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ep53.チェックイン後の初収入とおまけのウ

目標:目的の鉱石を確保しろ

「一頭まるまる売っ払って、ケーニッテ銀貨二十枚……それとムルテン銅貨が八枚だ。毛皮は加工してもらってもよかったンだがな、外套にするにしてもお前も自前のがあるだろうしで、金に換えちまったンが構わんよな?」

「うん、大丈夫だけど……こ、こんなにか?」


 俺が荷物の中に丸めていた学ランやワイシャツを窓際に並べて干しているところに帰ってきた虎が、膨らんでところどころが歪に突っ張った簡素な革袋をじゃらりと音を立てながらテーブルの上に置いた。

 あちこちが土や草の汁で汚れたままの外套の前留めを外して、オルドが言う。


「大きさが大きさだからな。つっても、見込んだ通り肉はそれほどの価値にならねェんで大体は毛皮の値段だが……まァ、妥当な売値じゃねェか?」


 その言葉の端々からは、文字通り重荷を下ろしてひと仕事を終えたという安堵が感じられた。

 オルドは大儀そうにそのまま近くの木製の腰掛けにどっかりと座り込むと、大きめの机の上に用意された錫のグラスへ水差しから水を注いでぐびりと一息に飲み干す。

 そのまま足元に自分の荷物を置いて、外套を脱いでラフな姿になると、両腕ごと思い切り伸びをした。


 ツインベッドの部屋の出窓は俺が座れるくらいの幅があって、そこに衣服を並べて干し終えた俺は振り向いてテーブルの上の革袋に目を向ける。

 銀貨一枚二千円だとすると、猪一頭で四万円。宿代がツインの部屋貸し一泊で一万二千円というところか。


 命を賭した労働の対価として、あるいは自分達の宿泊費としてそれが高いのか安いのかというのを合理的に判断するよりも前に、銀貨の詰められた膨らみには心が躍るものがあった。

 多分、初めてバイト代をもらった時ってこんな気持ちなんだろうな。


「んで、だ。そん中にゃァ解体手数料の二枚をさっ引いた十八枚と銅貨がそのまま入ってる。まとめてお前の分だ、取っとけ」

「えっ。お、オルドの分は?」

「狩ったのはお前さんだろうが」


 俺が驚くと、虎は目を丸くして当然のようにそう言い放った。


「いや、それはそうだけど……運んだり換金してくれたのはそっちだろ」

「あー? んなもん大した手間じゃねェだろ、殺し合った張本人が受け取らなきゃ誰が受け取ンだ」

「それでも、まるまる俺の分って気にはなれねえよ」


 意外にも自分の取り分を要求してこない虎に対して俺が食い下がると、疲れたような、あるいは呆れたような溜め息を吐いてオルドは座ったまま丸めた外套をベッドに放り投げた。

 そのまま机の上に手を伸ばすと、太い指で器用に袋を縛る紐を解いていく。


 口の開いた袋から、ちゃり、と音を鳴らして銀貨を抜き取って、まるでオセロでもするようにテーブルに置いていった。

 五百円玉サイズの貨幣を指で挟んで、ぱちり、と三枚テーブルに並べてオルドは言う。


「そこまで言うなら運搬料一枚、それと宿代を二枚合わせて都合三枚いただいてくぞ。あとはお前さんが使うんだな」


 それでこの話は終わり、とでも言うように革袋の紐を縛りなおしながらオルドが言う。外套の下の衣服もどことなく汚れて見えたが、虎は気にした様子もなく荷物を部屋の隅に下ろした。


 手間賃としてもう三枚ほど持って行ってもいいくらいなのに、律儀に宿代と合わせて徴収された代金は如何せん安すぎるようにも思えたがはたして金に余裕があるからなのか、そもそも頓着しないタチなのかは俺にはわからなかった。


 一泊の値段を折半したものとしても足りないし、連泊するとしたら確実に不足する枚数だが、有無を言わせぬ虎の態度にはそれ以上何も言えなくて、わかったと返事をしてテーブルの革袋を手に取る。

 もしかしてこれも将来的な恩返しを期待してのことなのかと思ったが、それにしては恩着せがましくない態度で、そんなことを勘ぐるのは逆に失礼かと思い直した。


 ベッドに腰掛けると同時にちゃりんと鳴ったそれは手のひらに乗るサイズで、そこまで大きすぎることもなくて持ち運びには適しているように思える。

 ただそれは中身がまだまだ入っていないからそう思うだけで、今後大量に貯金することになったらかさばってしまうかもしれないが、そんな皮算用をしたところで仕方がない。十五枚の銀貨を袋の中で鳴らして、ポケットにしまった。


「そうだ、こいつもやるよ」


 虎はそう言って、麻袋を一つ俺に投げ渡した。

 貨幣の袋より小ぶりのそれをばさりと受け取って、中を覗くと固められた土塊が複数納められているのがわかった。

 一つ一つがペットボトルのキャップほどの大きさで、乾いているためか重さはあまり感じない。

 袋の中を覗いた俺は、鼻を寄せるまでもなくむわっとした独特の土臭さが立ち上るのを感じて、思わず眉をひそめた。


「なんだこれ、泥?」

「角猪の糞だ」


 ギャッと声が出て慌てて麻袋を床に投げ捨てた。


「カラカラに乾いてンだ、そう嫌がることもねェだろ」

「嫌に決まってんだろ!? な、なんだよこれ、こんなものも加工してもらったのか?!」

「いいや、だいぶ前に同じ角持ち猪を解体した時のモノが残ってたンだとさ。いらねェっつうからもらってきた、やるよ」

「俺だっていらねえよ!」


 クツクツと虎は笑いながら水をもう一杯注いで、心外そうに宣う。


「そう言うなよ。火を起こす時の燃料には最適だし、煙は魔除けにもなるンだぜ? お守りとして持っとけよ」


 役立つのは役立つのだろうが、生理的な嫌悪がどうしても先走ってしまう。嫌なお守りだな……と思いつつ、おそるおそる麻袋を拾い上げた。

 まあ確かに猪のフンと知らなければ小石か土塊のようにしか見えないし、麻袋の口を締めてしまえばそこまで気になるものではなかった。


「……そうだ、お守りといえば……」


 恐々とした様子で掌に乗るサイズのそれを眺める俺は、オルドの言葉にふと村を出る前にもらった巾着のことを思い出した。


 中途半端に口の空いている頭陀袋からいそいそとお守りの袋を取り出して、もう一度じっくりと眺めてみる。

 大きさは今受け取った麻袋より少し大きいくらいだが、一体これの中はどうなっているんだろう。

 いや、確かあの女の子は花と猫の毛を入れたとしか言っていなかったはずだが、まさかこれにもフンが入っていたりしないよな。


 疑心暗鬼に囚われた俺は、俄然その布巾着の中身が気になってしまって仕方がない。

 果たしてお守りという神聖なものを素人が開いていいのかという躊躇はあったが、そもそも神仏に何かを祈願したものでもないだろうし、何も中身を捨てようというわけではない。

 諸々の感情に目を瞑り、口紐に手をかけた。


 開けてみると、中にはドライフラワーのような乾いた花びらと種子、そして白くふわふわした毛が入っていて、わけもなくほっとした。

 それで、レモンを思わせるツンとした香気が俺の鼻を襲う。においの元は、どうやらこの干からびた花にあるようだった。


 安息の花、虫下しの薬草とかって言っていた気がする。興味を持ってかさかさになっている花弁を一枚手に取って鼻に近づけてみると、強い香りで噎せそうになって虎に白い目で見られた。

 なるほど、これは確かにいいお守りになりそうだ。猫の毛は興味がなかったのでそのままにしておいた。


 巾着を閉じてぐるぐると巻いて再度縛った口紐に、先ほど投げ渡された麻袋を引っかけて束ねておく。

 無邪気な子供から善意でもらったものを魔物の排泄物と一緒にまとめておくことについてはひどく良心が痛んだが、利便性を選んでそのまま荷物の中に放り込んだ。


 それだけでなく、日本人としてはお守りをなんの感慨もなく開けてしまったことになんとなく後ろ暗さを感じてしまって、遠く離れた村の子供に胸の中で謝罪する俺を他所にオルドが「さて」と切り出したのだった。


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