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ep55.塩漬け羊のラグマン異世界極東風

目標:目的の鉱石を確保しろ


 仕事終わりの鉱夫や立ち寄った冒険者らしい男連中のほかに、どことなく華やかな女達も同じようにテーブルに着いている店だった。

 食堂というにはテーブルに見える料理は似通っているし、酒場というには酔客が屯っているようなこともない独特の活気に包まれているのが感じられる。少し観察して気が付いたが、食事を終えるとさっさと席を立つ客が多くて、賑わっているものの出入りが激しいことがわかった。


 しかし仕事終わりらしくそれなりに長尻の客もいるようなので、食べ終わったらさっさと出て行かなくてはいけない、なんてマナーもないだろう。

 もちろん店の稼ぎ的にはそっちの方が助かるのだろうが、さておき。


 石を並べて固めたような床に並べられた素朴な木のテーブルのうち、正方形の四辺にそれぞれ掛けることができる四人掛けの卓に俺とオルドは二人でL字に隣り合うように座っている。

 簡素な農村では浮いていた厳つい虎男は、日々肉体労働に励んでいる鉱夫と思しき筋骨逞しい男達が散見されるこの町ではその土地の住人であるかのように溶け込んで見えた。

 獣人という点も、町中や店内であちこちに獣の頭をした男を見かけた辺りここではそう珍しくもないようで、別段注目を集めることはなかった。


 翻って俺は、ちらちらとした視線を感じていた。顔に走っていた引っ掻き傷はだいぶ薄くなっていたので、注目を集めているのは露わにしている黒髪と顔立ちのためだろう。

 旅の途中でオルドは俺の容姿について、髪や瞳の色といい、この大陸の人物ではないことは隠しようがないと言っていた。


 四方が国に囲まれた内陸地であるベルンという領土で、周囲のどの国の人種にも該当しない渡来の外見が珍しく見えるのは仕方のないことだった。

 なので今後も無駄に注目されることは多いだろうと聞いていたが、なるほど確かにこうしていると白人の間に一人アジア人がいるようで、注目を集めるのも納得だった。


 しかしオルドは、それは見たことないモノに対する好奇心のためでしかないので、気にせず堂々と振る舞えばそのうち興味を無くすだろうとも言っていた。

 まだ学校に通えていたころ、車椅子を使うことになったときに同じような視線を浴びたなぁと思い出しつつ俺はそれを気にしないことにして、目の前の厚みのある深い陶製の鉢に目を向けた。


 一見して、俺はうどんかと思った。

 中細の切り麺は親しみのある見た目をしていたが、そこに注がれたつゆが俺の想像するものとは違っていた。


 煮込まれて繊維状に砕けた肉や、くたくたになった野菜と共に熱々の濁ったスープがかけられている。表面には刻んだ香草らしい特徴的な香りの緑色と、砕いたナッツが散らされていて、立ち上る湯気が食欲をそそる。

 虎は金属のフォークで麺を掬い上げてふぅふぅと息を吹きかけ冷ましている。やっぱり猫舌なのかなと思いつつ、テーブルの上に運ばれてきた小鉢を見る。

 キャベツや玉ねぎ、そして人参の漬物が口直しとばかりに置かれていて、好みでスープに投入するのだろう輪切りの唐辛子まで用意されていた。


 それだけでなく、砕いたナッツをセルフサービスで追加できるような小壺もテーブルに備えられていて、虎は食べる前にそれを山ほどかけていたのを思い出す。

 ひとまず俺も同じようにフォークで麺を持ち上げて、ずずっと啜った。どんぶりに寄せた顔にむっと熱気がかる。


 麺に絡んだスープはおそらくは羊の肉の出汁をベースに、玉ねぎや何かの野菜の茎なんかと一緒に煮込んだ塩味の効いたもので、舌に届くコクの深い味わいは塩ラーメンに近いもののように思えた。

 しかしそれにしてはスープに羊のにおいが出すぎている。ただしそれも、臭みのある羊のエキスが煮込んだ香味野菜と表面に散らされた香草のためにその獣臭さは中和されていて、俺の鼻には一種のスパイスの香りのように感じられた。


 そして、咀嚼して気がついた。柔らかすぎず固すぎないもちもちとした麺と煮込まれてとろとろになった野菜や肉の中で、散らしたナッツの食感がコリコリと口に楽しく、羊のスープをたっぷり吸わせても素朴な味わいで実に美味しいことに。

 それに加えて、俺の知る真っ白な小麦粉より少し色づいた粉で打った麺からは小麦の風味が経っていて、それがまたナッツ自体の独特な自然を感じる味わいと絶妙にマッチしているようだった。


 なるほどこれはナッツ多めで食べるのが正解かと俺も急いで卓上の壺から砕いた砂岩のようなそれを匙に取り、追加で振りかけながらさらに輪切りの唐辛子も数個足した。

 軽くスープと麺に浸してもう一口啜ると、穏やかで優しい味わいだったスープが一変して舌を打ち抜く辛味を帯びる。

 しかしその尖り具合が余計に羊と野菜の出汁によるコクを際立たせていて、辛さすらも旨味のように感じられてしまった。


「っはぁ……すげえ、めちゃくちゃうまいな、ここの麺」


 どんぶりを傾けてスープを飲む俺は、箸があればなぁと思いながら素直な感想を口にする。

 虎は幾分冷めてきた麺をつるつると食しながら、鉢に向き合ったまま牙を剥いて誇らしげに笑って見せた。

 動物っぽい口でよく麺がすすれるなと思ったが、まあ犬や猫だって産まれた時は母親の乳を吸ったりするしそういう口の使い方はできて当然かと自分を納得させる。


 白人は麺を啜る文化がないと聞いたことはあるがここの世界では特にそういったこともないらしく、ずるずるとフォークでかっこむように音を立てる鉱夫もいればパスタのように湯の中で巻いた麺をちまちまと口に運ぶ女性も見受けられた。


「だろ? ここの手延べ麺は絶品でな、出すのも早ェし何より安いと来たもんだ。忙しい娼婦も職人も鉱山夫も手軽に食えるってンでご覧の通り大流行りでなァ」

「しかもうまい、か……こりゃ繁盛するのもわかるなぁ」


 その通り、と言いたげに虎は頷いてさらに麺を啜る。この回転率の良さはそういうことか、どこの世界でもファーストフードは……ラーメンは好かれるんだな。


 粗方食べ進めた俺は、熱気と辛味で額に浮いた汗を手で拭ってから机の上の金属のグラスを手に取った。

 やたら冷たく、うまく感じられる水をひと口飲んで、冷ますようにフォークで麺を持ち上げて器用に口にする虎を見ながら雑談ついでに聞いてみた。


「麺料理って、ベルン王国にもあるんだな」

「んぐ……あるにはあるが、こいつはまた別でな。東の共同体から流れてきた料理なんだとか」

「共同体……? あれ、ここって国で囲まれてるんじゃないのか?」

「もぐ……そうなんだが、東に関しちゃ厳密には違くてな」


 食べながら軽く説明してくれた虎によると、東の国家は複数の小国やそれと同等の領地を持つ公爵らが互いに同盟を組み、それぞれが領民のための自治を行いながら互いに援助を行う共同体として成立しているのだという。


 一つ一つが小さい国は侵略するのに容易く、大国に狙われればひとたまりもない。

 そのため隣接する北や南、そして中央のベルン国に攻め入られないよう各盟主が協力しあっている……と言えば聞こえはいいが、蓋を開けてみれば領地を奪いあう内紛が絶えない地域だという。


「六つ……いや、五つだったか? いくつかの諸侯がまとめることで最近は落ち着いたらしいが、そんな状態だから地元を出る移民や離れた地に店を構える商人が多いンだわ」

「そんなことして、人がいなくならないのか?」

「それがもともと小国の集まりだっつぅんで関税が安くてな、あちこちの地域から人が入ってきやすいンだとさ。そういう意味では活気があるっつぅか、流行りものがあれこれ変わる忙しねえ地域っつぅ印象だな。んで、こいつはそのうちの一人……東の共同体からさらに東、果てのない砂漠の向こうの国から来たっつぅ料理人が広めたモンだ。貴重な小麦をパン以外に使うってンで色々と批判はあったみてェだがな」


 地続きの大陸、砂漠の向こうにある国、どことなくアジアっぽさを感じる麺料理。


「……その砂漠の向こうの国って、どんなとこなんだ?」

「さあな、俺もまだ砂漠越えはしたことねェんでなんとも。年に数回、東の共同体の一国に商人がやってくる以外の情報はねェな」


 なんとなく、日本で学んだ歴史の中にそんな話があった気がする。


 そうなると今俺がいる場所の地理についても説明がつきそうな気がするが、ここ数年久しく勉強なんてしてない俺の頭では学んだはずの知識がスムーズに出てこなくて、もやもやとした気分で「そうなんだ」と相槌を返した。

 虎は話している間に幾らか冷めた麺を好都合とばかりにかっ込むので、俺もそれに倣ってスープに沈む麺を拾い上げつつ、鉢に口をつけて汁を飲み干していった。


 そもそもが完全に異世界なのだから地球の話なんてしてもしょうがないはずだ、同じような話はどこにでもあるんだなと俺は自分の疑問をスープと一緒に飲み込むことにした。


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