「おう、遅かったな」と既知であるかのように返しながら対面の椅子を示すと、女性はそのまま「失礼いたしますね」と俺にひとつ会釈をすると、椅子を引いてそこに掛けた。


 入店した時に四人掛けのテーブルにもかかわらず俺の隣に掛けた虎に、なんでこっちに座るんだよ向かいに座れよと思わなくもなかったが、なるほどこういう理由だったかと俺は空になったどんぶりを脇に移して水をひと口飲む。

 女性はオルドに向かい合うように席に着くと、ちらりと俺を見た。


「えぇと、こちらは……?」

「連れだ、今回の仕事はこいつと当たる」

「どうも、愁也です」


 オルドと俺の言葉に、女性は少しだけ驚いたように目を丸くして頭を下げた。

 凛とした、美しい所作だった。


「そうでしたか、これは失礼いたしました。私はこの町で外部滞在者の鉱山労働を管理しております、イレイネと申しますわ」


 仕立ての良い綿の服に、ふくらはぎの中ほどまであるつぼみのようなタイトスカートからはやり手のキャリアウーマンのような印象を抱いてしまう。

 髪色と反対に薄い茶色の瞳にまっすぐ見据えられて、俺はつい会釈を返した。


「随分小綺麗じゃねェか、稼いでるみてェで何よりだ」

「そ、そうでしょうか? せっかくオルド様が久しぶりに訪ねてくださったのですから、ちゃんとしないとと思いまして……」


 もぐもぐと咀嚼したままのオルドがそう言うと、女性は髪を揺らして照れたようにはにかむ。

 オルドも女性を褒めたりできるんだ、と思ったが今の言葉は鉱山で働く女性にしては身なりが清潔で綺麗、という意味合いのようにも思える。

 どちらにしろ、目の前のこの女性が嬉しそうにしているのでわざわざ指摘することではないなと俺は黙っておいた。


「久しいな、一年ぶりか?」

「えぇ、オルド様も息災のようで」

「お前もな、苦学生が今じゃ立派な鉱山の女だな」

「もう、オルド様。そんなの六年も前のことですわ、それに……初対面の方にまでその話はおやめくださいな」


 からかう虎の声に、イレイネと名乗った茶髪の女が困ったように微笑む。言葉とは裏腹に、本気で嫌がってはいないみたいだった。

 それから俺は、さっきの宿屋での話を思い出して口を開く。


「あ、宿屋の……鐘を褒めたっていう?」

「まあオルド様、スーヤ様にもう話してしまわれたんですか?」

「自己紹介が省けてイイじゃねェか」


 ずず、とスープを啜りながら虎が悪びれもせずに言う。

 どう見ても失敗作の鐘を褒めてまで泊まろうとした苦学生の話、それがこの品の良さそうな女性の昔の……六年前の話だということか。

 小綺麗で利発そうな見た目からは、宿に泊まるほどの金もないと苦労してきたようには見えなくて、物腰の柔らかさもあってむしろ育ちの良さを感じるほどだった。

 しかしそれでもスーヤ呼びなんだな、と思う俺の視線を受けて、さっとイレイネが目を逸らす。


「もう……オルド様ったら昔からそうなんですから……」


 ん、と違和感を覚えたのは、困ったようなセリフと裏腹に目の前の女性がどこか嬉しそうに見えたからだ。

 それから、伏し目がちにちらちらとまだ熱いスープと格闘する虎を見る態度からは旧友に会えて嬉しい、というだけでは説明がつかない艶というか、嫋やかさを感じるようだった。


「ンなことより、今回の仕事の話だが……王国に報告した未知の鉱物ってのはどこにあるんだ?」


 照れているような、恥じているような女の顔がその一言でぴりっと引き締まる。

 今度はまっすぐ虎を見据えると、頷きながら事務的な調子で言った。


「えぇ、錫食い鉱のことですね。その鉱床自体は、第三鉱山の奥に確認されています」

「錫食い?」


 俺が疑問符を浮かべると、イレイネがこちらににこりと微笑みかける。


「はい。錫鉱石の精製時に発見されたことで、そう呼ばれています。脈石としてこれが錫石なんかに混ざっていると、錫の精製時にくずを作って結着してしまって、きれいな錫が得られなくなってしまうので錫を食う鉱石と呼ばれております」

「へぇ……」


 深く頷く俺に、イレイネは続ける。


「それだけなら選鉱時に気を遣えば済む話なのですが、今回はその錫食い鉱が多く含まれる鉱床が発見されまして。製錬はできたのですが、どう加工を施しても打つには弱く伸ばすにも脆くて満足に扱えなかったので、くず鉱石とされていたのです。ですが、町の鍛冶師によればどうやら魔力を帯びていて、しかも注がれた魔力に反応するとのことで」

「魔力? 鉱石が?」

「魔石の類ってことか?」


 驚く俺を他所にオルドが間髪入れずに口を挟む。

鍛冶や製錬なんかにまったく知識がない俺はただでさえ話についていくのがやっとなのに、魔石という新出単語で目が回りそうになるが、ひとまずはイレイネの話に耳を傾けることにした。


「それはまだ、なんともです。もしかしたらそうかも、という段階ですので。ただ、それならばこの持て余している鉱石を魔術の専門家に見てもらおう……というのが今回の経緯になります。ただ、今は普段の輸送に加えて納税で人手が足りていない状態でして、こちらから派遣できる人材が不足していたのですわ」

「なるほどな。そンで、俺たちの出番ってわけか」


 そこで、店の奥から歩いてきた年の若い男が、湯気を発している大きな葉の包みと錫のグラスをイレイネの前に置く。奥のキッチンで忙しなく動き回っているおやじさんと目元がそっくりで、どうやら親子のようだった。

 イレイネは持ってこられたグラスを景気よくぐいっと呷って、それから話し辛そうに重々しく言葉を紡ぐ。


「……それで、ですね。実はその第三鉱山についでなのですが……」

「どうした、落盤でも起きたか?」


 オルドの言葉に首を振って、イレイネは悩みを打ち明けるような口ぶりで続ける。


「その……数日前から、新たに現れた魔物の巣窟になっていまして……」

「魔物?」


 反応したのは俺だった。思わずオルドの方を見て聞いてみる。


「鉱山って魔物出ないのか?」

「出ねえようにしてンだよ、本来はな」


 そうなのか? という目を向ける俺に、茶髪を揺らして女が頷く。


「はい、オルド様のおっしゃられた通り……坑道内の安全確保というのは、我々管理組合の業務の範囲です。土を掘り岩を砕く魔物達が坑道に現れぬよう日々魔除けを焚き、出現時には排除するなど安全を心がけておりましたが……」


 一拍置いてから、責任を感じているようなトーンでイレイネが続ける。


「今回第三鉱山に現れた魔物だけは我々では手の施しようがなく……半ば封鎖する形でそのままにしているのです。山の地下にある第三鉱床は瑪瑙や蛍石なども産出しているので、この買い付けが目当ての商人達の不満も高まっているような状態でして……」


 嫌な予感を察知した俺が虎の表情を窺うと、どうやら大体同じような感情だったらしい。

 苦虫を嚙み潰したような顔で、オルドが言う。


「冒険者でも傭兵でもなんでも頼んで追っ払ってもらえばいいじゃねえか」

「はい、我々も提携している冒険者ギルドへ討伐を委託し、人を派遣していただいたのですが……危険度が中位以上と認定されたために、初回の調査以降まともな人員が確保できておらず……」


 危険度、と聞いた虎がその顔を険しくする。


「死んだか。……何人だ?」


 えっ、と俺が二人の顔を見比べると、イレイネが周りを気にした後で小さくこくりと頷いた。


「七人が入っていって、戻ってきたのは三人だけのようでした。残りの四人は……残念ながら」

「そンでギルドが制限をかけた、か」


 途端に話がきな臭くなってきた。イレイネはそうなんです、と言いたげに重く俯いて、葉の包みを開く。

 中からは蒸された白い小麦粉の塊が現れて、湯気を立てるそれに女は素手でかぶりついた。

 肉まんみたいだな、と思いながらそれを見ていた俺はオルドの追求を他人事のように聞いていた。


「なァイレイネ、まさかとは思うがその魔物と俺らの目的が一致している……なんてこたァねえよな?」


 いっそ凄むような調子でオルドが言う。虎頭の厳しい眼差しに、しかしイレイネは肉まんを一つ食べると静かに、しかし重々しく頷いた。


「……生きて戻ってきた偵察隊から、その魔物がかの錫食い鉱を捕食していたと報告がありました。そして、我々がその鉱床を探り当て表出させた時期と魔物の現れた時期を考えると」


 ちらり、と盗み見るような視線でオルドを、それから俺を一瞥して、イレイネが言う。


「……残念ながら、第三鉱山に巣食う魔物をオルド様に討伐してもらうほかないと思っております」


本日はここまでとなります。次回更新は12/8の水曜日です。


冒険者らしいこと、していきましょう!

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