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ep47.焚火プラス瞑想イコール

目標:鉱山の町へ向かえ

 手持ちの水で軽く表面を洗い流してから口にした初めての蛇肉は、土臭さと青臭さが香る骨のすごい鶏ささみ肉、という味わいだった。

 旅の途中の貴重なタンパク源だからという理由以外にも、俺は純粋な好奇心でそれを口にしたが如何せん一度地面に落とされたためにそれが正しい味なのかというのは怪しいところだ。


 芝生の上にそのまま横になるのは慣れなかったが、敷きっぱなしの外套の上に学ランを掛布団にして寝ると以外にもすぐに眠りに落ちてしまったようだった。

 暑すぎず寒すぎもしない春過ぎらしいちょうどよい気温の夜と、夜通し焚いていた焚火の音が心地よかった俺は、目が覚めると枕にしていた頭陀袋が朝露でぐっしょりと濡れていて少し慌ててしまう。

 中に詰めていたワイシャツや学生ズボンも多少濡れていて、所詮はただの水だろうしすぐに乾くと思うが、あまりいい気分はしなかった。


 しかしシーツの代わりにした外套は一切水を吸っていなくて、一人感動する俺に朝飯代わりの干し肉を齧る虎が「今度あの村に寄る時は土産が必要だな」と言うので、俺は素直に頷いた。


 次の日からは森の中を突っ切ることとなった。

 枯れ葉が積もってふかふかの地面からは、水分と養分をたっぷりと含んでいることが靴底越しに伝わってくる。

 こっちの世界に来てから初めて目にしたのもこんな森の風景だったなと思うと、今度はしっかりと準備してきているので森の中を彷徨うこともないはずだとリベンジに燃える自分がいた。


 苔むした木々が鬱蒼と茂る中を虎が進むので、昨日の時点でこの世界について粗方質問し尽くした俺はその半歩後ろをついていった。

 人の手がほとんど入っていない森は草や蔦が行く手を阻むように伸びていて、虎はそれらをかき分けてばさばさと進んでいく。とはいえジャングルというほどではなく、まだ地面が見えているだけマシだったが歩きやすいとはお世辞にも言えないことは確かだった。


 しかしこうして虎の後ろを歩いていると、自分で進路や身の安全を優先しなくていい安心感からか初日に森の中を歩いた時とはだいぶ景色の見え方が違って感じられた。

 木々や低木はただいたずらに茂っているだけでなく、枝に見たことない果実が実っているのがわかる。

 すれ違いざまに手の届く位置のものを一つもぎって、前を歩く虎に食えるのかどうか聞いたところ俺の手元を一瞥したオルドに毒だと言われたので慌てて放り投げた。


 そんな俺をくつくつと笑う虎は歩きながら森の中のどの果実が食用に適しているのかを俺に教えつつ、樹上に実って垂れ下がる木の実や、脇の低木に見かける果実なんかを手際よく集めていく。

 水分補給にもちょうどいいから自分で適当に摘んで摂取するように言う虎に従って、楕円形の黒い果実を齧って酸っぱい果汁で喉を潤す。


 酸味は動かし続ける体への気付け薬にもなるようで、気分がさっぱりするちょうどいい携行食となってくれた。

 歩きながら、虎はすれ違いざまに品定めするように大判な葉に触れて、気に入ったものを数枚採取しているのに気づいた。

 示されたものを一枚ちぎって手に取ってみると、確かに布のように柔らかく、表面に細かい産毛も生えていて手に心地よい。

 なるほど確かにその場で探すよりは、良さそうなものを携帯しておくほうが文字通り便利だろうということで、俺もそれに倣うことにした。


 そんな調子で、旅は続いた。

 こちらの行く手を阻もうとする枝木を手や鞘をつけたままの剣で除けながら森を進む。意外にも糖分を多く含んでいたらしい果汁が俺の手をべたべたと汚す不快感に慣れるには時間がかかりそうだった。


 この感じじゃ昨晩習った瞑想をする暇はないなと俺はぼんやりと考えながら歩いていたので、虎が押さえていた枝木がしなって俺の顔をばさりと叩いた。

 うん、歩きながらはやめておいた方がよさそうだ。こんな森の中なら、なおさら。


 代わりに、その晩の野宿では寝る前に軽く瞑想を試みた。

 日中採取し続けた熟しすぎたプラムに似た酸っぱい果実と、数切れの干し肉にパンを胃に収めた俺は、少量の水で口の中を洗い流してから焚火の前で胡坐をかいて座る。

 贅沢にも、二日か三日ほど続いているぱさついたパンを口にするとあったかいスープやシチューと一緒に食べたいという思いが頭を過ったが、糧食なんてこんなものだろうと我慢して飲み込んだのだった。


 虎が言うには、ひたすら頭の中を空っぽにして、体の中に意識を向けるのが瞑想のコツらしい。

 五感を通じて感じる外の世界と、体の中の魔力の境界線を無くすように自分を世界の一つと同化させて、その中に息づく魔力の存在を信じるのだ、と。

 その口振りを怪しい新興宗教団体のようだなと思いつつ、俺は焚火の熱を受けながら目を伏せて瞑想に取り組んだ。


 ぱちぱちと枝が焼けて爆ぜる音と、少し離れたところに投射される暖かいオレンジ色の熱を前にした俺は深呼吸しながら瞑想を始めて、すぐに気づいた。


 どうやら一度死んでこの世界に転生した身の俺は類稀なる魔力に溢れていて、あの軍神も知らぬ魔法の才能が備わっていたことに。




 ……というわけもなく、俺は一日中慣れない森を歩き通した疲労から瞑想のために胡坐をかいたまま涎を垂らして転寝していたことに。

 その様子を見て、まだ起きていたオルドが火に枝木を突っ込みながらクツクツと笑っていた。


「ま、最初はそンなもんだ。気長にやりゃァいつか実を結ぶかもな」


 あれだけ意気込んでおいて、ものの見事に眠りこける様を見られたことが無性に恥ずかしかった。

 手で涎を拭きながら、俺は照れ隠しのように聞いてみた。


「これ、オルドもやってたんだよな? 一日どれくらい瞑想してたんだ?」

「あァ? そりゃ陽が出てる間はずっとに決まってンだろ。魔力を掴めそうになってからは瞑想始めて気づいたら夜、なんつぅこともあったがな」

「そんなにかよ……!」


 傍らの水筒のコルクを引き抜いて、水を一口飲む。

 汁気の多い野生の果実の他にも、切った断面から水を滴らせる木の蔓などが豊富だったためにここまでは良いペースで飲料水を節約できているようだった。


 とは言っても、数リットル程度しかないこの水でどこまで保つかというのは怪しいところだったが、さておき。


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