ep46.魔法先生オルド
目標:鉱山の町へ向かえ
一歩も引かずにそう言い放った俺をオルドは横目で見て、それから焚火に視線を戻した。
剥き出しの土の上で燃える焚火の傍に、半分サイズの蛇肉の串を二本とも地面に刺して固定しながら口を開く。
腹側からじゅわじゅわと沁みだした脂と漂ってくる肉の焼けるにおいは蛇を焼いてるとは思えない芳しさを放っていた。
「……全く才能がなくても後で泣きつくンじゃねえぞ」
「それは……その時は少しくらい慰めてくれよ」
「ヤなこった。……で、お前使いたい元素とかはあるのか」
「あー、元素って……火と水、空気に土。それとエーテル、だよな」
そらんじた俺に、虎は片膝を立てて座ったまま「正解」と焚火の枝を突っついていた棒きれを教鞭のように向けてくる。
焚火の明かりに照らされた虎の顔は、どことなく楽しげであった。
「まだないんだよな……その辺りのイメージって固まってた方がいいのか?」
「一長一短だな。扱う元素と魔法の形がより強く想像できた方が早く魔力を知覚できるが、逆にそれ以外の元素を扱うのが難しくなる、って俺は教わったな」
「あれ、一人で色んな属性……じゃなくて、元素を扱うこともできるのか? 人の魔力がどの元素を扱えるとか、そういう先天的なものってないのか?」
「……お前、そういう話は知ってるんだな」
俺の知っているフィクションではキャラクターがそれぞれ属性を割り振られていて、その属性を極めた魔法を使う、というのが定石だった。
その知識が元の発言だったのだが、少し迂闊だっただろうか。ひやりとする俺を、虎は気にした様子もなく続ける。
「昔はそう考えられてたらしいぜ、コイツの魔力は火の元素、コイツの魔力は水、っつぅ具合にな。だが最近じゃあ魔力自体は純粋な力の源でしかないってンで、火にしろ水にしろ何の元素を扱う魔法にするかは術師が自由に決めることだ。まあ、性格やら理論やらで向き不向きはあるって言うけどな」
「エーテル魔法も?」
「それは知らん。知りてえンならユールラクスの野郎にでも聞け」
あの銀髪のエルフについて語る時だけ、虎の声音が吐き捨てるようなものになるのはエーテル魔法を胡散臭く思ってるからなのか、ネコ扱いされてるのを根に持ってるからなのかはちょっと判別できそうにない。
ともかく、話をまとめると魔力はあくまでエネルギーでしかなく、エーテル魔法を除けばあらゆる属性の魔法として表現できるということらしい。
それなら、何を扱うかというイメージがまったくない俺としては後で何にでも転用できるように今のうちに魔力を認識できた方がなおさら良いだろうと思った。
「じゃあ、特に何か使いたい元素があるわけでもないけど魔力を知覚したい場合はどうすればいいんだ?」
「一般的なのは瞑想だな」
「瞑想って……こういう?」
きょとんとしながら、座禅と胡坐の合いの子のような姿勢で座って胸の前で手を合わせる俺に、虎が「なンだそりゃ」と言って塩を振りかけた蛇串を返しながら続ける。
「姿勢は関係ねェ、ただひたすら自分の中に眠る魔力に語りかけるだけだ。目に見えねェ、あるかどうかもわからねェソイツが自分の中に存在すると信じ込んで動かし続ける。体の中心から頭のてっぺん、血の流れに乗って左手、左足、右足、右手と体を循環するのを感じ取る。ひたすらその繰り返しだ」
「ふーん……魔力を認識できたら、どんな感じになるんだ?」
「気が早ェな……だが、そうだな。目には見えないが、確かに在るのがわかるっつぅかな。俺の場合は体ン中が熱くなって、その熱が自分の体の周りを漂っているように感じるな」
それだけ聞くと、魔力とは名ばかりで、バトル漫画でよく見かけるエネルギーみたいなものか、と思ってしまう。
俺の頭には体から衝撃波を伴うオーラを発する虎の映像が浮かんで、それが思ったよりしっくり来たことに戸惑った。
まあ、戦闘民族みたいな感じあるしな。
「人によって違うのか?」
「あぁ。魔力は頭の中で渦を巻いていて、使いたいときに手足に循環させるっつうヤツもいるし、絶えず四肢を覆っているっつうヤツもいるな。まあその辺りは、知覚した魔力をどのようにイメージして落ち着かせるかってところだ」
虎はその他にも、他人の魔力を流し込んで無理やり目覚めさせるという一般的じゃない荒療治で魔力を目覚めさせようとして失敗した事例について語り、これはお勧めしないと断言した。
それこそエーテル魔法にでも心得がない限り、他人の魔力を直接体の中に注ぎ込まれるのは違う色の水を混ぜるようなもので、下手すれば二度と魔力を扱えなくなることもあるとのことだった。
虎の話はオカルトじみているようで、しかし実際に魔法を扱える身で語る以上こちらに有無を言わせず納得させる強制力があった。
俺は少し戸惑いながらも、ふとした思い付きを口にする。
「それってさ、歩きながらでもできるかな」
「余計なことを考えずにいられるんなら、な。……旅の途中に瞑想するつもりか?」
「いや、ほら。ずっとオルドに話しかけてるのもアレかなって思ってさ」
「はン、確かに静かにしてくれる分には俺もありがてェが……それでコケたりされても困るンだがな」
「その辺は……気を付けるよ」
どうだかな、と虎は意地悪そうに鼻を鳴らす。
後で実際に瞑想してから考えるように勧めつつ口を解いた頭陀袋からパンと干し果実を二人分取り出すと、その一方を俺に投げて渡してきたので落とさず受け取るのに苦労した。
「そういえば、オルドはなんで風の魔法なんだ?」
「便利だからな」
言いながら、十分に焼けた蛇の串を二本とも地面から引っこ抜くとそのまま片手でふわふわと浮かせて見せた。
宿屋の食堂でも見たが、改めてこうして見ると風というより重力を操ってるみたいだ。
「ま、それでも魔法に関しちゃまだまだ修行中の身だがな。弟子を取れるような実力じゃぁねェから文句言うなよ」
「あれで修行中なのか? あんなの、普通のやつなら手も足も出なさそうだけどな」
手合わせした時に見せられた風の鎧を思い浮かべながら俺がそう言うと、虎は「フン」と鼻を鳴らした。
「打撃程度ならいいがな、もっと重い一撃は衝撃が受け止めきれずに固めた空気ごと殴られるからアウトだ。それに斬撃なら、俺の練度じゃ固めた空気ごと斬られるのがオチでな」
「へぇ……」
「しかも纏っている間は自分から攻撃ができねェんでその場しのぎの防御にしかならねェときた」
なるほどそんな弱点があったのかと思いつつ、そんなことを俺に教えていいのかと思って尋ねてみると虎は意外にも「これから連れ合うんなら手の内は知っておいた方が戦いやすいだろ」と合理的な答えを返した。
自分の弱点を語るなんて、見栄っ張りだと思っていたこの虎はしたくなさそうなイメージだったが、どうもそういうわけでもないようだった。
「意地張ってつまんねェとこで死ぬわけにもいかねえだろ、お互い。それに、弱点がわかったからって俺と敵対して戦り合うってんなら構わねえぜ、奥の手はまだあるしな」
どうやらその弱点を帳消しにできるほどの何かがあるらしかった。
あの飛剣とやらは奥の手じゃないのかな、と思いつつ敵対するつもりなど毛頭ない俺は首を振る。
「ま、そういうわけで俺の魔法も万能じゃねえのさ。連れ合うからにはそれなりに援護はしてやるが、あんまり期待すんじゃねえぞ」
「いや、十分心強いよ。ありがとう」
そういうところは見栄も意地も張らずに真摯に教えてくれる辺り、少しは信用してくれているのだろうと好感が持てるようだった。
カモにはされかけたけど、このネコ科はそこまで悪い人じゃないのかもしれない。
あの白畜生は最悪だけど、ネコ科というだけで差別するのは現実的じゃないよなと思っているところに、ふわふわと浮かぶ蛇串の持ち手が俺に向かって漂うので、手を伸ばしながら受け取ろうとした時だった。
「はッ……ぶしっ!」
ぼとり。
虎がくしゃみすると、浮いていた蛇串がふっと支えを失って地面に落ちた。
足下で湯気を立てているそれを見つめながら、俺はしばし何が起こったかわからずにいた。
「……ちなみにこれは、魔法の練度とは関係ねえからな。ただの生理現象だ」
言い訳じみたことを言う虎に恨みがましい目を送りながら、土と草まみれになったそれを拾い上げて洗えば食えるだろうかと考える。
やっぱりネコ科って……と思いつつ、俺は頭陀袋から水筒を取り出したのだった。
今回はここまでとなります。
しばらくはのんびり二人旅をお楽しみください……。




