ep45.ブートキャンプ
目標:鉱山の町へ向かえ
その後もアレコレ話しながら、虎が示す方向へ歩き続けた。
貨幣の話から大陸を治める五つの国の話。
国の興りの話から宗教の話。
宗教の話から暦や時間の話、そして魔物や魔族の話まで俺は気になることを質問し続けた。
そういえばと思ってアパシガイアという名に聞き覚えがあるかと尋ねたところ、初耳という反応をされたので何かの聞き間違いかもしれないと誤魔化して、それ以上は聞かないことにした。
なんとなくそんな気はしていたが、大陸の名前ならまだしも自分の住んでいる惑星の名前なんてこの時代に住む人が知ってるわけないよな。それどころか天動説か地動説かすら至っていないのかもしれない。
なかったことにして、別の話題で会話を続けた。
思えばこれだけ長い間、喉が渇くほど他人と言葉を交わすなんて生きていたころにはできなかった。
話したくても喉も指も動かない時の記憶が、両親と引き裂かれて理不尽さを乗り越えた現在を前向きに捉えているようだった。
今でこそ当たり前に自由に舌を動かして、喉を震わせているが思えばこれもままならなかったんだよなと思うとついついリアクションや相槌にも熱が入ってしまうようである。
それでなくともこの世界に興味が尽きない俺は、自分の口が動き続けるのを止められずにいた。
虎も虎で、話題の悉くについて無知である俺をガキかよと嘲笑いながらも時にはおとぎ話のようなそれを語って聞かせてくれた。
もしかしたら、虎もこんなナリをしてはいるが生来話好きなのかもしれない。
草原の終わりが見えて、木々の立ち並ぶ森の手前に差し当たった俺達はそこで一晩明かすことにした。
虎は程よく乾いている芝の上に着ていた外套を敷物にして片膝立てに座りながら、俺が集めてきた枝木を焚火の中に足している。
俺は俺で、貰い物の外套を床に敷くのがなんだか申し訳なくて、体をそれで包んだままその場に腰を下ろしていた。
目の前でまだ乾ききっていない焚き木が煙を出して燃えて、ぱち、ぱちと爆ぜる光が暗闇を照らしていた。
オルドは地面に転がしている大剣とは別のナイフで、道中捕まえた一メートルほどもある蛇の皮を剥ぎながら口を開く。
地球にいる蛇と大差ない外見をしていたし、虎もこれは魔物じゃないと言っていたので村で見かけた家畜といい生態系なんかは地球と同じなのだなと思った。
「……魔法が使いたいっつってもなぁ、俺ぁ別に専門じゃねえし細けェ理論も教えられねえぞ」
「いいってそれで、基礎的なことだけでも十分だからさ。魔力を感じ取れるようになるのにも時間とセンスが必要なんだろ? だったら早いとこ試しておきたいんだ」
おぞましい見た目をしていた大型の蛇も、迫力のある頭と皮を取り除いて切り開いてしまえばピンク色したタンパク質にしか見えなかった。
うなぎもかくやという背開きにされた肉を手持ちの水でざっと洗った虎は、ナイフで削った木の枝に半分に切った蛇をぐるぐると巻き付けるように刺して、「そうかよ」とだけ言った。
「オルドのときはどれくらいかかったんだ? 魔力を使えるようになるまで」
昨晩、村での食事の席で聞いた限りだとそれなりに時間をかけたという口振りだった。
虎は自分の頭陀袋の口を緩めて、燻した革に包まれた塩塊を取り出すとがりがりとナイフで削りつつ答える。
「そうだな、俺の時は……自分の魔力を感じ取れるようになるまでふた月、そこから魔力に働きかけるまでにひと月。自分の扱いたい元素と結びつけるまでさらにふた月っつぅとこか」
「それ、早い方?」
せっかく異世界に来たんだから魔法くらい使えるようになっておきたい。
異世界でしか扱えないファンタジーの極みとも言える、人智を超えた技能。それを取得できるというのは、こちらの世界に転生してきたメリットの一つにはなる気がした。
しめて五か月くらいか、まあそれくらいならと思いつつ一応聞いてみた。ちなみにこちらの世界での暦だとひと月というのは大体三十日くらいらしく、月の見えない新月から次の新月までがその目安らしかった。
オルドは三角座りしたままそわそわした様子の俺にじろりと目を向けて答える。
「……そうだな、早い方じゃねェか。もっとおせェ奴もザラにいたし、そもそもで大体はそのまま投げ出すのがオチだからな」
「投げ出すって……その人は魔法使えないままってことか? もったいなくないか、それ」
「勘違いしてるようだが、修行すれば誰でもってワケじゃねェし、魔力を扱えるってだけで十分少数派だぜ」
え、そうなのか? と目を丸くする俺に虎は「あの村で魔法使ってるような奴が一人でもいたか?」と逆に聞いてきた。
確かに見当たらなかったがそれは農村だからというだけで、もっと大きな町なら誰でも魔法を使ってるようなものかと思ったがどうやらそうでもないらしい。
「銅だろうが銀だろうが、魔法が使えるだけでまず仕事にゃ困らねェな。冒険者なんかよりよっぽど金になるのは確かだが……手に職をつけるだけならもっと確実に身につく小僧にでもなって修行したほうが利口ってところだ。俺は気にしねェが、儲けが減るからっつって弟子を取る魔術師ってのも少ねェしな」
「そ、そうなんだ……でも、オルドは使えるんだよな?」
「まァな」
自慢気に鼻を鳴らす虎の言葉には、何か引っかかるものがあった。しかし明確にそれを認識できない俺は、改めて冒険者然とした虎の偉丈夫の姿を眺める。
胸元がざっくり空いた襟の広い服に、太い筒状に縫い合わせた布にポケットを継ぎ接ぎしたようなズボンを召している太い四肢に屈強な図体は、世話になっておいてなんだがとてもじゃないが魔術師という見た目ではない。
切り傷で欠けた耳やあちこち毛皮の禿げた傷痕を残す様子はお世辞にも数少ない魔法の使い手であるエリートというふうにも見えない。
精々が日銭を稼ぐあらくれ冒険者ってところなのに、と思う俺の心を見透かしたような虎の鋭い目つきが気まずかった。
「言っとくが、努力でどうこうなるってわけでもねェぞ。一生かけても魔力を感じ取れない奴だっている、そもそも認識できるほどの魔力が備わってない奴もな。訓練なんて言えば聞こえはいいがな、魔力を感じ取れるかどうかっつぅのは砂漠の中で砂金を探すようなもんだ。軽い気持ちで手を出すんなら時間の無駄だぜ」
「でもやらないことには覚えられないんだろ? だったら大丈夫だって、実を結ぶかわからないものを続けるのは慣れてるんでね」
虎の言う通り、もしかしたら一生魔力に目覚めないかもしれないという可能性はあったが、それでも挑戦せずに諦めるような気にはなれなかった。
その内ひょっこりと魔力の感覚を掴めるかもしれない、あの白獅子に殺され続けた俺がここまで戦えるようになったみたいに。
あの白獅子と渡り合えるようになるまで戦う、という人生最大級の無理を通した俺にとっては成果が出る可能性が十分に期待できるだけ楽な部類の努力だと思った。




