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ep43.旅立ちの朝に

目標:旅支度を整えろ

 宿屋の女将から薄い木の皮で包まれたパンを受け取って宿屋を後にすると、村の入り口には有志の見送りが集まっていた。


「じゃあな村長、世話になったな」

「何を仰いますか、オルド様。助けていただいてるのは我々ですとも、またいつでもおいでください」


 初日に虎と話していた壮年の男性が、胸に手を当てて恭しく一礼する。

 やっぱりこの人が村長だったのか、と目を向けるとオルドに並んでいた俺に向き直る。


「スーヤ殿も、道中お気をつけて。ウェスタ様のお導きがありますように」


 同じように一礼する村長に、俺も会釈を返す。

 ウェスタ様って誰だ? と虎に目を向けると、後でなという顔をされた。


 それから虎と俺は村人や子供たち相手と軽く挨拶を交わす。昨日の宴席で笑いあった顔もその中にちらほら見えた。


「スーヤお兄ちゃん、オルドさま! ありがとうございました!」

「ナタリア、こちらこそいろいろ教えてくれてありがとうね」

「もう勝手に森に入るんじゃねえぞ、ガキ」


 うん! と元気よくうなずく栗毛の女の子は、そのままもじもじと言葉を続ける。


「それでね……これ、ふたりのお守りです!」


 ナタリアが小さい手で巾着袋を二つ手渡すのを屈んで受け取る。


「わぁ、くれるの? これはどういうお守りなんだ?」

「たびの安全をね、お母さんとお祈りしたんだ! わたしがとってきた安息の花をね、乾かして中に入れたの!」


 安息の花というと、あの時大事そうに握りしめていた草や花のことだろうかと小鬼達に襲われていた時のことを思い出す。

 そういえばアメリヤは虫除けと言っていたが、いろんな通商がある植物なのだろうか。


「そうなんだ、わざわざありがとうナタリア」


 こちらの世界の植物については詳しくないしよくわからないが、その気持ちはしっかり伝わったので俺は相槌を打ちながら手の中のお守りを見る。


「それからね、スーヤお兄ちゃんにだけレイヤの毛も入れておいたの! スーヤお兄ちゃんが寂しくないようにって!」


 それを聞いて、俺の体が少しだけ強張る。まだ赤く残る顔の三本傷がヒリつくように痛んだ。

 あの忌々しい猫畜生の毛も中に入ってるのか、となんとも言えない気持ちでぎこちなく礼を言って俺は自分の分のお守りをポケットにしまい込んだ。


「オルドさまは、じぶんのお毛毛があるから入ってないです!」

「そいつは残念」


 ナタリアがオルドの分も手渡すと、言葉とは裏腹に余裕な態度で受け取るので少し意外だった。

 ガキのお守りなんざいらねえよ、とばかりに悪態を吐きそうなイメージを根拠もなく抱いていたからで、しかし虎は殊勝にも小袋を受け取るとそのまま継ぎ接ぎのように縫い足されたポケットにしまう。


「スーヤさん、お気をつけて……ウェスタ様のご加護がありますように」


 ナタリアと並び立つように、宿屋の娘のアメリヤが一歩前に出て俺にそう言った。

 立ち上がった俺は、不安そうな瞳を正面から見つめて答える。


「色々とありがとうございました、アメリヤさん。アメリヤさんに出会えたおかげで元気をもらえました」


 こっちの世界に来て、まだ言葉も通じない頃の俺にそれでも話しかけて色々と世話をしてくれたのはアメリヤだった。

 それが宿屋の女中としての仕事だとしても、アメリヤとの交流が俺に異世界人とコミュニケーションを取る自信をくれたのは間違いなかった。

 外套を作ってくれたこともあって、感謝してもしきれないように思える俺はそのまま深々と頭を下げた。

 驚きながらも頭を上げてほしいと言ったアメリヤは、俺の顔を見ながらそばかすを気にするように頬に手を当てて恥ずかしそうにはにかんだ。

 続いて、意を決したように口を開いた。


「……あの、よかったらいつかまたうちの宿に泊まりに来てくださいね。赤スグリのお酒を仕込んで待ってますから」

「えぇ、ぜひそうさせてもらいます。いつになるかわかりませんけど……今度はちゃんと、自分のお金で会いに来ますよ」


 ちらりとオルドを一瞥して、俺は頷いて返した。


 昨夜の盛り上がりもそうだが、酒も料理も美味かったなあと思い出す。

 次に訪れるのはいつになるか、あるいは本当に戻ってこれるだろうかなんて不安もあるが、深く考えずに世話になった返礼のつもりで半分社交辞令のそれを口にするとアメリヤは嬉しそうに顔を綻ばせた。


 それで、そのやり取りをじろじろ見ていたオルドに向き直る。


「なんだよ」

「いや……なんでもねェ。……こういうのは俺が言うもんじゃねェしな」

「??」


 虎が気まずそうに後頭部をぼりぼりと掻いて答える。

 どういうことかわからなかったが追及するよりも前に虎が「もういいか、行くぞ」と促すので、腑に落ちなかったがそれ以上は無視することにした。


 村人たちが街道を進む俺達に手を振って見送る。殆どはオルドの見送りだろうから、俺は控えめに手を振り返すだけにしておく。

 俺たちが一歩、また一歩と進むたびに村人たちも踵を返し仕事に戻る中で、しかし意外にもアメリヤだけは最後まで、陽に照らされる金髪を揺らしながら遠ざかる俺たちの背中を見守っていた。


「いい村だね、オルドだけならまだしも、俺にまでみんなすごい親切にしてくれて……なんだよ」


 ちらちらと村を気にしながら、風に靡く外套をご機嫌に両手で広げたりして俺は街道を進む。

 そのまま隣を大股で歩く虎に話しかけると、ものすごい白けた目を向けられて思わずたじろいだ。


「……まあ、そうだよなァ。お前もニンゲンの中じゃそれなりに整ってる方だろうし、そういうこともあるだろうが……」

「何の話だよ。さっきから変だぞ、オルド」

「なんでもねえっつぅの。そのうちお前もそれで泣くことになりそうだなって思っただけだ」

「……??」


 翻訳石の故障か? 虎の言っていることは何一つわからなかったが、それ以上語ろうとしないので俺も追及せずにおく。


 なんにせよ、ついに出発だ。


 空は青い天板の上に小麦粉をこぼしたように疎らな薄雲が広がる快晴である。

 話に聞く限り四日かそこらで目的地の鉱山の町には着くらしく、これから長い間歩き詰めになるというのに俺の心は十数年ぶりに太陽の下を歩く心地よさで踊っている。


 これなら何キロだって、何日だって歩けそうだ。

 俺は頭陀袋をナップザックよろしく肩にかけて、虎の歩幅に遅れずについていくのだった。



今週はここまでとなります!ようやく無事に出発してくれました……!

ここからは鉱山のおつかい編がしばらく続きます、しばらくは二人旅が続く……かも?


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